柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『NORIN TEN~稲塚権次郎物語』 またしても富山の「小麦映画」 ・・真面目な映画監督が実直な人の伝記映画を作ってもまったくドラマにならない(柳下毅一郎) -2,214文字-

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NORIN TEN~稲塚権次郎物語

監督・脚本 稲塚秀孝
撮影 三浦貴広
音楽 R.P.M 林久美子
出演 仲代達矢、松崎謙二、野村真美、藤田弓子、舞川あいく、益岡徹

 

face またしても富山である。ひょっとして富山って知られざる映画大国だったりするんだろうか!? この映画、「世界の食糧危機を救う小麦の元になった“小麦農林10号”(=NORIN TEN)を育種した稲塚権次郎の生涯を描いた伝記ドラマ」だそうだが、知らんわそんなもんと思った人が大多数だろう。テレビマンユニオン出身の演出家稲塚秀孝は権次郎の遠縁に当たるとかで、そんな状況をなんとかしなきゃという思いに駆られてこの伝記映画を富山県と農林水産省の後援で完成させたのである。なんかこの「農林水産省後援」というところによからぬ匂いを感じるわけで、『種まく旅人』シリーズといい、どうも農水省の役人に映画による情報発信!とか考えている阿呆がいるんじゃないかという疑いが……そんなこんなで稲塚権次郎氏の生涯が語られるんだが、ここでひとつ問題が。

つまり、稲塚氏は育種の専門家である。育種というのはひたすら植物同士を掛け合わせる作業である。その後一年待って収穫し、その成果を見てまた掛け合わせを考える。ひたすら時間がかかって地味な作業なのである。こんなの、どうやったら映画的に見せられるというのか。しかも稲塚氏、ごくごく真面目な人で(そもそも農林省の役人なわけで)、真面目な人が実直な生き方をしたとしてもまったくドラマにならないという……したがって「昭和十年、東北三十四号が“小麦農林十号”の認定を受ける」という感じで、まるで年表を読んでいるかのように話が進んでゆく。唯一、映画的と思われたのは葬式で棺を野焼きすることで、畑の真ん中で火があがる図は鮮やかなのだが、富山ってそういう習慣なのか? 昭和44年の葬儀でも野焼きしてたんだが……

 

 

さて、映画はインドからはじまる。日本からやってきた農業研究家が、世界の食糧危機を救った小麦のことを訊ねる。それは日本産のNORIN TENをもとにメキシコで改良されたものだという。そう、ミスター・イナヅカの名はインドでも尊敬されており、ムンバイ郊外の農業試験場にはGonjiro Inazukaに感謝の念を捧げる看板が立っている。さてその稲塚氏はと言えば……

田圃のあぜ道を原付でノロノロ走っている老人がいる。彼こそが引退した稲塚老人(仲代達矢)。いきなり県庁に乗り込んで「ほ場! 誰かほ場のことはわからんか!?」とひとしきり騒いで帰っていく、というような典型的老人ボケ活動をしている(だが周囲からは「農林十号を創った人」と尊敬されている)。だがその若いころは……というわけで物語は若き日の稲塚権次郎(松崎謙二)へ。

 

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tags: R.P.M 林久美子 三浦貴広 仲代達矢 富山県 松崎謙二 町おこし 益岡徹 稲塚秀孝 舞川あいく 藤田弓子 農林水産省後援 野村真美

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