私の携帯電話に出たのは誰?—酒に薬物を入れられた? 中-[ビバノン循環湯 283] (松沢呉一) -6,861文字-
「忘年会の夜は更け—酒に薬物を入れられた? 上」の続きです。
2006年12月24日(日)
私はここまでのことを整理するために、起きたことを文章にまとめ、それに対するコメントを加えて、栄子さんにメールをしておいた。クリスマスプレゼントとしてはいささか無粋ではある。
夜、栄子さんから電話があった。新展開である。
「彼氏が相手の声をはっきり覚えていて、聞いたらわかるというので、間違い電話のフリをしてHに電話をしてみたら、やっぱり声が同じだって言うんですよ」
グレーから黒に近づいた。
「それと、今日、私の留守電にHからのメッセージが入っていたんです。“忘年会でお会いしたHです”って。着信拒否にしたら、別の番号で電話が入っているんです。たぶんHだと思います」
このしつこさにはストーカーの香りがする。
私は昨日の疑問をぶつけた。
「あの店では、3回も電話に出られる状況じゃなかったと思うよ」
「いや、それが背景に音がしていなかったらしいんです」
「ナニ? 誰かしら歌っていたし、歌ってない時間でも騒がしかったから、あの店で音が聞こえないなんてことはあり得ないでしょ」
「だから、トイレに持ち込んでいたか、外に持ち出していたんだと思います」
「エーッ!」
ここまでとは想像しておらず、事はより深刻であることを悟った。たまたま電話がかかってきて、ふざけて電話に出たのとはワケが違う。つまり、中を見るため、あるいはコピーするために持ち出していたってことになりそうだ。特殊な器械など必要がなく、SDカードを突っ込めば1分かそこらで中身をコピーできる。
これで彼が「席を替わって欲しい」と言った意味がわかった。正面に座ったのでは、会話はできても、携帯を持ち出せない。最初からそれを狙っていたのか。どうしても隣にいたがる人間は要注意。
「逆に、それだけの時間持ち出していたとしたら、コピーはしていないのかな。そんなに時間がかかるはずないよね。中を見てメモでもしていたのかもしれない。でも、そうだとしたら、どうして電話に出るんだろ」
「あちこちいじっていて、ちょうどその時に電話がかかってきて、うっかりどこかを触ってつながってしまったんだと思う」
これで疑問は解消された。最初に電話に出てから、最後に電話に出るまでの間はざっと30分あったらしく、少なくともこの30分の間、Hはどこかに電話を持ち出していたことになる。
私は大木金太郎さんや山崎邦正君の姿が見えないため、栄子さんに「山崎君は?」「金ちゃんは?」と聞いているが、Hがそれだけの時間、席を外していた記憶はない。最初から興味のない対象だから、いなかったとしても、いないことに気づかなかったのだろう。栄子さんも大木さんも山崎君も全員がそうだったのだとしてもおかしくはない。いてもいなくてもどうでもいい存在だったのだ。
よく考えてみると、そもそもなんで彼は「スナイパー」の忘年会に来ていたのか。無関係な人が誰かに連れてこられるケースはよくあることだが、だとしたら、その人と一緒に行動するはずで、単独で二次会についてくること自体がおかしい。
私にしつこく「会ったことがありますよね」と言っていたのは、他に誰も知り合いがおらず、私と知り合いであることを他者にアピールするためだったのか?
私は栄子さんにこう言った。
「もしかすると、Hは最初から栄子さん目当てで、あの場に来たんじゃないかな」
「怖い」
「Hって、ちゃんと『スナイパー』の忘年会に来ていたのかな。忘年会には呼ばれてないのに、路上で待ち伏せて二次会には参加していたりして」
「あの居酒屋にいましたよ。金髪で目立つじゃないですか。店内を歩いているところを見ました」
「誰に連れられてきていたのか気になるな。この話を説明して、編集部に聞いてみてもいい?」
「いいですよ」
2006年12月25日(月)
休みに入る前に確認できることは確認しておきたい。「スナイパー」編集部の宮里藍に電話した(編集者も偽名である)。
「メリークリスマス」
「ハハハハハハハ」
冗談のつもりで言ったのではないのに、大受けしてしまった。なぜ私が「メリークリスマス」って言うと、そうもおかしいのかわからないが、よく考えると、私もおかしいような気がしてくる。私が「誕生日おめでとう」と言ってもおかしいかもしれない。言っていいのは「あけましておめでとう」だけ。
宮里はHの存在をよく知らなかった。
「名前は聞いたことがあるような、ないような。なんかあったんですか」
「まあ、ちょっとね」
もしベタベタに本人と仲のいい編集者がいるとすると、そこから情報が伝わるかもしれないため、詳しい事情は伏せておいた。
「今度ゆっくり話すので、どこからどうやってあの場に来たのか調べてくれないかな」
「わかりました。他の人に確認してみます」
宮里藍に電話したすぐあと、栄子さんから電話があった。
「あれから、体がおかしいんですよ。私、二日酔いになることもないのに、体がダルいし、手が痺れている。友だちに症状を言ったら、飲物に薬物を入れられたんじゃないかって」
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