タグマ!メディアを、携帯する。新世代のメディア、タグマ!

松沢呉一のビバノン・ライフ

工場法を巡る廃娼運動の不可解—女言葉の一世紀 80-(松沢呉一) -3,039文字-

2017年10月12日11時45分 カテゴリ:図書館国会図書館ことば女言葉女言葉の一世紀


国際会議でも批判された日本の女工環境—女言葉の一世紀 79」の続きです。

 

 

 

海外からの批判でやっと女工の労働環境が改善へ

 

vivanon_sentence前回引用した新聞記事で、英国の日本バッシングはインドにおける綿工場の労働環境の悪さを棚に上げているという指摘はそれなりには正しく、また、かつては英国本国でも工員の労働環境がひどかったのも事実のようですが、日本は日本で批判されるのは当然です。当時はこんなもんですけど、新聞が一方的に自国政府の肩を持つのは気持ち悪いっすね。

あの記事に出ていた「工場法」が気になりました。

石津三次郎著『改正工場法解説』(大正十五年)によると、工場法が成立するまでには、長い長い歴史があって、明治十五年からその前史が始まっており、「労役法」「師弟契約法」などの法案のための調査が始まり、明治二十年に「職工条例」「職工徒弟条例」の草案が完成しながらも、外に出ないまま廃案に。

廃案になった理由は書かれていないのですが、業界からの圧力なり、業界への配慮なりがあったであろうことは想像に難くありません。

明治二九年、これらが「工場法案」になり、今度は国会に提出されますが、これは議会の解散のために廃案に。

明治四二年。十六歳未満および女子の夜間終業禁止の「工場法案」が出されますが、綿糸紡績業者が夜業廃止に対して猛烈に反対をし、政府はこれを撤回。

明治四三年、ついに工場法成立。前史からカウントすると三十年近くもかかっています。ただし、この時点で十六歳未満および女子の夜間終業禁止は含まれていなかったのではなかろうか。さもなければ『女工哀史』の時点で、あのような現実はなくなっていたはずですから。では、いつから施行されたのかは、この本を読んでよくわからず、国際会議での圧力と条約批准によって改正をしていったようにも見えます。

「改正工場法」の前には十六歳未満および女子の夜間終業禁止になっていたようですが、適用外の工場の規定があったようです。抜け道です。

深夜の時間を一時間延長して、女子と若年者が働けない時間を増やす内容を含む「改正工場法」は大正十五年六月に勅令により施行が決定し、同年七月一日から実施。ただし、ここでも経営側に配慮をして、あれやこれやの条件がついて、なおかつしばらく猶予期間があって、果たしてどこまで実行されたのか。

※京都府工業衛生会編『工場衛生資料. 第34輯 女工手服装の研究』(昭和九年)より、東洋紡績伏見工場の作業服。食品工場ならいざ知らず、紡績工場で帽子をかぶっているのは衛生上のことではなくて、髪の毛が機械に巻き込まれる事故を防ぐためだろうと思います。『女工哀史』にもそういった事故の話が出ていたはず。

 

 

next_vivanon

(残り 2033文字/全文: 3173文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

前の記事«
次の記事»
ぐろぐろ (ちくま文庫)


クズが世界を豊かにする─YouTubeから見るインターネット論
ポルノグラフィ防衛論 アメリカのセクハラ攻撃・ポルノ規制の危険性
デモいこ!---声をあげれば世界が変わる 街を歩けば社会が見える
「オカマ」は差別か 『週刊金曜日』の「差別表現」事件—反差別論の再構築へ〈VOL.1〉 (反差別論の再構築へ (Vol.1))
エロ街道をゆく—横丁の性科学 (ちくま文庫)

ページの先頭へ