柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『草原の椅子』 黄昏ドリーム映画で小池栄子が大怪演!(柳下毅一郎) 

http://www.sougennoisu.jp/

『草原の椅子』 (東映2013)
監督 成島出
脚本 加藤正人、奥寺佐渡子、真辺克彦、多和田久美、成島出
撮影 長沼六男
出演 佐藤浩市、西村雅彦、吉瀬美智子、小池栄子、中村靖日、貞光泰風、若村麻由美

 

 吉瀬美智子は元ファッションモデルで抜群のスタイル、三十代女性のアイドルということで引っ張りだこらしいのだが、ぼくがこれまでに見た映画は『死刑台のエレベーター』(緒方明)と『白夜』(小林政広)の二本なので、超巨大地雷製造器というイメージしかない。あの聡明な緒方明にすら地雷を踏ませてしまった破壊力。その吉瀬美智子が成島出と組むとあってはどうなの?と思ったが、意外なことにこれが面白かったのである。残念ながら面白さは成島出とも吉瀬美智子ともまったく無関係なのだが。どういう話かというと……

遠間憲太郎(佐藤浩市)は大手カメラメーカー(もちろんボカされているわけだが、EOSの一眼を持っていたので、キ×ノンじゃなかったらヤバい)の営業局次長。常務からは無理難題を押しつけられ、営業中に居眠り運転で車椅子暮らしになった部下からは訴訟を起こすと訴えられ、取引先のカメラ販売店社長(西村雅彦)の愛人騒動に巻き込まれてたりで苦労ばかりの中間管理職。かつて妻は男を作って出ていき、広い家に大学生の娘と二人暮らしである。最近最愛の娘の様子がおかしい。まさか男が……お父さんは許さんぞ! ある日タクシーからふと見かけたのが和装の美女(吉瀬美智子)。ふらふら~とあとをつけ、彼女が経営する陶磁器屋に入る。陶磁をあつかう和装美女というオヤジドリームを体現した吉瀬美智子に一目惚れした佐藤浩市は

「あら、そのお皿、わたしも好きなんですよ。好みが合いますね」

てな営業トークを真に受けて五枚組みの黄瀬戸の和皿を手に

「こ、これ……ください」

と言ってからあらためて値札を見るといちじゅうひゃくせんまんじゅうまんえん!

「カ、カード使えますか?」

と一枚二万円の皿でコンビニコロッケと缶チューハイの晩酌をたのしむのであった。

そんな調子で吉瀬の陶器屋に入りびたっていた佐藤浩市だが、ある日、怪しい中年男(中村靖日)と談笑する娘を目撃する。後をつけると娘は中年男のアパートでかいがいしく洗濯物を畳んだりしているではないか。さては不倫か! その夜、帰ってきた娘に向かって

「おまえ、お母さんが恋人を作ったとき『気持ち悪い』って言ったろう。実は今だから明かすがお父さんも気持ち悪いことしてたんだ」
「そんな話聞きたくないわよ!だいたい知ってたし!なんでいきなりそんな話はじめるの!」
「いやおまえに話をきくからにはオレの方もちゃんと話しとかないと、と思って……それよりおまえ……」
「お父さん、実は話があるんだけど」

と玄関を開けるとそこに立っているのは子連れの中年男。やはり!

「お父さん」
「おまえなんぞにお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

中年男、喜多川は娘のバイト先の先輩だった。別れた妻がひどい虐待妻で、殴る蹴るテーブルにつないでパチンコに行くは当たり前、おかげで子供は口もきけず友達は恐竜のぬいぐるみだけという虐待少年に育ってしまった。ひょんなことからその境遇を知った娘は、子供(圭輔くん)に同情して世話をするために通っていたのである。で、実は喜多川は明日から出張で、あたしはゼミ合宿なの。だからお父さん、圭輔くんの面倒見てね。

ってちょおま! つかそれで納得してしまっていいのか佐藤浩市! あるいは娘は毎日のように虐待児童やら捨て犬やらをひろってくる博愛の人なので、佐藤浩市も慣れっこになっているのだろうか。かくして口をきかない少年と佐藤浩市の二人暮らしがはじまる。最初はぎくしゃくしていたが、カメラ店社長(愛人トラブルを解決してやったあと、無理矢理「親友になりまひょ!」とか言われて、ずるずると飲み相手になっていた)の実家に一緒に遊びに行ったりするうちにようやく打ち解けてきた二人。

そのころ、喜多川はコンビニをやめ、トラック運転手への転職を決める。ついては息子は再婚を決めた妻に返したいので、しばらく佐藤浩市に預かっていて欲しいという。無責任だ、と抗議すると。

「ぼくはどこまでも自由に放浪したいんです。あなたたちおふたりにも子供をあずかった責任があるんじゃないですか? ぼくの新しい人生の門出を祝ってはもらえないんですか?」

と無茶苦茶な論理で逃げ出してしまう。

ということで逃げた妻裕美(小池栄子)が佐藤浩市の会社にやってくる。演じているのは小池栄子なのだが驚くべき大怪演。彼女の出ているあいだはゲラゲラ笑いどおしで、この出番だけでも見る価値は充分ある。ボサボサの髪であらわれた裕美はキャバクラで働いているのだが、東日本大震災でショックを受けて

「絆というものがどんなに大切かわかったんです。圭輔とわたしの絆はたったひとつなんですから」
「あんた、虐待したって本当? 縛りつけてパチンコしてたとか」
「そういうことも……一回くらいはあったかもしれません。でも津波で流されてしまった子供たちのかわりに大切にしてやりたいと思ったんです。旦那は今働いてる店の黒服なんですけど、将来は植木屋になって真面目に働くって言ってるから大丈夫です!」

あからさまにヤバい

ある日佐藤浩市が風疹で倒れると、吉瀬美智子がおかゆを作りにやってくる。いつの間にそんな仲になったんだこの二人!? てか後半まったく出てこない娘は何をしてるのか!そこへけたたましくベルを鳴らしながらあらわれたのは小池栄子! 暴力母を見て怯える圭輔を吉瀬が抱いてかくまう。

「わたし、やっぱりいろんな情報に洗脳されてたと思うんです。実は夫がやっぱり子供はいらないって言うんで、ひきとれません!」
「え!じゃあこの子は……」
「親なんかいなくても子供は育ちますよ。だいたい震災孤児だってみんなたくましく生きてるじゃないですか」
「×□$!」
「逆ギレとか大人げないですよ」
「あんたたちみたいな馬鹿ばっかりだからこの国はダメになるんだ!」

そのとき佐藤浩市が風疹にかかっていることを知った小池栄子

「(お腹をおさえて)今、いちばん大事なときなのに!あ、あたしと彼の子供を殺すつもりね。ひとごろし!

と土鍋のお粥をぶちまけ、ヒールで佐藤浩市をタコなぐりにして大暴れ!暴力妻の本領を発揮して嵐のように去ってゆく小池栄子。一途な女を演じさせたら右に出る者がいない小池栄子だが、一途すぎてこれは完全にスラップスティック・コメディである。

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tags: 中村靖日 佐藤浩市 加藤正人 吉瀬美智子 奥寺佐渡子 小池栄子 成島出 真辺克彦 若村麻由美 西村雅彦 震災 黄昏流星群

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