バスケットボール・クラッチ

安齋竜三HC「苦悩の先で手にした勝利」(インタビュー・コラム)

ヘッドコーチ(HC)というのは孤独な存在で、本当に自分の判断は正しいのかという疑問を常に抱えている。「勝てば選手のおかげ、負ければHCのせい」と言われる中で、決断の連続を迫られる相当にしんどい仕事だ。メンバーが替わり、初めてのシーズンを勝ち抜くために、安齋竜三HCが抱えた苦悩と決断。優勝は、そうした苦悩を経た者だけが手にすることができる努力の証なのかもしれない。(文・写真/藤井洋子)

 

「人が替われば、チームは変わっていかなければいけない。それがヘッドコーチ(HC)の力量だと思う。でも、自分が正しいと思うことをどういう選手が来てもやり続けるのはすごく難しくて、全てがうまくいくわけではないんです。自分の中ではずっと悩みながらここまできました」

レギュラーシーズンも終盤となった5月頭、安齋竜三HCは、こんな想いを明かしてくれた。

 

昨シーズンまでの残像があった

新しいチームでどう戦っていくのか—。

まだ、そうしたチームづくりの詳細が確立されていない中で開幕した2021-22シーズン。ブレックスの開幕節は2連敗からのスタートとなった。

「シーズン最初の頃は、インサイドを起点に、昨シーズンと同じようなポケットゲームをして、そこからの展開を入れて…というような戦い方をしていました。でも、やっぱりそこが僕の中で抜けきれないところで。昨シーズンはこれで勝っていたから、このスイッチでいいんだと思ってやっていたけど、人が替わっているから同じことをやってもうまくいかず負ける、ということが何度かあったんです」

 新加入のアイザック・フォトゥやチェイス・フィーラーに、どういった指示を出せば気持ち良くプレーできて、彼ら本来の力を発揮できるのか―。

この時点では、見つけられないでいた。

「彼らの中で、『俺、本当はこうじゃなくて、こっちのディフェンスの方が得意なのに、でもHCの指示だからやらなきゃいけないし、やったら相手にやられるし…』というような雰囲気を感じましたし、こういうことって、その後のプレーにも響いてきちゃうんですよね。彼らをこのチームの中でどう活かすのか、そこを僕がしっかり把握できていなくて。…簡単に言うと、昨シーズンまでの残像があったんです」

 “昨シーズンまでの残像”のままにディフェンスをしていたシーズン序盤、「勝って当たり前」だったチームは、うまくいく時もあれば、いかない時もあるという、「波のあるチーム」へと変わっていた。当然、昨シーズンより負ける試合も増えた。

こうしたチームの状況を見た他チームの選手やファン、メディアはこう思ったはずだ。

「今シーズンのブレックスは、果たしてチャンピオンシップ(CS)に出場できるのだろうか」と。

 

 

 

選手全員を試合に絡ませたい

「でもこれって、経験しないと分からないことだと思うんです」

安齋HCがこう話す通り、以降、レギュラーシーズンでは、良いことも悪いことも、いろんな経験を積んだ。

その一つが、選手の起用法についての経験だ。

安齋HCは、「選手全員を試合に絡ませたい」というのが信条。しかし、シーズン中盤には、プレータイムの差が目立つようになった。また交替のタイミング、選手の組み合わせも、これまでとは少し違っているように見えた。

「根底として、全員、試合に絡ませたいという気持ちは以前と変わっていないですが、帰化選手がいないチームが勝っていくのはかなり難しい状況で、かと言ってCS出場を逃すわけにはいかないので、“その時に良い選手をなるべく長く使う”ということにしました。あとは、出す順番もかなり変えましたし、組み合わせもいろいろと考えました」

相手チームによっても、その日の選手の調子によっても変わってくることだが、「基本的にはやるべきことをやっていることが大前提」で、プレータイムが長くなるか、短くなるかが決まる。

「ですから、選手は苦労しているかもしれないです。今までの僕のやり方とは変わってきているので。『どうしてプレータイムが今日はこんなに少ないのだろう』と感じる部分はあると思うのですが、結果を求め続けるとこうなる、ということです」

昨シーズンまでは勝率も高かったため、そこまでプレータイムにシビアにならずに済んだ。しかし、今シーズンはそういう状況ではない。

「余裕がない中で、勝つための選択をしていかなければいけません。だから、その辺はやっぱり変わってきていると思います。でも、それは本来、プロとしては当たり前のことなので」

 

HCとしての苦悩

こうした決断をしたのは、“CSに出場するため”ということのほかに、もう一つの理由があった。

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