柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『魔王』『赤の女王 牛る馬猪ふ』 映画は経済の問題ではない。経済合理性は映画の多様性の最大の敵なのだ (柳下毅一郎)

公式サイトより

 

魔王

製作・監督・原作・脚本 天願大介
撮影 古谷巧
音楽 めいなCo.
出演 若松武史、月船さらら、中村映里子、松浦祐也、井村昂、りりィ、小林麻子

赤の女王 牛る馬猪ふ(ゴルバチョフ)

製作・監督・原作・脚本 天願大介
撮影 古谷巧
音楽 めいなCo.
出演 月船さらら、三浦誠己、江口のりこ、松浦祐也、外波山文明、元気いいぞう、井村昂、小林麻子

 

 

face 映画監督天願大介は今村昌平の息子で日本映画大学教授。脚本家としては三池崇史の『十三人の刺客』に脚本を提供し、映画監督としては『無敵のハンディキャップ』から『デンデラ』まで意欲作を作っているまあサラブレッドと言っていい経歴の持ち主である。その天願大介、2014年から自主映画&自主上映に走っているのだという。ウェブサイトなまず映画、あるいは第二の選択にはこうある。

 

ここ数年、映画を取り巻く環境は激変し、映画の位置が変ってしまった。
映画はもう特別なものではない。
俺が大好きだった「映画」はもう死んだのだと思う。
では俺はこれから何をすればいいのだろう。
悩んだ末にたどり着いた結論は自主映画だった。
誰にも頼まれていないのに勝手に映画を撮る。
それが俺にとっての「第二の選択」だ。
全て自費で作り自分たちで上映する。
貧乏である。
しかし希望はある。
目指すは沼泥に生息するなまずのように、
しぶとく凶暴で悪食で髭の生えている感じの映画だ。
我々はここに
「なまず映画、あるいは第二の選択」を
(勝手に)旗揚げいたします。

 

映画の底が抜け、映画が特別なものでなくなったという認識は、おそらく多くの人に共有されるものである。その結果として生まれた誰のためでもない映画が次々に作られているという現状は、このブログでも延々書いてきたことである。天願大介は映画監督の立場からその状況にあらがうべく、自主映画を自主興行するという試みに突き進んだわけだ。映画館ではない場所、お寺の講堂からライブハウスまでさまざまな場所で突発的上映会をおこなう。それは映画の原点でもあるだろう。そういう試みには目のないぼくとしても気になってたんだけど、気がついたときにはああ上映終わってる……のくりかえし。ようやくまにあったので、目黒のお寺になまず映画二本立て、『魔王』&『赤の女王』を見に行った。

 

 

会場はお寺の講堂で、プロジェクター上映。畳敷きのスペースに寝っ転がって見てたんで、高田馬場ACTミニシアターを思い出したりしていた。スクリーン自体が小さいのはともかく、閉口したのは音が小さすぎてセリフが聞き取れなかったことである。蝉の声の中で映画を見るというのはなかなかの体験だったが、蝉の声のほうが大きいんじゃあさすがに本末転倒だ。まあ、この手の移動上映ではありがちなトラブルとも言えるのだが、「「第二の選択」とまで言うからには最低限の上映環境は整えるべきだろう。さいわい二本目の上映時にはまともな音響になったのだが。

だからというわけではないが、ここでは第二作の『赤の女王 牛る馬猪ふ』のほうを紹介したい。こちらのほうが格段に出来がよかったからである。『魔王』にはあえて商業映画から自主映画に回帰する気負いのようなものが感じられたが、そんなものをかなぐり捨ててエンターテイメントにした第二作のほうが、テーマも描写も格段にわかりやすくなっている。なお、二本はシリーズになっており、「牛河原市」に忽然とあらわれたヨシコねえちゃん(月船さらら)が街を支配する謎の男「魔王」(若松武史)と対決するのが『魔王』。その後、「牛河原」に住みついてドイツ語から剣術指南までなんでも教える私塾を開いたヨシコねえちゃんが遭遇する第二の事件が『赤の女王』ということになる。第二作のほうが出来がいいのは、天衣無縫、快刀乱麻のスーパーヒロインという月船さららの役回りが定着したせいでもあるのだろう。第一作のときはまだちょっと手探りの感じがあった。スーパーヒーローものは二作目がおもしろいというのにも通底しているかもしれない。

 

 

町外れの牛舎で働く不器用で無口な男権太(三浦誠己)は、ある日牛糞の中から木片を見つける。魅入られるように拾い上げ、洗って磨き上げるとあら不思議それは小さな仏像ではないか。祭壇にかざり、一心に祈りを捧げる男。翌日、男は饒舌に話すようになっていた。なかば独り言のように喋る言葉は崩壊したナンセンスな言葉である。

「山火事続けろ水かけろ。どっこい別れのやっこりや。山の上には白豆青豆枝豆椎茸」

 

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