松沢呉一のビバノン・ライフ

忘年会の夜は更け—酒に薬物を入れられた? 上-[ビバノン循環湯 281] (松沢呉一) -8,165文字-

予告編」に書いたように、これは警察沙汰になった場合の記録として書いていたものが元になっており、そのため、内容が細かく、長い。全部で2万文字を超えているので、適当に飛ばし読みしてください。

くれぐれも「SM業界は怖い」「SM関係者は怖い」という話ではありません。「被疑者」はSMに興味がありそうってだけで、SM業界の人間ではありません。広く業界を見渡せば、いかがわしい人たちがいないではないでしょうけど、この原稿に出てくるSM業界の人たちはいたって紳士的です。

 

 

2006年12月22日(金)

 

vivanon_sentenceS&Mスナイパー」の忘年会があった。例年、一次会はライターやカメラマン、デザイナーなど、直接、雑誌の仕事をやっている人たちだけが参加、二次会はそれ以外の人たちが加わる二部構成になっている。

SMクラブやAV関係、そのプロダクション関係までを入れると人数が増えすぎて、雑誌作りに直接関わっている人たちがジックリと話すことができなくなってしまうための配慮である。

早い時間帯は二丁目のイベントに行っていたために、私は午後9時からの二次会から参加した。場所は例年通り新宿三丁目の居酒屋だ。

午後11時に二次会がお開きになり、編集部の仕切りはこれでおしまい。帰る人は帰り、三次会に行く人はいくつかのグループに分散した。二次会は参加人数が多いため、話せる人は限られて、例年、三次会になだれ込むことになっている。

私は当然のことながら、カラオケを歌いに行くグループに加わることになった。ここに参加した人たちのほとんどは二次会からの参加だったので、我々にとっては居酒屋が一次会で、これ以降が二次会だ。

我々はそう呼んでいたため、以降、新宿三丁目の居酒屋を一次会、次の歌舞伎町のカラオケパブを二次会とする。

一次会の居酒屋を出たところで、金髪が禿げ上がった見知らぬ男が声をかけてきた。

「前に宅ちゃんに紹介してもらって、皆で西麻布のレッドシューズに行ったことがありますよね」

「宅ちゃん」というのは宅八郎だ。私はこの彼のことだけではなく、宅八郎とレッドシューズに行った記憶もない。いつものことだ。

「そんなことあったけな。覚えてないな」

彼はバッグの中から、自分のプロフィールが書かれたコピーを出した。名前はH。もともとは漫画家で、漫画家として単行本を4冊出していると書かれている。

この名前は記憶にある。面識がある人として記憶にあるのではなく、漫画家として記憶にある。当時は姓は漢字で、名前は平仮名だったはずだ。「ガロ」にも描いたことがあるそうで、それでこの名前を記憶しているのかもしれないが、どんな漫画を描いていたのかまでは思い出せない。

現在は小説家となっていて、単行本も数冊出ているらしいのだが、こちらの活動を私はまったく知らない。

漫画家としてはなんとか名前は記憶していても、会ったかどうかまでは相変わらずわからないのだが、相手ははっきりと覚えているようなので、たぶん会ったのだろう。自分の記憶より人の記憶の方が信用できる。

「会ったことがあるかもね」と言っていたのだが、ちょうどその時、路上で明石書店の編集者にバッタリと出くわし、しばらく立ち話をした。たまたま彼は一次会があった居酒屋の上にある飲み屋に行くところであった。

 

 

vivanon_sentenceそこでダベっていたために、私は出遅れて、二次会に移動するグループのあとを追った。その中にHも混じっていて、誰のどういうつながりなのかはわからないのだが、この中の誰かの知り合いなのだろう。

二次会会場までの車を待っているところで、Hはなおも私に声をかけてきた。

「たぶん小学館か何かのパーティで会ったんだと思います」

「オレは小学館のパーティに出たことなんてないよ」

「東京會舘だと思うんですよ」

「東京會舘のパーティはなんか出たことがあるけど、そこからわざわざ西麻布に移動することってあんまりないようにも思うな。大きなパーティだったとしたら、SPA!か何かじゃないかな」

「そうですかね」

「宅八郎とは知り合いなんだ」

「いや、その時初めてです」

「あれっ?」と思った。そんなによく知っているわけでもないのに「宅ちゃん」と親しげに言うのはどうなんかってこととともに、その時初めて会った人に紹介されたのだとしたら、わざわざ「紹介された」なんて言うかな。

車が来て、さっさか私は後部座席に乗り込んだところ、Hは私の隣に乗ってきた。

車の中でも彼はずっと「どこで会ったか」について話していて、私は過去に会ったことがあるのかどうか、どこで会ったのかなんてどうでもいいので、聞き流していた。そう酔っているとは思えないのだが、酔うとくどくなるタイプなのだろう。

