川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】ジャッジにビデオ判定は必要なのか【コラム】

ジャッジにビデオ判定は必要なのか

―主審の威厳と選手の名誉を守るために―

人は過ちを犯すものだが…

人は過ちを犯す。だから、人である主審は、時に間違ったジャッジを下す。それは、人である限り避けられないことである。確かに、その通りだ。ただし、間違いは正される必要がある。なぜならば、間違いが正されなければ、判断を下した主審の威厳も、判断を下された選手の名誉も、失われてしまうからだ。

8月16日に行われた明治安田生命J2リーグ第28節、FC町田ゼルビア対名古屋グランパス。その試合の中で、主審の家本正明が間違ったジャッジを下してしまった。それは、後半43分の出来事である。名古屋の青木亮太が、最終ラインを抜け出そうとする。町田の深津康太と奥山政幸が、青木をファウルで止めた。家本主審は、レッドカードを提示する。しかし、ここで間違った判断が下されてしまう。退場処分になったのは、接触プレーに関与した深津ではなく、少し離れた場所から青木を後追いしていた平戸太貴だった。深津を始め町田の選手たちは、主審に抗議したが判定は覆らない。試合は、FKを得た名古屋のガブリエルシャビエルがゴールを決め、町田は3-4で敗れてしまう。

家本主審のFKを与えた判断は間違っていなかった。だが、ファウルを犯した選手を間違えて判断してしまったのである。家本主審に関しては、2010年8月に出版された家本政明,岡田康宏著『主審告白』(東邦出版)の中で、家本本人が語り部となって、当時の心境を告白している。家本は「もう辞めるつもりだったんです、正直なところ。もういいって、サッカー界にいたくないって」と話す。「辞めるつもりだった」と語らせたのは、2008年3月に行われたサンフレッチェ広島対鹿島アントラーズがキッカケとなっている。この試合の主審を務めた家本は、退場者3名と警告11枚、さらにPKでのやり直しを2回させている。敗れた鹿島の選手たちは試合後、審判団に激しく詰め寄る。サポーター数十名もピッチに乱入する。場内は大混乱となった。この試合のジャッジを理由に、家本は無期限の割り当て停止処分となる。

ここでの問題は、2017年になって、町田対名古屋で、またしてもミスジャッジを下したのが家本だったことではない。家本のミスジャッジは問題だが、ミスジャッジは彼以外の主審も行っている。最も重要なのは、ミスジャッジが行われないような対策が必要であり、そのためには、Jリーグが早急にこの問題を議論して、改善策を講じることだ。そうしなければ、主審の威厳も選手の名誉も、失われたまま放置することになってしまう。

田森大己は二度のPKを与えたのか?

私は、「ミスジャッジは彼(家本)以外の主審も行っている」と先に述べた。今回、このコラムを書くに至った動機がそこにある。そことは、2017年8月5日に行われたJ2第26節、V・ファーレン長崎対FC岐阜での榎本一慶主審のジャッジを指す。この試合、岐阜DF田森大己は、二度のPKを長崎に与えたことになっている。しかし、本当に、田森はファウルを犯したのかが問題なのである。そのことを語る前に、岐阜GK高木義成の8月8日のTwitter(ツイッター)での発言を見てみよう。

https://twitter.com/yoshinari50/status/894847993056075776

彼の発言には、大きく分けて2つの指摘がある。

(1)田森はPKを与えるプレーを本当にしたのか。

(2)サッカーライター藤原裕久の採点は正しいのか。

このコラムでは、(1)について言及していく。(2)についての言及は、別な機会に譲りたい。

事の発端はWeb「サッカーダイジェスト」J2採点のコーナーで、藤原が、田森のプレーに対して「4.5」の採点をしたことに始まる。藤原は、「2度PKを与えた岐阜の田森は厳しめに評価した」(現在は修正)と記している。それに対して、ツイッターで高木は、「記事の中のタモが2回PK与えたとか、見てないとしか言えないし」と指摘した。

本来なら何かの機会を作って、当事者たちに話を聞いて言及しなければならない。しかし、本サイトでは経費的や時間的な問題があるので、私の経験上、こうした事象に関して考えられることを書くことにしたい。内容は、私の頭の中にあることなので、当然、全て私の責任のものとなる。

