川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】取材は「山梨中銀スタジアム」より

取材は「山梨中銀スタジアム」より

僕が住んでいる街から電車とバスを乗り継ぎ、3時間30分の道のりを刻んで山梨中銀スタジアムに着いた時には、もうすでに昼の12時を回っていた。祝日の木曜日の天気は快晴である。青空が頭上の一面を覆い尽くしていた。

僕は携帯を手に取って、Twitter(ツイッター)で知り合った甲府サポーターに「スタジアム到着」の知らせを伝える。「挨拶(あいさつ)がしたい」というメッセージに答えて、「関係者入り口」の前で待ち合わせることにした。
「こんにちは、はじめまして」と声を掛けてきたのは、ヴァンフォーレのユニホームを身につけた女性だった。僕はてっきり、待ち合わせに現れるサポーターは男性だと思い込んでいたが、「いやー、男性だと思っていたんですよね」とは言えずに、当たり前のように「こんにちは」と返した。

試合が始まる15分前まで、僕と甲府サポーターの彼女は、甲府に関するサッカーの話で盛り上がった。実は、僕はサッカーの話をする日常を持っていない。こうして文章を書くなり、試合を見るなりする以外に、サッカーの話をする機会が全くない。僕の日常の中で、僕が「サッカーライターの川本梅花」だと知っている人は誰もいない。そうした僕の日常からすれば、甲府サポーターの彼女とサッカーの話ができたことはとても楽しい時間だった。

彼女は、甲府でプレーしていた宇留野純のファンだと公言する。僕が、宇留野のノンフィクションを書いたことから、彼女は僕のことを知ったのだと話してくれた。宇留野の物語はWeb版「サッカーキング」で公開されている。

神という名の光に照らされて~癌と闘う決意をもってピッチに立つ~

僕は、真面目な選手が好きだ。真面目というのは、ひたむきにサッカーに取り組むという意味である。宇留野は、サッカーによって生きる意味を知らされる。そうした宇留野の物語を読んだ人が、もしも嫌なことに遭遇し、心が折れそうになって、くじけそうになった時に、少しでも勇気を与えられたらいいのに、と願って書いた作品だった。

僕と甲府サポーターの彼女は、「そろそろ試合が始まるから」「ああ、そうですね。きょうは、ありがとうございます」「じゃあ、また」と言って、それぞれの行くべき場所に戻っていく。写真に写っているのは、ベテランDF土屋征夫のストラップなのだろう。「これは、お土産で」と言って、彼女が渡してくれたものだ。

【黄色の瞳】Note.5:取材は「山梨中銀スタジアム」より

「いろんな選手がいる中で、なぜ、土屋なんですか?」

と聞けなかったことが心残りである。

明治安田生命J1セカンドステージ第17節、ヴァンフォーレ甲府対サガン鳥栖の激闘が始まる前の、優しい出来事だった。

川本梅花

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