柳下毅一郎の皆殺しの天使 〜皆殺し映画通信 天国編〜

『すずしい木陰』 映画館で見なければ意味がない映画というのはひどく反時代的な、ある意味社会の要請に真っ向から逆らう映画である

公式サイトより

2020年最新刊『皆殺し映画通信 御意見無用』 発売のお知らせ

 

すずしい木陰

監督・脚本・編集 守屋文雄
出演 柳英里紗

 

今、コロナ禍の真っ最中、まさにロックダウン待ったなし、とうてい映画館になど人が行っている状況ではなく、新作が次々に公開延期になっている。 そんな中、あえて劇場公開される映画がある。(※注) この映画を紹介するのはたいへん悩ましい。というのもこれは映画館で見ないと意味がない映画だからである。間違っても、今劇場へ行くことは推奨できない。でも「後からDVDで見てね」とも言いたくない。DVDでは真価を味わうことはできないだろう。ではこの状況下であえて行って、それで楽しめるかというともちろんそうとはかぎらない。どう考えても万人向きには程遠い映画なので、よくて口あんぐり、場合によっては見た人を激怒させることになるかもしれない。だが、これを見た人の中に、ひょっとしたら、この映画が生涯の一本になる人がいるかもしれない。これはそんな映画である。

これは実験映画だ。アンディ・ウォーホルの『スリープ』の現代版と言ってもよかろう。ウォーホルのように、ただ一人の人物が寝ているだけの映画である。だが、ひたすらに退屈を待ちつづけるウォーホル映画と、『すずしい木陰』は大いに異なっている。『すずしい木陰』は木陰で眠る、ただそれだけのことが宇宙的なスペクタクルであると訴える映画なのだ。

 

 

『すずしい木陰』では、一人の女の子がハンモックで眠っている。別に華麗な音楽が流れてくるわけではなく、聞こえてくるのは虫や鳥の鳴き声だけだ。虫の声、鳥の声、遠くを走りゆく車のエンジン音、そしてどこからともなく流れ出す鐘の音……ただ聞いているうちに、音は大きくなり小さくなり、それまで聞こえなかった音までが聞こえてくる。じっと見つめていればこれまで見えていなかったものが見えてくる。それは蚊取り線香の煙のたなびきかもしれない。あるいは風に吹かれる草の不規則な揺れかもしれず、蜘蛛の巣に反射する太陽の光かもしれない。否応なしに目を凝らしているうちに、世界の隅々にあって、これまで見えていなかったものが見えてくるのである。世界の隅にあるごく小さなものがいかに複雑で豊かな存在かを教えてくれるのだ。

 

皆殺しの天使

(残り 752文字/全文: 1763文字)

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