柳下毅一郎の皆殺し映画通信

2019年のベスト10 -映画秘宝2020年3月号(休刊号)発表- をコメント付きで再掲

 

映画秘宝2020年3月号(休刊号)にて2019年のベスト10を発表しました。せっかくですのでここで一言コメント付きで再掲します。

 

10『WATCHMEN』(2019 デイモン・リンデロフ)

 

アラン・ムーア/デイヴ・ギボンズの傑作コミックをHBOでドラマ化。まさかの話を現代に置き換え、コミック版の後日談として構成した。賛否両論あるだろうが、原作をなぞる動画紙芝居しか作れなかったザック・スナイダー版よりははるかに現代的だし、くだらないギャグ(シルク・スペクターのディルド!)も含めて原作の精神に忠実だ。でもやっぱりムーア先生には認めてもらえないだろうが。

 

9 『魂のゆくえ』(2018 ポール・シュレイダー)

 

鞭打苦行者ポール・シュレイダーは、あまりに反時代的すぎるがゆえに逆に現代的である。40年間同じことをやりつづけられる人間が他にどこにいるか。もちろんスコセッシがいる。

 

8 『テッド・バンディ』(2019 ジョー・バーリンジャー)

バンディと同棲していた恋人リズの目から見たアメリカ最凶の連続殺人鬼の姿。殺人は一度も描かれないのだが、逆に恐ろしさは際立つ。ザック・エフロンのサイコパス演技は近年のシリアル・キラー・ムービー中でも屈指。

 

7 『死靈魂』(2019 王兵)

王兵の八時間半ドキュメンタリー。王兵のライフワークとも言える反右派闘争を扱った超大作で、ひたすら収容所送りになった老人たちの証言が続くだけなのだが、途方もなく面白い。構成の巧みさと語られないことを語ってしまう王兵のカメラの妙を思う。

 

6 『犯す女~愚者の群れ』(2019 城定秀夫)

城定秀夫2019。殺人をおかして逃げている女(浜崎真緒)がダメ男の工員にひろわれ、ささやかな幸せを得るという嘘のようなお伽噺。今回はいまおかしんじのファンタジーの趣がある。

 

5 『東京アディオス』(2019 大塚恭司)

何者にもなれぬまま苦闘する地下芸人たちへの限りないシンパシーを湛えた悲喜劇。この現代にあって徹底的に持たざる者である主人公を活写しようとする映画はまさに青春映画である。現代においてもちゃんと古い青春映画は成立するのだと証明してみせた。

 

4 『東京干潟』『蟹の惑星』(2019 村上浩康)

多摩川の河口にある干潟に生息する生物、シジミと蟹の生態というきわめてミクロな世界を追求していった結果世界的なカタストロフの予感がただよう。みな愛らしい蟹の姿を観るべき。

 

3 『アイリッシュマン』(2019 マーティン・スコセッシ)

スコセッシの老人映画。最後の一時間、ただでくのぼうの老人となったデニーロの悔悟/介護の時間がひたすらすばらしく、このまま何時間も続いてくれと思った。

 

2 『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018 ボブ・ペルシケ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン)

ピーター・パーカーが死んだ世界に、他のあらゆる世界のスパイダーマンがやってくる。アメコミならではの馬鹿馬鹿しい設定を引っさげて。その馬鹿馬鹿しさこそがアメコミの華なのであり、馬鹿馬鹿しいキャラクターすべてに真実がある。アメコミの馬鹿馬鹿しさを愛せ、と教えてくれる傑作。

 

1 『チョコレート・デリンジャー』(2007-? 杉作J太郎XE)

ちば映画祭にて未完成版を鑑賞。すでに松本さゆきは芸能界を引退し、吾妻ひでおは鬼籍に入り、映画秘宝は休刊となった。だが『チョコレート・デリンジャー』はできあがらない。『チョコレート・デリンジャー』は「『チョコレート・デリンジャー』を作ろうとする杉作J太郎」についての映画となって今もなお永遠の淵に立っている。

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