『中学生円山』 -狂気を現実にすることこそが創作なのだ! (柳下毅一郎) -3,062文字-
監督・脚本 宮藤官九郎
撮影 田中一成
音楽 向井秀徳
出演 平岡拓真、草彅剛、遠藤賢司、ヤン・イクチュン、坂井真紀、仲村トオル、鍋本凪々美
朝の連続テレビドラマ「あまちゃん」が大好評の宮藤官九郎、『少年メリケンサック 』以来の監督第三作である。ぼくは宮藤官九郎のいい観客とは言えないのだが、それでも世間の評価はちょっと違うのではないかと思っていた。良くも悪くもサブカル趣味的な部分が注目され、破格のコメディを書くと思われがちなクドカンだが、もともとウェルメイドな人情コメディみたいなものを志向しているのではなかろうか。アイデアを転がすところまではいいのだが、きれいに落としてまとめることができず、ややもすると投げっぱなしになってしまうことが多かったように思われる。きちんと風呂敷をたためるようになれば無敵なのだが。
で『中学生円山』である。
いきなり遠藤賢司のナレーションで
「妄想する。神が人類にのみ与えた、おまけみたいな力。一度も使わずに人生をまっとうする人間もいます」
とかはじまる時点で「エンケンを人質にとるなんてずるい……!」とよくわからない感想を抱いてしまうのだが、そんな風に語られる主人公は団地に住む円山克也(平岡拓真)、中学二年生。そんな円山の妄想はセルフフェラ、つまり自分で自分のチンコを舐めることである。身体を柔らかくすればできるに違いないと「自主トレ」に励む日々である。前屈をやり、酢を飲み、レスリング部に入部してひたすら夢の実現を目指す。そのうち前屈しすぎて背骨をいわすと、その瞬間から妄想に入ってしまうようになる。公園で前屈していたときにカーセックス中のワゴン車を見かけると、妄想がはじまって車の中からヌーブラひとつの女たちが次々にあらわれ、みんなで踊りはじめたりする。なんせ中学生の円山はセックスというものを知らない。妄想もセックスにまで至らない狂騒状態なのである。
クドカンはサブカル趣味をおもしろおかしく料理するので、毎回本気の人を苛立たせることになる。今度は「中二病」がテーマということで伊集院光あたりがカチンとくるのかもしれない。ぼくは別にこんなネタでは怒らないのだが、むしろ生ぬるさは気になる。そしてもうひとつの問題は団地で徘徊しているボケ老人役の遠藤賢司。エンケンが徘徊老人か……それはないよね……などと思っていたのだが。
ある日円山家の真上の部屋に妙な中年男が引っ越してくる。妙に馴れ馴れしい下井(草彅剛)と名乗る男は、いつも赤ん坊を乳母車に乗せている。几帳面でゴミの分別にもうるさいが、無器用で赤ん坊のおむつも満足に替えることができない。下井は円山少年の顔を見るたびに
「もう届いた? もうすぐ届くよ」
と声をかける。なぜ自分の“自主トレ”のことを知っているのか? あの男、ただ者ではない……おりしも団地の近くで死体が発見される。下井に襲われる夢を見た円山少年は、あるいは下井こそが犯人ではないかと妄想する。あいつはきっと乳母車を押す殺し屋、「子連れ狼」に違いない!
ここらへんの展開はほぼ予定調和で、驚くほどではない。妄想のシーンもそれほど意外性なく、唯一記憶に残ったのはレスリング部でブリッジのトレーニングをしているときに同じ団地に住む同級生ゆず香(刈谷友衣子)と目があって、ブリッジ・キスを妄想しはじめるところくらい。
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