川本梅花 フットボールタクティクス

【インタビュー】日本代表がタイ代表戦で見せたディフェンスの課題【無料記事】

【インタビュー】日本代表がタイ代表戦で見せたディフェンスの課題

昨年(2016年)のロシアW杯アジア最終予選の試合は、11月15日(火)のサウジアラビア代表戦が最後の試合となった。今年(2017年)の日本代表のロシアW杯アジア最終予選は、3月23日(木)のアラブ首長国連邦(UAE)代表との戦いを皮切りに、9月5日(火)のサウジアラビア戦まで、5試合が行われる。そのうちUAE、イラク、サウジアラビアの中東3カ国とは、アウェイでの戦いとなる。

そのため中東の国々を注目しがちだが、アウェイで行われたタイ代表戦も決して良い内容とは言えなかった。そこで2016年9月6日に行われたロシアW杯アジア最終予選・タイ戦をあらためて見ていきたい。今回はDF出身の新井健二(@kenji_arai)に、日本代表のディフェンスの注意点を語ってもらう。新井はタイ代表のキャティサック セーナームアン監督とは知人であることから、タイのサッカーの現状も併せて聞いた。

新井は2001年、アルビレックス新潟に加入。2004年からアルビレックス新潟シンガポールに期限付き移籍し、2006年にシンガポール・アームド・フォーシズFCへ完全移籍。シンガポールのクラブにおいて最も実績を残した日本人として知られる。2013年3月に現役引退を表明。現在は、埼玉県熊谷市で「Fly High Soccer school」代表として少年サッカーの指導に当たる。

タイのサッカー事情

――まずタイのサッカー事情を教えてください。

新井 タイの国自体が経済的に潤ってきたことで、大きい企業がスポンサーとしてサッカークラブに投資する状況にあります。TV放映権を買って、そこから収入を増やしてきている。クラブに大きなお金が入るので、より良い選手を取れる。この流れが作られたのは、ここ7、8年ですかね。欧州から加入するのは選手だけではなく、監督も同時に加わってきます。日本企業もスポンサーになっています。元Jリーガーもプレーしている。そうしたことから、タイのローカルレベルも上がってきて、同時に戦術もレベルアップしてきている。

――タイの人々の国民性は、何か特徴的なものがありますか?

新井 東南アジアの人々、特にタイ人の国民性として、サボる癖があると言うか。お金があるチームなんかは、選手におこづかいを払って練習に来させるほどで。怠け者とまでは言いませんが、実際、それくらいしないと練習にこなかったくらいでした。

――タイの気候は、1年を通してどんな感じですか?

新井 タイでプレーした時は、息苦しくて体力の消耗を激しく感じました。シンガポールよりもタイの方が暑かったです。雨季は11月なので、9、10月の季節はすごく湿度が高い。シンガポールだと4、5、6月に気温が高くなるんですが、タイは年中暑いので、雨が降ると湿度が上がって息苦しくなるんです。ユニホームに汗がまつわりつく。水をかぶって乾かないままユニホームを着ている感じですね。

――タイ代表のキャティサック セーナームアン監督と面識がある。

新井 僕のチームメイトだったジャデ ミーラーが、チョンブリFC(※1)の監督をやっています。彼を通じてタイ代表の監督とは何度も会ったことがある。彼もシンガポールでプレーした経験があったんです(※2)。セーナームアン監督は、国民的英雄でサッカー界のレジェンド。彼が食事をしようとレストランに入ったら、店の人が「どうぞ好きなものを食べてください」とごちそうされる存在ですよ。2013年から14年までU-23代表の監督をしていました。その後でA代表の監督になったので、彼がどんなサッカーをするのか、今回の日本代表戦で初めて見たんです。

――試合を見て、どんな印象を持ったか。

新井 試合を見る限りタイのシステムは、ベーシックな「4-4-2」のボックス型を採用しています。強い相手に引いて守って、しっかりブロックを形成する。欧州サッカーのベーシックな部分での戦い方を取り入れている。「ベーシック」というのは、「4-4-2」のシステムで守って、カウンターという戦い方を徹底していたことから、うかがえますよね。

東南アジアのチームが日本と戦う時は、「守ってカウンター」がベースだと思うんですよ。シンガポールが日本と戦って引き分けたじゃないですか(※3)。タイは、あの時と同じような戦い方を選択した。

今回、いろんな観点から分析したのですが、レフェリーに対する危機察知能力が日本代表の選手たちは薄い。前半28分に森重真人がイエローカードをもらった場面がありましたよね。僕が現役選手だったら、絶対にあんなプレーはしなかった。あの場面をよく見てもらいたいんですが、インプレー中にゲームを止め、ボールを手に持って抗議したじゃないですか。FKとかボールが外に出ている時だったら、あのやり方も理解できます。もしくは、キャプテンの長谷部誠を通して審判に言ってもらうとか……。

