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【インタビュー】バイエルンの独り旅はこれからも続くのか 【無料記事】中野吉之伴(FCアウゲンU15監督)

【インタビュー】中野吉之伴(FCアウゲンU15監督)
2016-2017シーズン ブンデスリーガ総括
バイエルンの独り旅はこれからも続くのか

今季(2016-2017)のブンデスリーガは、またしてもバイエルン・ミュンヘンの圧勝で幕を閉じた。バイエルンの勝点82に対して2位のRBライプツィヒは67。つまり、勝点差は15もあったのだ。バイエルンのリーグ優勝は、2012-2013シーズンから数えて5連覇となる。ジョゼップ グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)を引き継いだカルロ アンチェロッティは、チームをまとめてリーグ優勝を勝ち取ったが、ドイツ杯をボルシア・ドルトムントに奪われ、UEFAチャンピオンズリーグでは準々決勝でレアル・マドリーに敗れ去った。リーグ優勝の1冠しか成し得なかったため、シーズンを通しての評価は分かれるが、リーグでは全くの独り旅だったため、選手層の厚さを鑑みても、来季の優勝に一番近いクラブなのだろう。

しかし、ブンデスリーガには、今後楽しみな側面がある。例えば、今季4位のホッフェンハイムの監督である29歳のユリアン ナーゲルスマンのように、才能豊かな指導者が活躍してきている。ナーゲルスマンに大きな影響を与えたドルトムントのトーマス トゥヘルやRBライプツィヒのラルフ ハーゼンヒュットルなどは、「戦術家」として名を上げている。

そのようなブンデスリーガの今季を語るのに最適な人物がいる。ドイツ在住のサッカー指導者の中野吉之伴(@kichinosuken)だ。中野は、現在フライブルグに住んでいる。ドイツに渡って16年になる。ドイツサッカー協会A級ライセンス(UEFA-Aレベル)を取得。今季は、FCアウゲンU15の監督(U15-4部リーグ)を務めた。

中野が注目するクラブは、先に述べたナーゲルスマンが指揮を執るホッフェンハイムだ。若き指揮官・ナーゲルスマンの歩みを簡単に紹介しよう。

1987年7月23日、ナーゲルスマンは、バイエルン州ランツベルク・アム・レヒに生まれる。彼はケガに悩まされ、20歳で現役引退を決意する。アウクスブルクのセカンドチームで選手生活を終えた彼は、当時、同クラブのセカンドチームの監督だったトーマス トゥヘルの下で対戦相手のスカウティングを受け持つ。これが、サッカー指導者としての第一歩となる。ナーゲルスマンは、「トゥヘル氏は、僕のキャリア選択に大きな影響を与えた」と話す。1860ミュンヘンのU-17の監督を務めた後、ホッフェンハイムの育成部門に関わり、U-19の監督に就く。そして、2016年2月11日、ナーゲルスマンはブンデスリーガ史上最年少としてトップチームの監督に就任したのである。

グアルディオラとアンチェロッティの違い

――今季のブンデスリーガで注目したクラブはどこですか?

中野 今季、ブンデスのチームを見ていて一番面白かったのは、ホッフェンハイムです。今季は4位ですね。あとは、2位のRBライプツィヒ。3位のボルシア・ドルトムントは、監督がイメージしているサッカーの戦い方がピッチ上にうまく表現されています。この3チームに共通して言えることは、「どういうサッカーがやりたいのか」をチームに落とし込めている点です。その中で、非常に印象深かったのが、チーム作りから戦い方まで統一感を持ったホッフェンハイムですね。

――「非常に印象深かったチーム作り」とは具体的にどういったことを指しますか?

中野 「監督の仕事」について考える際に、僕が個人的に高く評価するのは、「レギュラーメンバーががっちりと決まっていて、そこでいいサッカーをする」というだけではなくて、普段の練習を通してチームを作っていけるのかどうかです。レギュラーでない選手、時々試合に出る選手を使っても同じ質を保てるのかですね。そう言った意味で、(レギュラーと)控え選手のレベルを同時に上げていける監督が、優れた監督だと僕は思います。ユリアン ナーゲルスマン監督は、チーム全体の戦い方を推し進めていきながら、控え選手にもイメージを共有させている。やっていいこと、やれることへのアプローチがはっきりしている。ホッフェンハイムの試合を見て、そこが面白かったところです。