大木武監督率いるFC岐阜のサッカー

田森のプレーが、PKを与えるプレーだったのかどうかを検証する前に、岐阜のサッカーの特徴と田森のこの日のプレーを見てみよう。岐阜のシステムは、「4-3-3」である。これはスタート時点にフォーメーションだ。現代サッカーでは、そのチームがどのようにビルドアップするのを見れば、チームのやりたいことが分かる。さらに、そのチームのビルドアップを、どのように阻止しようと相手チームが対抗するのかを見れば、相手チームの守備戦術が読めてくる。

岐阜のビルドアップは、GKから始まる。表記の仕方も「1-4-3-3」とGKを最初に記したいほど、GKからゲームは出発する。中盤の3人は、逆三角形を作る。トップの3人は、クリスチャンを1トップにして、両ウイングがワイドに張る。タッチラインを背にしてプレーさせ、そこから中へ切り込むなどしている。

岐阜のビルドアップの特徴として、センターハーフの庄司悦大が最終ラインに入って両センターバック(CB)がワイドに開く。それは、両サイドバック(SB)を高い位置に押し上げてプレーさせたいからである。SBが高い位置を取れれば、サイド攻撃のバリエーションも増えて、最終ラインもラインを高く上げられる。ラインが高いと、相手の陣地で多くの時間を使ってボールを持ってプレーできる。つまり、相手のゴールの近くで常にプレーができるので、得点チャンスも増える機会に恵まれる。

どんなシステムでもそうだが、メリットもあればデメリットもある。このシステムのデメリットは、ラインを高く上げるため、GKとDFの間が広がり、相手にそのスペースを狙われることである。特に、両SBが高い位置を取るので、SBの後ろを相手チームは狙ってくる。例えば、長崎FW澤田崇が、岐阜SBの裏を狙って走り込んでいる場面が何回かあった。

ボールを相手よりも保持して優位に試合を運びたい岐阜のスタイルには、上背があって高さに強いタイプよりも、裏に抜ける相手に付いていけるだけのスピードを持ち、ビルドアップの際にボールをきちんと回せる選手が求められる。これは、田森のプレースタイルと合致している。大木武監督が採用するポゼッションサッカーのスタイル。その弊害となる裏のスペースは、田森のケア能力の高さによって救われている。

岐阜の場合は阿部正紀と庄司と田森の最終ラインの3人は、自陣のゴールの近くでボールを回しながら組み立てをしていくので、もしもミスパスがあったら、相手のFWにボールを奪われ、大きなピンチを招いてしまう。そのため、岐阜のDFは、相当にパスの能力が高くないと務まらない。

そこで田森となるのだが、彼の経歴を見れば、甲府にいた時代があり、その時に現在の指揮官が甲府で監督をしていた。おそらく、そうした経緯から、田森は岐阜に移籍してきたのだろう。いずれにせよ、大木サッカーでは、CBタイプよりもストッパーに近いタイプが望まれていることは、はっきりしている。なおかつパス能力も求められるので、センターハーフ(MF)レベルのパス回しができないとならない。そうすると、センターハーフをやっていてDFもできる田森がチョイスされるのは、このチームでは必然だと言える。

一度目のPKを与えたのは?

長崎戦で田森はどんなプレーをしていたのか見てみよう。前半12分に庄司のヘディングしたボールを奪い、長崎の選手がペナルティエリアに侵入する。田森はファウルをせずにボールをクリアする。さらに別の場面では、澤田がSBの裏のスペースに走り込む。

前半22分の出来事。田森が一度かわされて、澤田は縦にドリブル突破する。そこで田森は、後追いになりながら粘り強く、澤田に付いていく。この時、田森は最低限の仕事をする。エンドラインまで深く走り込んだ澤田のパスコースを限定。真横しかパスを出せないポジショニングを取る。澤田の選択は、シュートかGKの前にパスを出すかのいずれか。つまり、澤田がマイナスのパスを出すためのコースを、田森はきちんと切っていたのである。裏に抜けられて一対一になったのは、この場面くらいだった。

