柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『So Long! The Movie』 大林宣彦、その恐ろしさと恍惚 (柳下毅一郎)

So long !【多売特典生写真なし】(初回限定盤)(TYPE-K)(DVD付)

So Long! The Movie (AKS 2013)

監督 大林宣彦
脚本 大林宣彦、大林千茱萸
撮影 三本木久城
編集 大林宣彦、三本木久城
出演 AKB48のみなさん、ミッキー・カーチス、高嶋政宏、左時枝、洞口依子、茂木健一郎

 

AKB48の最新シングルは春なので「恒例の桜ソング」、握手券封入の初回限定版は初日だけで80万枚とか例によってバカ売れしているらしい。

ところでAKBのシングルにはMVの収録されたDVDもつくのが恒例となっているという。たとえば『真夏のSounds Good!』のMVは樋口真嗣監督である。今春の新作『So Long!』のMVは大林宣彦監督に依頼された。大林宣彦と言えば元祖アイドル映画監督、無難にこなしてくれるはず……と依頼した方は思っていたのかもしれない。ところがどっこい、年を取ればとるほどアヴァンギャルドを極めつつあるのが最近の大林宣彦。あたかも草月ホールの実験映画時代に戻りつつあるかのように、周囲の言うことを聞かず暴走する老人力を発揮して前衛映画を作りつづけている。

今回もAKB48のMVを依頼されたと思ったら、上映時間64分の長編映画を作ってしまった。短いじゃないかと思うかもしれないが、これ、仄聞するところによるとAKB側から与えられた撮影時間は三日だという。大林宣彦にとって三日というのは72時間という意味だが、それにしてもMVにもギリギリという程度の撮影時間だろう。それで一本の映画を作ろうというのだから恐れ入る。映画はしかも昨年の問題作『この空の花~長岡花火物語』の続篇だというのだから……

物語の語り手は長岡の高校生、夢(渡辺麻友)。女優を夢見る彼女は古里長岡、その花火大会が長岡大空襲の鎮魂としてはじまったものであることを語る。ここら辺は『この空の花』の復習編。彼女の親友、未来(松井珠理奈)は福島県南相馬市からの疎開者である。福島原発の事故により故郷を追われた彼女たちを、中越大地震のときに全国から助けの手を差し伸べられたことを忘れなかった長岡市民は温かく迎えたのだ。中越大地震の傷跡は今も残るが、それは重要ではない。なぜなら物ではなく人が立ち直ることこそが真の復興であるからだ。それは長岡につたわる「米百俵の精神」で語られているとおり……というようなあれこれを、長岡の風景や花火の映像(『この空の花』からの流用)の前で、夢が正面を向いて語りかけてくる。

夢は『この空の花』の撮影に遭遇し、女優志願ゆえにエキストラとして出演し、主演の少女「はな」に憧れ、北海道にいる彼女に逢いにいく。だが「はな」は自分は女優ではなく一輪車の世界大会出場者であり、今は大学生なのだと語る。一方、科学少女の季衣(柏木由紀)は長岡造形大学で花火大会のプログラム作りに余念がなく、だんご屋の娘栞(大島優子)は勉強好きで、造り酒屋の娘あかり(板野友美)は似合わない和装でキャバ顔が強調されて……といった調子でAKBメンバーがそれぞれ古里長岡に組み込まれてゆく。

合間には季衣の祖父(ミッキー・カーチス)があらわれてハモニカを聞かせてくれたり。楽しい修学旅行ではメンバーが温泉入浴、水着着用は大林宣彦的には不満もあろうが、これがなくては大林映画とは言えまい。だがようやく友達になったころ、未来は福島に帰るという。福島の復興のために。だから福島の高校生たちは瓦礫に花の絵を描き、その花は長岡の花火と重なって、AKBのメンバーも花を咲かせ、それは花となって……

……すべてが渾沌の中でひとつになる。AKBをも『この空の花』のクライマックスにオーヴァラップさせ、無理矢理長岡サーガに組みこんでしまう大林ワールドが発現する。大林宣彦の気持ち悪さは、あのべったりした語り口に体現されている。そこには自他の区別がない。すべてが大林宣彦の脳内で起こっているかのごとき状態となって、監督本人のまといつくような口調で観客は慰撫されるのである。うまくはまればこれほどの快楽はないのだが、はずれればひどく気持ち悪い。『この空の花』においては、ナレーションに合成、いくつもの時代と長岡の歴史をすべて強引に重ね合わせる(オーヴァラップし、合成し、画面で起きていることをナレーションで再説明する)ことで、その瞬間を実現していた。

今回、『So Long!』においてもやっていることは基本的には同じである。ストーリー上は無意味なミッキー・カーチスのハーモニカや、AKBのヒット曲タイトルを無理矢理入れこんだ言葉遊びなど、気恥ずかしくなるようなギャグも含めての大林世界だ。

それはいいのだが、さすがの大林宣彦も撮影日数の短さと予算の無さばかりはどうしようもなかったらしく、AKBが長岡をゆく場面はほとんどがブルーバック合成で処理されてしまっている。雨の場面で雨を降らすこともできずCG処理。これでは魔術が起きようはずがない。せめて撮影期間が一週間あればなんとかなったかもしれないが……セリフの棒読みはむしろ好ましくさえあるのだが、大林映画において合成はあくまでも過剰の表現であり、決して間に合わせるためではないはずだ。

予算と日数のせいで傑作にはなりえなかった『So Long!』だが、大林映画でしかありえない狂気はやはり存在する。すべてがひとつになり、フィクションとファクトがごっちゃになる瞬間だ。大林宣彦のアイドル映画が、あまりにも狂っており、ひどく作り込まれたものでありながら、至高のアイドル映画とされつづけた理由はそこにある。ドラマが終わり、AKBのメンバーがそれぞれ名乗りをあげ、復興支援活動を語る中で、松井珠理奈が駆け込んできて言う。「南相馬にも来てくれました!嬉しかったよ、松井珠理奈です!」だが南相馬出身なのは「未来」、彼女が映画の中で演じていたキャラクターのはずである。そこではフィクションとAKBの現実とが混同されてしまっている。フィクションが現実にはみだし、それに誰も疑問を抱かないのだ。映画の中で語られるすべてのメッセージ–瓦礫処理から反戦から古里の喪失まで–がフィクションではなく大林宣彦の説教なのだ。その恐ろしさと恍惚

なお、どうしても顔を覚えられないメンバー中では松井珠理奈は圧倒的に美しく、フィクションと現実を混乱させる役を振られてしまったのも大林宣彦に愛されていたからだろう。さっさとAKBなんか卒業して、大林映画のヒロインをつとめるといいだろう。そのときには水着ではなくて……

 

tags: AKB48 この空の花~長岡花火物語 ミッキー・カーチス 大林宣彦 左時枝 洞口依子 茂木健一郎 高嶋政宏

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