 

 

vivanon_sentence歩いて行ける距離なのだけれど、車で歌舞伎町の外れにあるカラオケパブまで移動した。職安通り寄りのビルの中にある店だ。

一団は4人掛けの3つのテーブルを占拠。ここになだれ込んできたのは11人だったかと思う。

私は壁側に腰掛けた。以下、イニシャルばかりだと人物が把握しにくいだろうから、偽名にする(偽名に使用した人たちと本人が似ているわけではなく、思いついた名前を適当に使用しているだけである)。

私の右には女王様の小池栄子さんが腰掛けた。何かと行動をともにすることの多い女王様だ。栄子さんの前には栄子さんの奴隷である山崎邦正君。Mとしての能力を栄子さんによって引き出され、今は「プライベート奴隷」として、栄子さんの言いなりである。私も以前から彼のことは奴隷としてよく知っていて、アホなことをよく言うのだが、その実、頭の回転がよくて面白いヤツ。まだ22歳か23歳のはずだ。

私の前には、このカラオケパブの常連である大木金太郎さんがいて、やはり以前からの知り合い。この人は筋金入りのマゾだが、栄子さん付きの奴隷ではなくて、彼が仕える女王様は忘年会には来ていない。彼女は会社員の女王様であり、SM業界とはちょっと距離があり、仕事が忙しいこともあってか、こういう場にはたまにしか顔を出さない。

私から見て左にあとふたつテーブルがある。私のすぐ左側にはHがいて、はっきり覚えていないのだが、Hの前には誰もいなかったと思う。

そのさらに左には高倉健さん。健さんは緊縛師だ。健さんの前には、安藤美姫さん。この人は女王様兼ライターで、存在は知っているけれど、私は話したことがない。

さらにその隣にテーブルがもうひとつあったのだが、ここは私が知っている人がほとんどおらず、事件にも関わってこないので省略。

テーブルは違うが、隣だから、まずHと雑談をした。

「なんで漫画はやめたの?」

「限界を感じまして」

「小説の方が食えるんだ」

「現に生活できてますから、食えるんでしょうね」

そりゃたいしたもんだ。

「どこに書いているの?」

「今はK社ですね」

そういえば、プロフィールにも次回作はK社から出ると書いてあった。あんまり彼に興味がなかったので、それ以上は聞かなかったのだが、K社の文芸誌に書いているのだろうか。

彼はこう聞いてきた。

「せいこうさんとはつきあいがあります?」

いとうせいこうのことだ。

「全然。あの辺とはほとんど会ってないよ。ちょっと前に川勝さんに会ったくらいかな」

「せいこうさんのところには僕もいろいろお世話になったんですよ」

ここから80年代話をちょっとだけしたのだが、私は昔話に興味がない。今の話が好きなので、適当に相づちを打っていて、具体的に何を言っていたのか、ほとんど記憶がない。

ここで彼はこんなことを言い出した。

「でも、彼らは歴史に残るものを何も生み出してないですよね」

「そんな簡単に歴史に残るものなんて作り出せるかよ」「歴史に残るかどうかだけが価値基準じゃないだろ」「だったら、おめえは生み出しているのかよ」って話であって、こういう業界悪口話(しかも中身なし、面白味なし)にはつき合いたくないため、私は適当に話を合わせつつ、間もなく露骨にHに背を向けて、これ以降はずっと右隣にいた栄子さんと話していた。この段階ではすでに「ウゼえヤツ」とはっきり思っていたのである。

したがって、Hと会話を交わしたのは、全部合わせても、10分かそこらだったと思う。

「あの人は知り合い」「あの人には世話になった」などと昔話ばかりをしたがる。今につながる話ならともかく、ただの昔話なんてどうでもいい。そのくせ、結局は悪口になる彼が好きになれず、不愉快でさえある。

※二次会の店はこの通りだったと思う。東横インの並び。しかし、店は見つからなかった。潰れたか、移転したみたい。

 

 

vivanon_sentenceこの店はカラオケタイムが決まっていて、12時頃から、我々にとっての最初のカラオケタイムが始まった。簡単なステージがあって、店の人が司会をしつつ、前に出て歌う。

大木さんや山崎君は歌いながらチンコを出し始めた。他の客もいたのだが、そういうことをしても大丈夫な店らしい。SM業界の人たちは暗くて鬱々としている人たちが多いイメージがあるかもしれないが、とくにM男たちは明るく社交的なのが多い。もちろん、そうじゃないのもいるが、人に喜んでもらいたい欲望が強いのだ。

 

 

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