愛読書の著者宅に出張したデリヘル嬢—客の情報 下-[ビバノン循環湯 292] (松沢呉一) -3,311文字-
「ウソ記事の作られ方—客の情報 上」の続きです。
僕のことを知らないの?
別の馴染みの風俗嬢と遊んだ時に、彼女はこんなことを言い出した。
「そういえばね、この間、“おもいっきりテレビ”に出ている人についたよ」
「ナニ? みのもんたが来たのか」
「違う違う。その他大勢の中の一人」
「タケカワユキヒデか」
「違う。それって、『ガンダーラ』の人だよね」
「そうそうゴダイゴ。君の歳でも『ガンダーラ』って知っているのか」
「リアルタイムじゃないけど、聴いたことあるよ」
「ガンダ〜ラ、ガンダ〜ラ」と歌う全裸の二人。
「じゃなくて、もっと地味な人。地味すぎて私は最後まで気づかなかった」
「だったら、なんでわかったんだよ」
「あとでお店の人に教えてもらった。“さっきの客は誰々だよ”って。店の人は名前まで知っていたけど、私は聞いたこともなくて、その名前も忘れちゃった。だって、顔を見た記憶もないよ」
「でも、あの番組に出ている人だったら、そこそこ知られている人だろ」
二十歳の彼女は知らないだけだと思う。
「そうかなあ。私でも知っている人じゃないと、芸能人じゃないよ。松沢さんの方が芸能人だよ」
今度は芸能人にされてしまった。彼女は私が書いたものをたぶん一度も読んだことがなく、取材で知り合ったのでもないから、ライターとして認知しておらず、たまに深夜のテレビで観る人として認知しているのだ。
「前にカリスマ美容師の常連さんもいたよ」
彼女は雑誌やテレビで見てすぐに気づいたそうだ。でも、私は名前を聞いてもわからなかった。
「美容院自体が有名で、この店にカリスマ美容師が二人いて、その一人が私の常連さん。その人はすごくいい人。でも、一度、もう一人の人が来たことがあって、こいつはイヤなヤツだった。有名であることを自慢したがる。印象悪かったから、知らないフリをしていたら、“僕のことを知らないの?”って言い出したので、“知らない”って言っておいた(笑)」
中途半端な有名人ほど、こういうことを言いたがる。
オレのこと知らないの?
ヘルスで働いている時代に知り合って、今は吉原の高級店で働くダチっ子が言っていた話。
「ヘルス時代に較べて今はスポーツ選手の客が多いよね」
ソープ嬢から野球選手とかサッカー選手の話をよく聞く。
「でも、私って、スポーツに興味がないじゃん。顔を見てもわからない。言われないとわからないけど、言われてもわからない(笑)。この間も、お客さんがなんか言って欲しそうなんだよね」
天性のもののようだが、彼女はとても敏感で、客の心の動きを素早く察知する特殊能力がある。しかし、彼女も、その客が何を言って欲しがっているのかまではわからない。
「そしたら、帰り際に“ねえ、オレのこと、知らないの?”と言い出したんだよ。“知りません”って言ったら、“野球観ないの?”って言うから、“観ません”って言うしかないじゃん」
野球選手だったのだ。
「そのあとたまたまテレビで野球を観ていたら、その人が出ていたよ」
1軍の選手だったらしい。だったら、中途半端ではない有名人だが、中途半端ではない有名人で「オレのこと知らないの?」と言いたがる人もいる。人間が中途半端。
しかし、その名前は決して彼女は口にしなかった。私が面白がるように、「こんな客が来たよ」という話は教えてくれるのだが、彼女は客が特定されるようなことは決して言わない。高級店のソープ嬢はこうじゃなきゃいけないのだが、ヘルス時代から彼女はそうだった。雑誌にたれ込むわけではなく、日常の会話では言ってもいいと思うが、そこがキッチリしている方が信用できる。
パブリックイメージと違う物書き
物書きでも、パブリックイメージが違うと、私のように堂々と性風俗店を利用するわけにはいかない。
ダチのデリヘル嬢とカラオケに行った時に、こんなことを彼女は教えてくれた。
「この間、×××××の家に出張したよ」
物書きである。「誰もが知っている」という存在ではないが、彼女は彼の文章が好きで、本を買って読んでいたため、顔を見てすぐにわかった。
「“××さんですよね”って言ったら、“いや、違う”って否定された。でも、違うわけがないんだよ。表札が出ていたから(笑)。下の名前は違ったけど、苗字は一緒だったよ」
「だったら、部屋に自分の本があるだろ」
「本箱には本がいっぱいあるんだけど、自分の本はなかった。たぶんデリを呼ぶ時は隠しているんじゃないかな」
これまた中途半端な。
たしかに彼の場合は、風俗遊びをしているイメージはまったくなく、その文章のイメージを信じている読者には決して知られたくないことだろうが、彼はテレビにも時々出ていて、わかる人はわかってしまうので、半分はバレることを前提にしているのだろう。
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