佐々宜央AC「まだまだこのチームには余白がある」インタビュー前編【無料記事】
“そのシーズンのストーリーがどうだったのか”
―もう一つ、1戦目の入り方についても少し話されていて、「ああいう大きな舞台に立つ前の選手たちに、何を伝えるべきなのかを考えさせられた」とも言っていました。佐々ACはHCの経験もありますし、コーチ陣が試合前に選手に掛ける言葉の影響をどう捉えていますか。
これを言ったら後出しみたいに聞こえるかもしれませんが、僕自身はファイナルの前日にかなり危機感を持っていました。それこそ、「自分たちのやるべきことはブレるなよ」という部分です。
今シーズンのブレックスにとって川崎戦に勝つというのは、優勝に値するぐらいの価値がありましたよね。多分ファンの皆さんもそう思っていたと思いますし、それが普通の感覚だと思います。
ということは、いくら「自分たちのやるべきことはブレるなよ」と言ったとしても、人間の心理として川崎戦の勝利の後には安堵や慢心が絶対にあるものなのです。そうした状況にさせないためには、安堵や慢心と逆の状況を作ることが必要です。つまり危機感を持たせるということです。
負けた時の悔しさや危機感、自分たちの力を証明しなければいけないという感情は、非常に大きなパワーになります。その気持ちを、ファイナルの2戦目で勝利した後、3戦目の前に持っていたのか、ということです。もっと言うと、ファイナル1戦目に持っていたかということです。
人間の心理として、「2戦目はこんなに勝てたのだから、次もいけるぞ」と思いますよね。でも、僕はすごく怖かったです。「このまま試合に入っていったらやばい」と思っていました。
1戦目は、ファンの皆さんも「ちょっと緊張しちゃったのかな?」と思ったかもしれませんが、むしろ緊張した方がいいです。ちょっと不安に思うぐらいでちょうどいいんです。
一方で、真逆のケースもあって、「もうちょっと自信を持とうよ」というような場合もあります。あまりネガティブな言葉を掛けても、それが悪い方向に出てしまうこともあるからです。
結局、この違いは “そのシーズンのストーリーがどうだったのか”、ということによります。
ですから本当に面白い世界だなあと思いますね。戦術や戦略もそうですが、勝敗にはそういった人間の感情が大きく影響し、気持ちを上げる必要もあれば、時には危機感や緊張感を持たせなければいけない場合もあるということです。
―しかも、そうした言葉掛けが結果的に良い方向に向くか悪い方向に向くかは終わってみなければ分からないですしね。
だから、そこは “たられば” というか、後出しじゃんけんみたいになっちゃうんですよね。ただ今シーズンは、ファイナルだけでなくRS中にも何度かそういう場面はありました。
例えばアルバルク東京にホームで2連勝した試合(12月19、20日)も、「やっとA東京に2連勝できた」と思ったけれど、そのすぐ後に天皇杯のセミファイナルでA東京に当たることが分かり、その前のホーム戦(1月27日)ではブレックスが負けしましたよね。あの時、僕は心の中で正直ホッとしたんです。これで緊張感を保てるぞ、と思ったからです。
千葉ともファイナルで当たる前に対戦したのは、ホーム戦(1月23、24日。23日は84-64、24日は88-76で、両日ともブレックスが快勝)でした。ファイナルでは、そのイメージがあったのかもしれませんよね、「勝てるでしょ」という雰囲気が。
でも、あの試合の時は「なんでうちが20点差で勝てたのか分からない試合だよね」と竜三さんと話していたんです。実際、あまり良い内容の試合ではありませんでした。
でも、選手やファンの皆さんも含め、みんなそんなことは覚えていないから、「千葉に20点差で勝った」という過去の経験と情報だけが記憶に残ってしまう。
こうした千葉との物語もそうですし、それ以外の物語も含めて考えると、ファイナルの試合前はそういう点で見ると最悪の状況だったと言えなくもありません。これは、あくまでも僕個人の見解ですが。
絶対的な強さを持つチームは、まだない
―CSの前には「どちらが優勢」というような記事や情報がいくつも出ていましたが、そういう情報は当然選手たちも目にするわけで、少なからず心理的な影響も受けると思います。良い・悪いは別にしても。
もちろん、そうです。選手もみんな人間です。だからこそ、戦い方の準備はすごく難しいです。その証拠に、これまでRS勝率1位のチームはどこも優勝していないですよね。
―天皇杯で優勝したチームも優勝していないですね。
それはある意味、絶対的な強さを持つチームがまだないということでもあり、チャンスはどこにでもあるということだと思います。
これはやっていないので分からないですが、仮にセミファイナルで千葉と戦っていたら勝っていたかもしれませんし、逆に川崎と横浜アリーナで対戦していたら、ホームの力を借りられず1戦目に負けている可能性だってあります。1戦目で負けたことで自信をなくしてしまい、2戦目は大敗していたかもしれません。
ですから、戦略、戦術以外にもいろんな要素が絡み合っているのは事実です。けれど、そこの “抜け切り方” にはいろんな方法があって、僕たちとしてはホームコートアドバンテージにしろ、過去の結果にしろ、使えるものは使いたい。それによって本当に結果が変わってくるので。
こういう話をしていると、「じゃあバスケットって何?」という話になるのですが、僕たちコーチ陣としては、「こういうバスケットをしていきたいな」という思いがあり、仮に今回優勝していたとしても、もっと良くなっていけるイメージを持っていました。
ホームコートアドバンテージや過去の結果など、そういう要素がどんな条件になっても勝てるようなチームになっていける。それぐらいの余白は、まだまだこのチームにはあります。ですからバスケットの質に限って言えば、格別良かったとは思っていません。
(後編に続く)