松沢呉一のビバノン・ライフ

幽霊マンション探訪—気づかれていない心霊スポット-[ビバノン循環湯 332] (松沢呉一) -5,649文字-

5、6年前にどっかのムックに書いたもの。写真を撮っているのだが、行方不明。たぶん壊れたHDの中。そこで今回もメトロポリタン美術館に頼りました。

 

 

 

幽霊マンション パート1

 

vivanon_sentenceこんな話を聞いた。ある女性の体験談だ。

「今から四年くらい前のことです。小田急線沿線のマンションに引越しました。駅からもまあまあ近く、緑も多く、いい場所だったんですけど、なんか変なんです」

季節は冬だったのだが、いくら暖房を使っても寒い。今まで住んでいたマンションではそんなことはなかったのに。これだけだったら、安普請で壁が薄いとか、上や下に住民がいないとか、説明の仕方はいくらでもある。

「私は霊感なんてないですから、おかしいなあで済んでいたんですけど、うちに遊びに来る人たちが“ここは何かいる”と言い出しました。そういうものを感じる友人が台所に何かがいると言う。“毎日手を合わせた方がいい”というので、半信半疑で手を合わせていたんですけど、私の体調までおかしくなってきた」

彼女がこんな話を知り合いにしていたら、「ちゃんと見てもらった方がいいんじゃないか」ということになって、プロではないが、霊能力のある人を紹介してくれた。

「その人がうちに来たら、“ここはできるだけ早く出た方がいい。それまでは毎日欠かさず線香をあげてください”って言うんですよ。そこまで言われると気持が悪いですから、引っ越すことにして、いつも使っていたクリーニング屋になにげなく引っ越すことを話したら、“どこに住んでいたんですか”と聞いてきた。“すぐそこのマンションです”と教えたら、“それはよかった。あそこには住まない方がいい。あなたが来る前に飛び降り自殺があったんですよ”と言う。こっちはもう引越すことが決まっていたので、いまさら動揺はしなかったんですけど、引越しをする前夜、部屋に一人でいたら、後ろから誰かに蹴られました。もちろん、誰もいなくて、“早く出ていけ”ってことだったんでしょうね」

ここに入る際、飛び降り自殺があった話を彼女は聞いてはいない。もしその部屋の住民だったら、不動産屋は通告の義務がある。念のため、彼女は不動産屋にこの話をした。

「飛び降りがあったのは事実ですけど、外から来た人が飛び降りたので、言わなかった」

不動産屋はそう説明した。部外者であるなら説明は義務づけられていないのだろう。しかし、申し訳ないと思ったのか、不動産屋は敷金、礼金の全額を返済してくれたそうである。

彼女は事の次第を霊能者に報告した。

「本当によかった。怖がるといけないと思って言わなかったんだけど、エレベーターに中年の女性が乗っていたんですよ。その人が飛び降りた人だと思う」

彼女は怪談が好きで、会う人ごとにこれを吹聴しているわけではなく、たまたまその近くに住んでいる人がいたため、「前に私もその近くにいました」とこのエピソードを話し、その人を介して私もこれを知っただけである。とくにこのマンションが心霊スポットとして知られているわけではない。

Henry Weston Keen「The Ghost of Isabella, The White Devil (The White Devil, Act III, scene iii)」

 

 

幽霊マンションの裏とり

 

vivanon_sentenceこういう話があると、私は本当かどうかを確かめたくなる。霊がいるのかどうかは確かめようがないが、飛び降りがあったのかどうかくらいは近隣の人に聞けば確かめることができよう。

 

 

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