柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『いしゃ先生』 節度をたもった上品な映画は決して不快ではない。問題は地味な話を地味に撮るとことんまで地味になってしまうこと (柳下毅一郎)

 

いしゃ先生

監督 永江二朗
原作・脚本 あべ美佳
撮影 早坂伸
出演 平山あや、榎木孝明、池田有希子、テツ&トモ、長谷川初範

 

face 最初に一枚テロップで「企画:志田周子先生の生涯を銀幕に甦らせる会」と出た時点でいろんなことがわかってしまうわけですが、志田周子(ちかこ、と読む)は湯殿山の山麓にある山形県大井沢村(現在は西村山郡西川町)で数十年にわたって地域医療に献身した地域の偉人。でもそのことは村外ではほとんど知られていない(当たり前だ)。ならば映画だ! さいわい(?)ここ山形県は庄内キネマやら映画24区やらある地域映画の先進県、奉加帳をまわして予算を集めれば、庄内映画村ロケで歴史映画の一本くらいささっと……作れてしまうんだなこれが。

 

 

時は昭和十年。学校で授業中、赤いワンピース姿の女性が歩いてくるのを見た生徒が、「ねえちゃんが帰ってきた!」と飛び出す子供。村に通じる峠で思わず立ち止まる女性。

「……八年ぶりのふるさとでした」

 東京女子医専(今の東京女子医大)に遊学していた志田周子(平山あや)は大学卒業後、東京の大学系列病院で修行していたが、大井沢村の村長をつとめる父(榎木孝明)からの急ぎの電報を受けて戻ってきたのである。自分を呼び戻した理由を問うと、父は実は診療所を作ったので勤務医として努めて欲しいのだという。父が無医村である村の将来を案じ、自分を医大に入れたのもいずれは村で勤務させることを夢見ていたのだというのはうすうすでも理解していた周子。だが、まだ修行中の身でもあり、いきなり呼び戻されても困る。

「こんなの、だまし討ちじゃないですか!」

 と抗議するものの、「三年だけ。三年したら、必ず後任の医者を見つけるから」の言葉を信じて三年間の診療所勤務を了承する。夜、みなが寝静まったころ、こっそり東京に手紙を書く周子。

「英俊さん、なかなかご連絡できずにすみません……」

 さていしゃ先生はどうなるのか? そして東京に残してきた恋人との関係は……?

……と煽りたいところなんだけど、「企画:志田周子の~」の時点でこのふたつの問いにはすでに答えが出ているわけでね。まあでもそれは実はこの映画の欠点ではない。まったく地味でわかりきった話であるのだけれど、それを丁寧に実直に作ってるところにこの映画の価値はある。学校も診療所も(実際に志田医師が使っていた場所が記念館として残されているのだとか)民家もきちんと昭和初期に見えるし、低予算映画でもあらが見えたりはしない。一年かけてロケをしているらしく、冬の豪雪から春の桜まで、山形の四季をきっちりとらえている。真冬に隣村の病院まで患者を運ばなければならなくなったとき、集まってくれた人足にどぶろくを一杯ずつふるまい、それをぐいと飲み干してから無言で出て行く描写とか、ああ、きっちり演出されているなあ、と結構好感を抱いた。まあ実直な人の功績を顕彰しようとまじめな人たちが集まった結果、実直な映画ができあがったわけで、それは悪いことではないだろう。まあ問題はそれ果てしなく地味なんじゃねえのかと……

 

 

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tags: あべ美佳 テツ&トモ 山形県 平山あや 庄内キネマ 庄内映画村 早坂伸 榎木孝明 永江二朗 池田有希子 町おこし 長谷川初範

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