「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

辺野古だけじゃない! 今、高江で何が起こっているのか? 沖縄・高江より緊急レポート 1 

 高江(沖縄県東村)が緊迫した状況にある。

 人口わずか150人の小さな集落に、県内外から500人もの機動隊が動員された。明日(22日)にも県道が封鎖され、米軍ヘリパッド建設に反対する住民や車両などの「強制排除・撤去」も予定されている。

 私は本日(21日)早朝、沖縄入りし、高江に向かった。
    

県道前に停まる警察車両の長い列 

国家の強権に抗う高江

 そもそも高江で何が起きているのか──。

 これまでの経緯を簡単にまとめると、以下の通りとなる。

 1995年、沖縄県内で米兵による少女暴行事件が起きた。これによって米軍基地の整理縮小を求める声が強くなり、県内米軍施設の一部返還が決められた。

 しかし、日米両政府が合意したのは無条件の「返還」ではなく、そこには移設条件がつけられていた。

 たとえば普天間飛行場の返還は合意されたものの、それと引き換えに辺野古に新基地が建設されようとしている。基地を右から左に移動するだけなのだから、本来の意味での「返還」には遠い。当然、沖縄県民が望んだものとは大きく意味が違っていた。この辺野古新基地建設問題はいま、島ぐるみでの抗議運動によって、工事が中断している状態だ。

 高江もまた、同じ状況にある。

 沖縄本島北部の「米軍北部訓練場」も「返還合意」された施設だが、そこにも高江に6か所のヘリパッドを建設することが交換条件となっていた。

 やんばるの森に囲まれた静かな高江の集落は、たちまち全国の注目を集めることになった。

 住民の意向を無視するかのように工事は進められた。しかし2007年からは一部住民によって建設に反対する座り込みが続けられている。辺野古というシンボリックな存在の陰に隠れ、なかなか大きく報道されることはないが、高江の住民もまた、国家の強権と闘っているのだ。これによってヘリパッド建設も中断状態にあったのだが、今月、再び、国が動き出した。

 なんと、参院選の投票箱が締め切られてから10時間後、米軍北部訓練場のゲート前に機動隊が投入され、建設工事に使う資材の運搬が強行されたのだ。

 今回の参院選において、沖縄選挙区では与党の推す島尻安伊子氏が落選。これによって衆参両院の全選挙区が「新基地建設反対」を訴える野党議員によって占められたことになる。

 そうしたなかで工事着工の動きを「政権の焦り」と分析する地元記者も少なくない。

 19日からは高江地区を通る県道70号線で検問も始まり、沖縄防衛局は市民や車両(運搬トラックなどを阻止するためにゲート前に反対派市民が置いたもの)の強制排除方針を決めた。

 地元県警だけではなく、警視庁、福岡県警、千葉県警などからも応援部隊が続々と沖縄に集まった。

 現地では22日未明に「強制排除」着手との情報が流れている。

緊急抗議集会に1千600人が集結

 高江までは那覇から車で約3時間。深夜便で那覇に到着した私は途中のサービスエリアなどで仮眠を取りながら、昼近くに現地に到着した。

 午後2時、県道70号線沿いの北部訓練場、通称「N1ゲート」前で、工事に反対する市民集会が開かれた。

 主催者によると、1千600人が集まった。県道の両側には自家用車が並び、集会参加者を乗せた大型バスも次々とやってくる。

 気温は33度。日除けの帽子を持ってこなかった私に、地元記者が「日射病になるから頭からタオルをかぶったほうがいい」とアドバイスしてくれた。確かに真夏の沖縄の太陽は容赦ない。すぐに頭がクラクラし、汗が滝のように流れ落ちた。

「ヘリパッド建設を止めるぞ」

「やんばるを守るぞ」

 参加者らがシュプレヒコールで気勢を上げたのち、沖縄平和運動センター・山城博治議長の進行で集会が始められた。

「明日から工事が強行されるというが、断じて許さない!」

 そう前置いたうえで山城氏は次のように話した。

「参院選の翌日から、まるで見計らったように慌ただしく国が動き出した。県民を挑発しているとしか思えない。これは安倍内閣と県民全体の闘いだ」

 続いて地域住民のひとりが訴えた。

「約10年間、ずっと座り込みを続けてきた。正月も盆も休まなかった。それによって、いまだ工事を中断に追い込んでいる。計画している6つのヘリパッドのうち、まだ2つしか完成していない。これは反対運動の成果だ。明日も絶対に止める」

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