松沢呉一のビバノン・ライフ

寮生活の女学生たち—女言葉の一世紀 39-(松沢呉一) -2,695文字-

前期カフェーの様子–女言葉の一世紀 38」の続きです。

これ以降は、前回出した「坂田山心中」がなぜ当時ああも話題になったのかの回答編でもあります。

 

 

 

上京してきた女学生たち

 

vivanon_sentence山村愛花著『女百面相 当世気質』で、女学校については、ただの「女学生」ではなく、「寄宿舎の女学生」という章になっています。あえてそうしたのは、寄宿舎に入っている生徒のほとんどは地方出身者であり、都会に憧れて上京した生徒の方が女学生気質に染まりやすいということのよう。寄宿舎の規則は厳しいのが相場ですが、これも学校によりけりで、内実はさほどでもないところも多かったらしい。

 

 

「岸野さん、今日は何処へいらっしっ(ママ)たの?」

「保証人の家へ行ったのよ」

「あら、貴嬢の保証人は向島にあるの……ホホホホ」

「細野さんは人の悪いことよ、貴嬢はまア……何うして、往っていらっしゃったのねえ、例のとこでせう……左様だわ、屹度左様ですわ、お楽しみ……」

「あら、妾……彼の人では無くってよ、花岡さんと御一緒でしたわ、ねえ花岡さん」

「今日はさうよ、岸野さんお楽しみでしたのねえ、妾等にあんな処を見せつけて、知らないと思って口を拭いていられるのはお人が悪くってよ、今夜は何かお驕んなさい、驕らなけりア、好きって、皆さんに吹聴するから……」

「貴嬢がたは悪い方ですことよ。何にも男子と交際したってさして罪悪ぢゃありますまい、細谷さんだって先週の日曜にはホラ例の未来の夫(ハズバンド)とさ……ホホホホホ、雑司ヶ谷を散歩して時間外に寄宿なさったぢゃありませんか、何も妾ばかり其那(そんな)に責めなくっても好くって……」

「そりゃ真個(ほんと)なの岸野さん」

「保険附きなのよ、妾どんな証人でもなるわ」

「花岡さんだって、そんな事を仰るなら素ッ破ぬきますよ」

「妾になんか……大丈夫」

「あら白々しいことを言ていらっしゃる。他人は知るまいと思って……」

「細谷さん、何……花岡さんのは……妾等ばっかり、斯う云はせておいて、花岡さん一人好子になるのは好くなくってよ、言てお了ひなさいてえば……」

「言て宜くって……」

「何をさ」

「貴嬢のいつかの事よ」

「何さ、いつかの事なんて人聞きが悪いぢゃありませんか。監督の喧し屋でも聞いたら大騒ぎになってよ」

「それぢゃ秘密に教へて頂戴ってえば……」

「花岡さんは早稲田の角帽よ」

「おや否やだ、彼様(あんな)ことを云ていらっしゃるわ、冤罪よ、濡衣ですわ」

「ダメですよ、チャンと知ってますからね、暑中休みにだってお国へはお帰りにならないで、お二人で新家庭(ニューホーム)の予習をしていらしったのだもの、夫れはお安くないのね」

「最うお廃(よ)しなさい……ハイハイ何とでも仰ゃいませ、お二人と一人ですから負けて上げますわ」

「さう、花岡さんが一番成功しているわね、細谷さんだって好いわ」

「さうね、将来の大家だと此間の新聞にも批評が出て居たわよ」

「貴嬢もあれを御覧なすったの……彼(あ)の方の画は全く崇遠なところがあるわ、細谷さんも彼の方の感化で、趣味を有(も)っていらっしゃるから、趣味が一致して嘸(さ)ぞ愉快だらうと想像されるわねえ」

「岸野さん、お驕りなさいてえば……貴嬢のは一番最近だもの、而もホヤホヤですからね」

「妾ばかりが驕っては割がわるいわ、ジャン拳で負けたものが驕るが公平だわ」

「岸野さんはズルイのねえ、ジャン拳賛成!」

「多数決ですよ」

「酷いのねえ、又お二人で党を組でよ」

 

 

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