――ナーゲルスマン氏は、28歳で監督になった話題の人物。「戦術家」としても知られる彼とは対照的な、ベテラン監督のアンチェロッティ氏について話題を振ります。リーグ優勝したバイエルンを指揮したアンチェロッティ氏の戦術は、非常にオーソドックスだったように見えます。

中野 ゲームの中で「これは面白い」という采配はなかったかもしれません。これと言ってハッとさせられる采配は何もない。オーソドックスか、と言えば、そうかもしれません。アンチェロッティ氏は、僕から見れば、シーズンを通して包括したマネジメントの中でチームを作り上げる能力が非常に長(た)けている監督です。そうしたやり方に関して、世界的に高い評価を得ている監督。たとえ、シーズン途中にチームが下降線をたどった時でも、それも計算のうちにあって、「何も慌てることがない」と言って対処する監督。しかし、「ここでどうしても」という緊急な状態でアイデアが欲しい時に、「これがアンチェロッティのサッカーだ」という刺激は、今季見られませんでした。

――アンチェロッティ色が見られなかった理由は、就任1年目だからですかね。ベップ(ジョゼップ グアルディオラ氏の愛称)から引き継いだチームをどうやって動かしていくのか。当然、リーグ優勝が第一の目標だったのでしょうから。それに、ベップ時代から主力メンバーは変わっていませんからね。

中野 アンチェロッティ監督は、おそらくバイエルンで当初、システム的には「4-3-3」(の中盤を逆三角形)でやりたかったように見えます。実際、開幕して何試合かは「4-3-3」を試しましたから。そのシステムは、アンカーに守備が強くてボールをさばける選手を置く。アンカーを起点にボールを回してビルドアップしていくサッカーをやりたかった。でもそれには、ちょうどハマる選手がいなかった。ベップ時代の3年間、選手たちはベップがやってきたサッカーへの慣れもあったし、誇りもあったんだと思います。シーズン前半戦の最後くらいからですかね、アンチェロッティ監督が選手に歩み寄りを見せます。システム的にもマネジメント的にも。そこからチームがまとまって勝てるチームになっていった感じですね。

――ベップのサッカーはとても実験的でしたよね。最終ラインを2バックにするとか。両サイドバックをセンターハーフの横に位置させたりする。それに比べれば、アンチェロッティ監督は、中野さんの言う通り目立って「何か」はなかったですね。僕の中では、ACミラン監督時代の「クリスマスツリーシステム」やレアル時代の「モドリッチの起用法」などをはじめ、選手の質に合ったシステムと戦術を作ってきた印象があります。

中野 バイエルンでのアンチェロッティ監督は、センターバックがボールを持った時も両サイドをボランチがサポートしながら攻めていく。同時に相手のカウンターに備えている。リスクマネジメントを取ったやり方が基本でした。攻撃にリズムがある時は、破壊力はあるものの、次の一手というか、手詰まりした先のアイデアが見えませんでしたね。基本となる戦い方は、確かにオーソドックスというか、サイドに起点を作りながら、個々の連動的なイメージをつなぎ合わせながら、ゴールを踏襲するやり方といえるでしょうか。

――采配に関してベップと違った点は見られましたか?

中野 チアゴ アルカンタラ選手をある程度トップ下で固定して使いました。ベップは、チアゴ選手をボランチで起用することが多かったのですが、彼はボールをもらいにディフェンスラインまで下がる傾向があった。アンチェロッティ監督は、そこはベップと違って、チアゴ選手に相手DFと中盤にできるスペース間で起点を作る役割を与えた。トップ下に集中させたところは、ベップとの違いが見られた点ですし、それによってチアゴ選手が違いを生み出すプレーを次々に見せていた点は評価すべきでしょう。

――ところで、フィリップ ラーム選手が先ごろ引退しましたね。ラーム選手と一緒に、シャビ アロンソ選手も現役を退きました。ドイツ代表でキャプテンだったラーム選手の引退を惜しむ声は、大きかったのでは?

中野 ラーム選手は、レジェンドの域にいる人なので、メディア全体が彼の引退を惜しむという描かれ方をされています。アロンソ選手に関しては、スペイン代表ということもあって、ドイツのメディアはそれほど大きく扱っていません。それにスピードがなくなったプレースタイルには、「納得の引退」の意見が聞かれます。でもラーム選手に関しては、トップコンディションではないにしても、「あと2、3年はプレーできるのに」という論調が見られます。実際、ラームに替わる選手はいませんから。キャプテンとしてのパーソナリティーとか、プレーについては本当にミスをしない選手でしたから。ここぞという場面で必ず計算できる選手でした。

