柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『ペタルダンス』 意味と論理と結論を求めても何ひとつとして与えてくれない映画 (柳下毅一郎)

『ペタルダンス』

監督・脚本・編集 石川寛
撮影 長野陽一
音楽 菅野よう子
出演 宮崎あおい、忽那汐里、安藤サクラ、吹石一恵、風間俊介、後藤まりこ、韓英恵、安藤政信

 

初冬の曇り空、関東のどこか、枯れススキの河川敷で鉄橋の下、カップルが立っている。男が無言で近づき、抱き締める。

女「はしょったね……」
男「そうかな。はしょったかな……このまえのはなんだったのかな、とか思ってさ」
女「このまえのもあたしのきもちだよ」

 無言

男「じゃんけんぽい」
女「かったー」
男「じゃ、いこっかー」

 舞台変わって、二人の女が話している。空を見つめている一人。

「なにしてんの?」
「んー……流れ星に願いをかけるのの別バージョンとか?……風に乗って飛んでるものにおねがいすると……願い事がかなう……ん……だって」
「何をおねがいしたの?」
「人のねがいごとを知っても、あんまりいいことないじゃん」
「……あたしなんか、いなくなっちゃえばいいのに……」
「あ?」
「へ?」

 なんだこれはー。てか最初のシーン、これを見ているだけだと意味不明なのだが、つまり男(風間俊介)は友人だったジンコ(宮崎あおい)に迫って、だが拒否されたということらしい。じゃあなんでキスじゃないんだ!? 唇だけは許さないとかそういうのか!? そもそも冬の河川敷に二人きりで立ってる時点でそういう話になってるんじゃないのか? よくわからないけれど、いきなり風間俊介が抱き締めたんで「(いろいろ)はしょっ(て行為に持ち込もうとし)たね」ということらしい。で、じゃんけん。なんなんだこれは。

これ、典型的な「シナリオにたよらず」「アドリブにまかせて」「自然な演技を作っていく」タイプの映画である。シナリオに縛られると不自然な演技になると考える人は多いのだけど、じゃあアドリブすれば自然になるかというとそうは問屋が卸さない。アドリブ映画には大きな特徴がある。科白におうむがえしと言い直し、間投詞が多くなり、やたら科白と科白のあいだを間を置くのだ。考えてみればあたりまえで、相手の科白にいちいち考えながら反応するときには間投詞とオウム返しで聞きなおすことになる。それは我々の普段の喋り方でもあるのだが、じゃあ俳優の口から聞かされれば自然に聞こえるかというと全然そんなことはなく、逆に異常に不自然。しかも肝心なことには触れないようにしているんでやたら指示代名詞だらけで茫洋とした会話に……

今度は宮崎あおいが素子(安藤サクラ)と電話で会話している。

「車借りたから」

 二人は「ミキ」に会いにどこかへ行く相談をしている。

「ねえ、なんで会いに行くの?」
「ミキがどうしてそういう行動をとったのか知りたいから」
「それで会えるの?」
「会えるわよ」

「そういう行動」ってなんのことだよ!ことさように不自然だというのである。この茫漠として……間をおいた……間の抜けた……会話を聞かされていると……どこからともなく……眠気が……90分しかないくせに催眠効果抜群の恐ろしい映画だ。

空を見ていた女、原木(紗那汐里)はブティック〈ネコライ〉の店員だった。ある日店にやってくるといきなり〈本日で閉店しました〉の張り紙に迎えられる。今日から失業者か……ととりたてて感慨もなさげに駅に向かう。ふう……と深呼吸したとき、いきなり後ろからタックル! てっきり列車に飛びこむと思いこんだ宮崎あおいが取り押さえたのだった。紗那は呆然。観客も呆然。あおいは「骨がはがれちゃった」ということで左手指を骨折。

「ごめんなさい勘違いしちゃって。前に行こうとしてるのかと」
「いえ、前に行こうとはしてたんです」
「え?」
「無職になったんで、気持ちをあたらしくしようと思って……あたし昔走り幅跳びやってたんで、スタートを切るつもりで」(そうだったの!?)
「そうだったんだ。あたしの友達もギリギリのところにいて……あーでもこの手で運転できるかなあ」
「え、車乗るんですか?」
「友達のところに行くんで……車は友達が借りたんだけど、彼女は運転できないんだ」
「あ、じゃああたし運転しましょうか? あたし、免許持ってるんで……無職ですし……ヒマですし……」

 とかくして異常なまでにわざとらしい会話により三人の女性が旅する設定が整った。ここにいたっても友達(ミキ)がどこにいるのか、「そういう行動」がなんなのかは明かされないのであった。まあわかってますけどね。

(残り 1557文字/全文: 3345文字)

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tags: 吹石一恵 安藤サクラ 安藤政信 宮崎あおい 後藤まりこ 忽那汐里 石川寛 菅野よう子 韓英恵 風間俊介

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