柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『つやのよる』 -小金もってる新興企業がダメ映画に出資って典型的な死亡フラグ(柳下毅一郎)

『つやのよる』 (東映/2013)

監督 行定勲
脚本 伊藤ちひろ、行定勲
撮影 福本淳
照明 市川徳充
音楽 coba
出演 阿部寛、小泉今日子、野波麻帆、風吹ジュン、真木よう子、忽那汐里、大竹しのぶ

 幕が開くといきなりキシキシと音をたてながら包丁を研いでいる阿部ちゃん。自然光の撮影で顔も陰になっており、BGMもないので、まるで猟奇殺人犯にしか見えない凶悪さ。研ぎあげた包丁を紙袋に放り込むと、無言のまま自転車で向かった先は病院。ベッドで人工呼吸器をつけられている女性に向かって包丁を振り上げ、「死ね~!」と叫んだ!が!どうしても振り下ろせない!ってギャグか!「そう簡単に死なれてたまるか!」阿部ちゃんが殺したいほど愛し憎んでいる、その女性こそが阿部ちゃんの妻、艶(つや)であった。

原作は井上荒野の同名小説(新潮文庫刊)。どうやら連作短編集らしい。「このままこの女を死なせてたまるか!」と思った阿部ちゃんが、艶の過去にかかわりのあった男たちに艶が危篤であることを知らせたせいで、あちこちで波紋が起きていく……という話なのだが、普通、こうした場合、それぞれの男が自分の知っている艶の人生の一断面を語っていく、という構成になるだろう。ところがこの映画、驚いたことに誰一人艶について語らない。そもそも各話の主人公は「艶にかかわった男にかかわった女」なのだ。それって艶と全然関係ないんじゃね?と思ったあなたは正しい。

結果、映画では艶という空白の中心について何もわからないばかりか、相互にもなんの関連もなく、特にはじまりもなければ落ちもない短編が五話ほど続くという大惨事。なんでこんなものを映画化しようと思ったのか行定!そしてこんな映画に金出して大丈夫なのかドワンゴ!小金もってる新興企業がダメ映画に出資って典型的な死亡フラグだぞ……

第一話は「艶の従兄の妻」の話。

文学賞の候補になった作家石田行彦(羽場裕一)のところに阿部ちゃんから電話がかかってくる。妻(小泉今日子)が受けると「あんたの夫が犯した艶が死のうとしてるんだよ」とぶっきらぼうに告げる。ともかく、この映画の阿部ちゃんはひたすら他人に嫌がらせばかりしており、あまりに狂人すぎて感情移入まったく不可能。キョンキョンは驚いたが無視すると、次にかかってきた電話で受賞が決まる。ところで石田には愛人の児童文学作家伝馬愛子(荻野目慶子)がいた。石田との関係がこじれると「暴行された!」と大騒ぎして裁判まで起こそうとしたこともあるぷっつん女だ。石田がホテルのロビーで受賞記念のインタビューを受けていると、日傘にアイパッチという異形でその後ろにたたずみ、アピールしたりする。石田もたまらず、インタビュー後ホテルに直行。

愛子は授賞式にもあらわれ、異常にダサイ着物姿のキョンキョンと張りあって大げんかになり、ワインをかけあってパーティを台無しにしてしまう(だからユニクロみたいな着物だったのか!)。まるでTVバラエティのコントみたいな大騒ぎ。この映画、キャラがどれもこれも誇張されすぎてまるで漫画なのである。コメディ、これコメディなんだよね!? パーティも終わってキョンキョンもしみじみ……なんだけど、艶と何か関係あったのかよこの話!

第二話は「艶の最初の夫の愛人」

不動産屋で働く橋本湊(野波麻帆)は社長の愛人をやっている。「女房とはわかれるよお~」などと仕事中にじゃれついてくる社長を「50過ぎた赤ちゃん」とあきれつつの腐れ縁(いったいどこがよくてつきあってるのかまったく不明なのだが)。ある夜、取引先のマンションオーナー、土地持ちの引き籠もり中年太田(岸谷五朗)のところへ書類を届けに行くと、家に招かれる。とくに警戒もなしにあがる湊。太田はいきなり

「好きだ」
「えっ」
「オレ、真珠入れてるんだ」

変態だ-!逃げろ野波!だが野波はその口説きに感動してパンツを脱ぎ、いきなりセックスをはじめるのであった。この変態男こそ艶の最初の夫であった。二人は24年前に別れたのだという。

「なんで別れたんですか」
「チンコ立たなくなったから」
「真珠入れたのに?」
「いや、真珠入れたのは艶と別れたあと」
「じゃあ、わたしの感じてるのと艶さんの感じたのと違うんですね」

何言ってるんだかわからないよ!合間に野波が同僚社員から口説かれてると、いきなり社長からボーリング場の裏へ呼び出される

「湊ちゃんがどんなに好きかラブレターを書いて奥さんと別れて湊ちゃんと再婚する行程表も作って机に入れてたら奥さんに見つかっちゃったんだ~ 心配だろうけどぼく明日会社休むから、ごめんね!」

さすがに呆れた湊は会社をやめて真珠男に永久就職しようと心をかためるのであった。いや、これも艶関係ないし!

第三話。さすがに今度は艶に関係してくるだろ?

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tags: 井上荒野 伊藤ちひろ 大竹しのぶ 小泉今日子 岸谷五朗 忽那汐里 真木よう子 羽場裕一 行定勲 野波麻帆 阿部寛 風吹ジュン

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