ホーム&アウェイで戦っていく中で、不用意な警告を受けることの重大性に気付いていない。結果的に、警告の累積で出場停止にならなかったとしても、W杯アジア最終予選という状況を考えたら、チームの一員としてリスクマネジメントを考えていないことになる。DFの中心選手が、無駄なイエローカードをもらっているようでは、しばしば議論される「中東の笛」以前の問題です。自分の判断で手にボールを抱えた。あれは遅延行為とかではなく、勝手にゲームを止めてボールを持ったことに対する正当な警告だと思います。

(※1)チョンブリFCはタイ・プレミアリーグの名門クラブ。2015年のAFCチャンピオンズリーグ本戦出場を懸けてプレーオフラウンドで、柏レイソルと対戦して惜しくも敗れる。

(※2)セーナームアンは、2001/02シーズンをシンガポール・アームド・フォーシズFCでプレーする。20試合に出場して18得点を挙げる。新井健二は2006年から2009年まで同チームに在籍して、119試合15得点を記録してチームの中心選手であった。シンガポール・アームド・フォーシズFCは、現在ウォリアーズFCに名称を変えている。

(※3)2015年6月16日に行われたロシアW杯アジア2次予選。日本はホームの埼玉スタジアム2002でシンガポールと対戦する。試合は、何度もチャンスを作った日本だったが、0-0の引き分けに終わった。

攻めている時こそ大事なリスクマネジメント

――タイは「4-4-2」のシステムで引いて守ってカウンターという戦い方を採用している。ブロックを作って守備に人数を掛けて、ある程度ボールをもたれてしょうがない、というやり方でした。

新井 前半に関しては、今話してくれたやり方を徹底していましたね。ハーフウェーラインくらいからエリアに入ってきた時に、FWがチャレンジして前に行くスタイルです。

――日本の守備は、どんな風に映りましたか?

新井 試合全体を通して、日本が攻めている時間が多くて、TV画面からは日本の守備のポジショニングを見られなかった。ただ、攻めている時こそ、リスクマネジメントが大切です。DFで後ろに残っている選手が、相手FWに対して味方は1人余らせる。これが守備の鉄則です。それに対して今回の日本代表は、両サイドバック(SB)がかなり高い位置に上がっていた。すごく高い位置を取って、センターバック(CB)の吉田と森重で相手のFW1枚を見るという形だったんです。タイに足の速い選手がいたら怖いなと思いましたね。

前半24分、本田圭佑がボールを取られて、縦に1本パスが入った。それに対する森重の反応が遅かった。FWとの距離を詰められずに、前を向かれたんです。DFにとって、相手に前を向かれてボールを持たれることが一番嫌なんです。前を向かれると、目の前にスペースがあるから、ドリブルもできるしパスもできる。選択肢を相手に与えることになる。

――リスクマネジメントを考慮して守備に当たる際、相手の選択肢を少なくすることが目的の1つですよね。

新井 そうなんです。何のためのリスクマネジメントなんだとなりますよね。とにかく対応が遅い。タイ代表なので通用していますが、W杯の決勝トーナメント進出が目標だとすれば、こんな対応では、またしてもグループステージで敗退してしまいますよ。

「そこで潰(つぶ)せ」というところで、相手を潰せない。前半24分の場面は、森重が最初に相手と接触するプレーの場面なんですよ。ゲームはアウェイですし、1歩目から相手にガッンとやっておく必要があります。森重が遅れて相手に行くんですが、めったに攻めてこないタイの選手に対し、前を向かれる守備を、本来ならば、させてはいけない。第1歩で相手を潰す。ファウルを恐れるなら、密着してバックパスを選択させるようなプレーをする。とにかく、前を向かれることだけは、させてはならない。

この場合は、2通りのことが考えられるんです。1つ目は、相手のチェックの動きが良かった。森重を外す動きが良かったので森重が遅れた。2つ目は、初めてのカウンターが来たので、ちょっとタイミングをずらされた。このどちらかですよ。日本が攻撃している時に、DFにボールがなかなか来ない。その時に、ポーンと一発カウンターがこられると、それでやられたりする場面を何度も経験してきたし見てきました。攻めている時こそ、リスクマネジメントが大切なんです。

日本代表のディフェンスが抱える課題

――後半のタイはやり方を変えてきたね。

新井 そうです。後半早々、タイは前線からアグレッシブに来ていました。前半は低かったディフェンスラインを、後半になって高くしてきた。ハイラインに設定した戦い方に変えてきた。守備ではボールに対してアグレッシブに挑んできた。攻撃では、ボールを保持できる選手が何人かいたので、ポゼッションをしながら攻めてきましたね。

前半5分と10分。前半終わりの5分と10分。そして後半の始まりの場面。格下ならば、試合前半早々と後半早々に主導権を相手に握られるのは、本来ならば、やられてはいけないこと。相手が戦い方を変えてきたなら、日本もそれなりに対応しないとならない。

――相手がラインを高くしたことへの日本の対応で必要なことは?

