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【無料記事/J1第5節第2報+J3第4節第2報】怒涛の48時間を味わった吉本一謙。クローザーとして権田修一と対峙し、オーバーエイジとしてキャプテンマークを巻いた2試合の苦闘(2017/04/04)

4番を背負いキャプテンマークを巻いた吉本はFC東京の象徴でありつづける

吉本一謙がアカデミー時代から愛着の深い背番号4を背負い、権田修一の前に姿をあらわしたのは、4月1日におこなわれたJ1第5節の、後半40分のことだった。2-1とFC東京がサガン鳥栖を相手に1点リードした状況で、篠田善之監督は3-4-3への移行を決断、吉本は3バックの一角に入った。

権田は試合後、「カズ(吉本一謙)は『出てくるのかよ』と思いました」と言った。下部組織の頃と同様に4番をつけてピッチに脚を踏み入れた親友吉本の姿に、少なからず動揺したのか。そのわずか1分後、権田はキム ミョンヒョクとうまく連携できず浮き球の処理を誤り、背後にボールをこぼしてしまう。これをピーター ウタカがかっさらい、無人のゴールに流し込んだ。3-1。東京は2点のリードを奪った。
「ウチ(鳥栖)が勝っている前提で考えていたので、(吉本は)出てこないと思っていました。自分で引き金引いちゃいましたけど『ああ、出てきちゃったな』と思って」
SVホルンへと移籍してからも頻繁に連絡を取り合っていたから、吉本が現在のチーム内で置かれている状況は権田もよくわかっている。ベンチスタートの吉本は、東京がリードした状態ならば、高さ対策なり守備固めを意図して、試合を閉じるクローザーとして起用される。戦いたくなかった吉本と対峙するその状況を招いたのは、権田自身だった。
後半43分と45分に鳥栖はつづけざまに得点、3-3の引き分けに持ち込んだ。権田は救われたが、吉本にしてみれば、勝てた試合を引き分けにしてしまい、救援に失敗した結果になってしまった。

試合後の吉本は、東京ゴール裏へと挨拶に赴いた権田に「権田コール」が送られたことを伝えるとその瞬間は笑みを浮かべて「ありがたいです」と喜んだが、終始険しい表情だった。「いや、おれが出てから点を獲られたから全然ハッピーじゃねえよいま」と吉本に告げられたことを明かした権田の言葉に、おそらく脚色はない。
「自分の仕事はあそこを勝ちきることだったと思うので、すごく責任を感じている。自分の仕事が果たせなかったので、残念な気持ちが強いですね。役割を果たせなかったし、やってはいけない結果になってしまったというのが、いちばんですね」
悔やむ言葉が止まらなかった。
「ぼくから見たら、誰がどうこうとか関係なく、あそこで失点するという結果だけなので、それは残念。また落ち着いて冷静になったときにしっかり考えたい。映像を見てどうなるかわからないし、いまは冷静に振り返ることができないと思う。いまは反省しかないです」

5分間+アディショナルタイムの出場にとどまった吉本は翌2日、キャプテンマークを巻いてJ3第4節にフル出場した。
親友が大ブーイングを浴びるなか、ユースの頃と同じ出で立ちで向かい合い、ヒートアップしていた試合から一夜が明け、吉本は穏やかな感情を取り戻していた。FC東京U-23は鹿児島ユナイテッドFCに1-2で敗れたが、張りのある声で言葉を発した。
「昨日は正直、個人的にいちばんきつかったし、メンタル的にも自分が役割を果たせなかったので、そうとう落ち込んだし、あまり昨日は冷静じゃなかった。すごく悔しくて、なかなか寝られなかった。そういう意味ではすごく難しかったけど、自分が元気なくて、慰め待ちみたいにしているのはダサいから、あえてカラ元気でも自分が引っ張ってやらないという思いで盛り上げてやるようにしましたけど、そうやって、こういう結果になっちゃった。それは自分の力不足でもあると思う。こうやってオーバーエイジの選手が3人なり4人来たときには、もっとチームを引っ張って――自分たちの立場はチームを勝たせることが役割だと思うので、きょうはそれができず、ほんとうに自分の力のなさをまた感じたし、もっと若い選手たちといっしょに勝利を掴む喜びを味わいたかったと思います」

尾亦弘友希、馬場憂太、森村昂太、阿部伸行、大竹洋平、椋原健太、廣永遼太郎、重松健太郎、平出涼、阿部巧、武藤嘉紀、三田啓貴、李忠成、野澤英之、そして権田修一。2種登録時代からトップチームに帯同していた吉本は、多くのアカデミー出身選手を見送ってきた。この4月2日にラジオの仕事で江東区夢の島競技場を訪れた元FC東京フォワードの近藤祐介さんは試合前「誰と話したらいいですかね……あっ、吉本がいい! 吉本だったら話が弾む」と言い、実際、試合後に吉本を捕まえていたが、そのように過去に在籍した選手に慕われ、長く東京を見つめていまもなおプレーをつづける選手は、そうはいない。

「東京のサポーターの方も、(権田)修一のコールをしてくれたと、あとで聞いてうれしかった。人生、何があるかわからない。ちがうチームでやるかもしれない。だけど、修一とはサッカーの仲間として、一生つづく仲」
期限付き移籍をしてそのまま東京を去る選手が多いなか、吉本はチャンスを掴み、東京に残りつづけている。常に危機意識を抱き、自身の立場も絶対のものではないのに、仲間に向ける視線のなんと優しいことか。

「こういう展開で負けてしまい。もったいないゲームだと思う。難しいですけど、ボールを失ったところの失点(※1失点め。自陣でボールを持ち、鹿児島にプレスで奪われ中央に送られた)もそうだし、全部もったいない。できればいいプレーなんだけど、できなかったときのリスクが高いというか。そこはみんな反省していたし、もっと自分も含めて1点の重みにこだわって厳しくやっていかないといけない。昨日もそうだったし。そう思います」
身を投げ出しながらのディフェンスも実らず鹿児島に敗れ、二日つづけてディフェンダーとしては苦渋を味わった吉本。しかし仲間に対する熱い気持ちと、試合にかけるこだわりは十二分に伝わってきた。彼のような選手がいることで、東京はクラブとしての心を失わずに済んでいるのではないか。そんな気がして仕方がない。

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◆書評
http://thurinus.exblog.jp/21938532/
「近未来の東京を舞台にしたサッカー小説・・・ですが、かなり意欲的なSF作品としても鑑賞に耐える作品です」
http://goo.gl/XlssTg
「クラブ経営から監督目線の戦術論、ピッチレベルで起こる試合の描写までフットボールの醍醐味を余すことなく盛り込んだ近未来フットボール・フィクション。サイドストーリーとしての群青叶の恋の展開もお楽しみ」
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