――アンチェロッティ監督は、スピードの落ちたアロンソ選手と同様にコンディションに問題があったラーム選手を最後まで起用し続けましたね。

中野 アンチェロッティ監督は、選手のゲームコントロール能力をベースにチーム作りをするやり方ですね。アロンソ選手やラーム選手のように、状況判断がしっかりできて、パスを回すことや、ゲームを組み立てることに長けた選手を大事にしていた。スピード不足だと指摘されても、アロンソ選手を使ったのは、危機管理能力を買っていたからでしょう。そういう選手を起用することで、相手のカウンターを避けようとした。そういったところも含めたマネジメントで、チームを作っていった印象が強いです。

ただし、バイエルンの控え選手を見ていて、途中出場した時に、どのようにゲームに入ってプレーしたらいいのかを迷ってしまっているシーンを何度か見掛けました。昨季活躍したキングスレイ コマン選手やダグラス コスタ選手はあまり活躍できませんでした。ジョシュア キミッヒ選手も後半戦はパッとしなかった。控えの選手を見ると、本領を発揮できていないという印象を受けました。

――やはり、ベップとアンチェロッティ監督ではコンセプトが異なる?

中野 ベップの時は、アプローチの仕方がはっきりしていました。まずは、ボールを奪い返すために動く。それでも奪えないならば、カウンターの起点となる選手を抑えながら自陣に戻る。そもそもカウンターを受けないような守り方が徹底されていたんです。どのタイミングで攻撃から守備、守備から攻撃へとスイッチを入れるのか。仕掛けていいタイミングが、チームのメカニズムの中でできていました。

「こういった状況を作って、コスタがボールを持ったら、いま仕掛けるタイミングだぞ」「これを仕掛けてボールを取られたとしても、カウンターのリスクが少ない」。そういった状態になった時、インサイドハーフの位置に絞っていたサイドバックのラーム選手やアラバ選手がいたポジションも考えられたもので、戦い方の整理ができていたと思います。

アンチェロッティ監督は、そういったコンセプトを残しつつ、「相手カウンターへのケアにもバリエーションをもたらそう」という取り組みが見られます。

――ラーム選手の引退も含めて、来季はアンチェロッティ色が見られそうです。バイエルンは大物を獲得したり、ブンデスのライバルチームから若手を引き抜いたりして、チーム強化をやってくるんでしょうね。

中野 1年やってみて、リーガ優勝の1冠で終わってしまった。バイエルンとしては、到底納得の行く結果ではない。会長も「移籍シーズンは動く」と言っています。それも獲得するなら大物選手。そこにはアンチェロッティ監督の意向が当然反映されるでしょうから。例えばライプツィヒのナビー ケイタ選手を獲得するという話が出ています。彼らが欲しそうな選手だと思いますよ。あとは、レバークーゼンのユリアン ブラント選手もそうです。早くても来季以降という話もある。大物選手としてうわさに上がっているのは、アーセナルでチリ代表のアレクシス サンチェス選手とアトレティコ・マドリーでフランス代表のアントワーヌ グリーズマン選手。彼らの名前はこちらのメディアで頻繁に報じられています。

日本人選手の評価

――ドイツには日本人選手が多く活躍しています。まずは、チームのキャプテンとして残留争いを勝ち抜いた酒井高徳選手の評価はどうですか?

中野 ハンブルガーSVでは評価が高いです。ファンからも、戦ってくれる選手として認められています。自分がミスしたら謝れる。「この次は必ず」と言ってファイトする。ファンもそういった彼の言動を知っていますから。

――酒井選手のドイツ語はどんなレベルなんですか?

中野 ペラペラですよ。ドイツにいる日本人選手の中で、ドイツ語が堪能なのは、フランクフルトの長谷部誠選手と酒井選手ですね。

――ドルトムントの香川真司選手は、シーズン当初は試合に絡んでいましたが、すぐに使われなくなった。しかし、後半戦から試合に使われるようになりました。

中野 前半は最初に出ていて、しばらくして試合に出られなくなりましたね。ドイツでもシステム的にトップ下を置くチームはあまりないのです。彼はトップ下のポジションで輝く選手だと思います。

シーズン終盤の香川選手は、存在感がありましたね。「体のキレがいい」という表現はしたくないのですが、相手が取れないところにボールを置いて前に運ぶ。相手が奪いに来る時に足の届かないところにボールを運び、そこから前への起点を作れていました。ブンデスの中でもボールコントロールに関してはレベルが高い選手、懐が深いボールキープ、ボール運びができる選手、ゲームの中で違いを生み出せる選手と評価されています。