新井 まずは、ボールを失わないことです。日本は、横パスと縦パスをしながら前に進んでいったんです。そこで相手がラインを高く上げてアグレッシブにきている。その時、どこが空くのか。それは、相手DFの裏ですよね。浅野拓磨はDFを振り切る動きは優れているけど、岡崎慎司ほど、DFとの駆け引きに長(た)けていない。動き出しを何度も繰り返さない。裏に抜け出す選手を投入すれば良かったと思います。相手は、そういう嫌なことをされるとラインを下げるんです。

1-0になった時点で、監督としては動きづらい。ただ、日本のディフェンスラインはある程度安定していた。またタイはそんなに強いという印象がなかったので、点を取りに行くなら、フレッシュな選手を前の方に入れていく。本来、そうした選手交代をしないとならない。なぜなら、慣れない暑さによって、選手は体力的に相当に消耗していたからです。

後半に前からくるタイに対して、吉田麻也はFWに関してそれほどプレッシャーを与えていなかった。最初にインターセプトなりで、CBが相手を潰す姿勢を見せれば、チームに勢いが出てくるものです。DFは相手のFWに対して嫌なことをする必要があります。ゴールから後ろを向いてボールを受けるFWに、ちょっと体を触れるとか。FWに「どっちかから狙ってるよ」という圧力を掛けるなりする。または、動き直しをするとか。プレッシャーをいくらでも掛けられるんですよ。後半立ち上がりから相手が攻めてきているのに、そうした細かい駆け引きをすることも大切なことです。

タイのFWが交代して入ってきました。フィジカル的に強く、速さがある選手が入ってきた。自分的には、大きい選手が入った方が守りやすい。早い選手よりもでかい選手の方が守りやすいんですよ。でかい選手は足下に注意して守備をすればいい。もしくは空中戦ですよね。守備の的が絞りやすい。交代して入ってきたタイの選手は、フィジカルも強く、瞬発力も早かったので、守備をする側には、ちょっとやりにくそうには映りました。

――後半10分くらいから試合が落ち着いてきたよね。それでも、後半24分、危ない場面があった。

新井 中盤で奪われて、数的同位になったんですよ。ワイドにSBが取っていたので、中盤で奪われないと思っていて、ディフェンスもそう考えていた。それがいざボールを奪われた時に、シュートまで持っていかれてしまう。相手にターンされて、日本の中盤の選手が戻る前に、パスを出されているんです。遅らせることもできずに。奪われないから大丈夫という考えが、ディフェンスラインにあったと思うんですよ。サポートも普通は、真ん中に固めないといけない場面でそうしていない。ラインを押し上げている時は、深みとか幅とかも考慮して動かないといけない。

試合終盤に、縦パスを出して取られたシーンがありました。なんであの時間に縦パスを出すのか理解に苦しむ。初戦に負けていて、得失点差を考えれば、失点をしてはいけない状況。そういう戦い方をしないとならないならば、ロングキックでFWに当てて、ディフェンスラインを上げて、またそこからやり直せばいい。選手の中に、タイだから東南アジアのチームだからという考えがあったんじゃないかと勘ぐってしまうようなプレーでした。ペナルティエリア内で、相手もいたのにパスを回し始めたりする場面も同様です。

タイのシュートは2本だったんですけど、西川周作のファインセーブで救われた。「入らなかったから良かった」というレベルだと、今後対戦する中東の国々に不安が募りますよね。格下の相手に対しては、特にリスクマネジメントは、しっかりしないと。1失点も許されない状況だという認識が足りないように思われます。シンプルにビルドアップしてからのパスは、正確に出さないとならない。

個で見た時に、相手の強さや速さに対するポジショニングは、対戦する国によって特徴が異なるので、これからアジアで、スタイルも違うので、中東の国と対戦する際は、フィジカル的に強いので、常にいいポジショニングをしないとやられますよ。

川本梅花

新井 健二(あらい・けんじ)1978年生まれ。2001年、立正大学からアルビレックス新潟に入団。 2004年からアルビレックス新潟シンガポールに期限付き移籍し、2年間にわたってキャプテンを務める。2006年、シンガポール・アームド・フォーシズFC(SAFFC)に完全移籍。同年、守備の要として優勝に貢献。チームはリーグ最少失点を達成した。2009年、SAFFCでリーグ4連覇を達成。その後、インドリーグへ移籍。再びシンガポールリーグに復帰し、2013年に現役を引退。子供向けサッカースクール「Fly High Soccer Soccer」を立ち上げたほか、「Zonoサッカースクール」でも指導を行っている。

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