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スカウティングコーチ堀部寿貴「やってやれないことはない—。〝敬意と謙虚さ〟大切に」インタビュー【無料記事】

茨城県出身の堀部寿貴さんは、中学・高校とプレーヤーとしてバスケットを続けてきたが、白鷗大学に入ってからは裏方に転向。ブレックスのアンバサダーも務める、白鷗大学男子バスケットボール部監督の網野友雄氏のつながりもあり、201718シーズン10月からブレックスに携わることになった。現在、スカウティングコーチを務める堀部さんに、業務内容や仕事のやりがい、今後の目標について話を聞いた。

 

「かなり運で生きてるんですよね、僕は(笑)」

ブレックスのスカウティングコーチに就任するまでのいきさつを教えてください。
僕が大学4年の時に網野さんが白鴎大学に着任したのですが、僕がプロチームでやってみたいという気持ちがあり、お願いしてブレックスのお手伝いをさせていただくことになりました。ブレックスはちょうどその時、シーズンの途中でヘッドコーチ(HC)が代わり、コーチの人員に空きができたタイミングだったので、携わらせていただくことができました。だから僕は、運とタイミングが重なって、今ここで仕事が出来ていると思っています。

 

―プレーヤーからコーチに転向されたのは、いつ頃だったのですか。
大学からです。僕がバスケットを始めたのは中学生の時。父親がミニバスのコーチをしていたので、その影響もあって始めました。高校(つくば秀英)は、県で1位、2位を争うようなところで、僕は試合に少し絡む、絡まないを行き来しているような立場でした。能力の高い人が多かったので、当時はうまくいかないことの方が多かったです。

大学に入ってからもバスケットに関わりたいという気持ちが強かったんですけど、選手としては無理だなと思って、裏方に回ろうと思いました。最初はマネージャー感覚でした、サポートできればいいかなという気持ちで。

 

つまり、大学に入ってから裏方の面白さに芽生えたんですね。
そうです。あと、本当に運だなと思うのは、僕の高校の監督と、白鷗大の監督(落合嘉郎氏/現・仙台AC)が同級生だったので、元々つながりがあったんです。しかも、白鷗は大学界では珍しく分析のソフトを持っていて、そこで映像の整理をしていた経験があったので、この仕事に絡めたんだと思います。かなり運で生きてるんですよね、僕は(笑)。

 

確かに、運とタイミングがバッチリ噛み合ってますね(笑)。現在の仕事は、主にどんなことをされているのですか。
映像の整理は今も継続してやっています。相手チームの試合映像を観て、コールプレーに分けて映像を作り、戦術を見やすく整理したり、ミーティングをして、チームに落とし込むところまでやっています。あとは、ワークアウトというか、個人のスキルアップの部分も携わらせていただいています。

 

ポジションごとに担当を分担

―個人のスキルアップについては、どのような形で取り組んでいるのですか。
選手によってワークアウトのメニューを考えて、個人練習に付き合ったりもします。今は僕を含めてコーチが3人いるので、担当をきっちり分けて、ポジションごとに選手のワークアウトを見ています。僕は喜多川修平選手、山崎稜選手、栗原貴宏選手を担当していますが、数カ月ごとに担当もチェンジしていくと思います。

 

―リーグの中には、堀部さんのようなスカウティングコーチという肩書の方は結構いらっしゃるものなのですか。
分析をする人って、アナリストという肩書があったり、AC(アシスタントコーチ)という名目でスカウティングをされている方はいると思いますが、スカウティングコーチという肩書の方はあまりいないんじゃないんでしょうか。

 

 

 

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