ただ、ボールを引き出すチャンスを作る能力はあるものの、相手からボールを奪い取ることに関しては難しいという評価です。

――確かに。日本代表でも守備に関しては難しい選手の1人。ゾーンディフェンスの守り方ができないので、全体のバランスを壊してしまうんですよね。

中野 守備では、中盤の選手としては計算しづらい側面があります。スペースを埋める動きができても、奪い取る能力に関してはどうしてもほかの選手の後塵(こうじん)を拝してしまう。それについては、対戦相手との相性とか、監督の判断に委ねられる部分が大きいんですが。

――今季のドルトムントはどう評価しますか? ドイツ杯は優勝しましたね。

中野 監督のトーマス トゥヘル氏を評価していない人はいますよね。僕自身は、バイエルンができなかったことをドルトムントはやった、という評価です。見ている人は、「こうやればいい」とか、面白さを求めますけど、それが許されるチームは、世界で2、3つしかありませんよ。今季のドルトムントに、そうした余裕がなかったことは事実ですが、若手をうまく起用しながら、いまいる選手たちの中からやりくりをして、ドイツ杯を勝ち取った。すごいことをやったと思います。ピッチ上でのやりくりとか、もっと高く評価されてもいい。

――今季は勝点41の12位と低迷したレバークーゼンはどうしたんですかね。

中野 これはドイツ人の指導者とも話したんですが、ロガー シュミット前監督が解任され、後任のタイフン コルクト監督が現実路線のサッカーに切り替えたことで、「これまでの3年間を無駄にしたような1年だったね」という話になったんです。もちろん、シュミット氏も次の案がないまま選手が抜けていって、でも自分のサッカーを追い求めながらという側面はあったと思います。コルクト監督が就任した後も、もちろん残留の条件もあったんでしょうが。「やれること」と、「やりたいこと」をもっと整理しなくてはならなかったと思います。ドイツ代表にも5、6人は入っていた時期もあったのですからね。終盤はゲームコントロールができないチームになってしまいました。18歳になったカイ ハヴェルツ選手とか、高い素質のある選手がいるから、来季は違う顔を見せてくれると期待はしているのですが。

――1.FCケルンの大迫勇也選手は、活躍しましたね?

中野 評価が高いですね。素晴らしかったと思います。ゴールを決めたこともそうですし、アシストを決めたこともそうですが、大迫選手を経由してボールが動くことで、ゲームにアクセントが付きます。ポストプレーヤーとしてヘディングでボールを流すプレーなどをする。パワープレーもできるようになっている。守備もよくなっている。サイドで使われてもちゃんと走れる。ドイツに来た当初は相当に苦労したと思いますが、監督に言われたことを、きちんとこなしている。個人のプレーとチームのプレーに折り合いを付けながら、ゴールを決めているのは、すごいことだと思います。

――試合を見ていてチームメイトに「こいつにボールを預けても大丈夫」と思わせる選手になっていると感じたんですよね。それってすごくないですか?

中野 そうだと思いますよ。点を取れるだけでなく、ほかの選手を生かして自分も生かされる。味方からの信頼をプレーで示したことがすごいです。

――FSVマインツ05の武藤嘉紀選手は、負傷に泣かされましたね?

中野 ケガがあったし、マインツが残留争いのど真ん中にいて、昨季まで見せていた積極的に得点を取る攻撃力のあるチームではなくなっていました。スタイルがあいまいになってしまい、FWジョン コルドバ選手のように1人でゴールまでボールを持っていける選手に依存してしまったのが、つらかった点でしょう。試合を見ても、昨季は意図があったんです。「この状況になったらボランチが前に抜け出して」というイメージできていた。今季は、一発で仕掛けて得点を取るという単発の攻撃スタイルでした。そうしないと使ってもらえないから、選手もそうしたスタイルにあったプレーをするようになる。

――最後に、来季への期待を込めて、今後期待して見てほしいクラブはありますか?

中野 ライプツィヒ、ホッフェンハイム、フライブルクの3チームは、個人的に好きなサッカーをしています。チーム自体にのびしろがあります。優勝争いとしては、ドルトムントともう1つか2つ、レベルアップしたチームが出てくれば面白いんですね。2位以下が潰し合って、バイエルンが抜け出すケースが考えられますね。それに注目しているのは、来季2部から昇格してくるVfBシュトゥットガルトとハノーファー96は、面白いチームですよ。

――昇格チームは注目してみます。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

川本梅花

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