そして前半30分少し前、長崎にPKを与えた場面となる。岐阜の左SB福村貴幸がミスパスをし、相手にボールを奪われる。ゆるいパスを味方に出したので、そのボールをインターセプトされてしまう。福村は慌てて相手選手を追走する。ペナルティエリア内に入った相手選手のユニホームを引っ張って阻止。相手は転倒してしまう。ボールが前に転がったと同時に、そのボールをクリアしようと転倒した選手の前に入ったのが田森だった。本来は福村がファウルを犯したと判断するべきだったが、主審の明らかなミスジャッジにより、田森に責任が課せられる。田森はPKを与えるようなプレーをしていない。それが事実だ。

公式記録は変わらない

二度目のPKの場面を振り返ろう。それは、長崎のスローインから始まった。ペナルティエリア内でボールがワンバウンドになって、クリアしようとした田森の前で長崎の飯尾竜太朗が横切る。ボールに触れるか触れないか。一瞬にして飯尾は転倒してしまう。田森が飯尾に足を掛けたので転倒したと主審は判断する。これでこの試合、田森は二度のPKを与えたことになる。実際は、田森の足に触れて、相手が倒れたのかどうか、その場面を再生して何度も見ても、判断が付かない。ましてや、主審のいたポジションと状況からして、主審も判断に迷ったと想像される。それほど難しいジャッジだった。

一度目は、明らかなミスジャッジであり、二度目は、判断するに難しいジャッジだと言える。私がまず言いたいのは、こうした難しい判断を主審1人に負わせていいのかと言うことだ。確かに、副審など助言できる立場の審判はいる。しかし、最終判断を下すのは最終責任者の主審なのである。

前述した家本にも言えることだが、1つのミスジャッジは、主審個人の能力の問題だけではない。試合をコントロールする主審の威厳にも関わるものである。さらに、ミスジャッジされた選手の名誉にも関わることなのだ。なぜならば、公式記録は、生涯にわたって消えないからである。町田対名古屋における平戸へのミスジャッジは、後日、深津がファウルをしたと再判断され、平戸へのジャッジはあらためられた。しかし、公式記録は、あらためられない。今後、改変されるかもしれないが、今のところはミスジャッジのまま残されている。

時間がたって、誰かが記録を調べた時に、当時の出来事を知る者がいない場合、残された記録を頼りにするしかない。そうすると、実際にはファウルしていない選手が、ミスジャッジによって記述された名前が残ってしまうことになる。判断ミスをした方も、判断ミスをされた方も、どちらも不幸としか言いようがない立場に追いやられる。そのためにも、早急な対策が必要なのである。

主審の威厳と選手の名誉を守るために

イタリアのセリエAで、今季からビデオ アシスタント レフェリー制度が行われている。これは、スタジアムの別室で2人の審判が、試合の録画を見て、その時々の状況に応じて、主審のジャッジにアシストする制度である。この場合、選手からの要望によって、アシスタントレフェリーが稼働することはない。主審もしくは、アシスタントレフェリーの判断で、制度が行われるかどうか決められる。その対象に当たる事象は4項目ある。

(1)シュートが、ゴールしたかどうか。

(2)主審が与えたPKが、妥当かどうか。

(3)主審が与えた退場シーンの是非。

(4)ファウルに該当する選手ではなく、別の選手にカードを与えてしまった場合。

町田対名古屋の平戸の件は(3)と(4)に、さらに長崎対岐阜の田森の件は(2)と(4)に該当する案件である。実際、8月19日に行われたセリアA第1節、ユベントス対カリアリで、ビデオ アシスタント レフェリー制度が稼働した場面があった。

前半35分過ぎに、ペナルティエリア内でカリアリのFWデュイェ コップが、ユベントスのアレックス サンドロに足を踏まれて倒された場面があった。実際にサンドロの足がコップの足を踏んでいたのか微妙な状態である。そこで、アシスタントレフェリーが主審にインカムで連絡し、ビデオ判定をした結論を述べる。結論が正しいかどうか、主審は、ピッチの外に設置された画面を見に行く。主審が、アシスタントレフェリーの判断が正しいと確認してジャッジが下される。この場面では、数分の確認作業の後に、カリアリにPKが与えられた。ユベントスの選手も、ビデオ判定ということもあって、特別に抗議をすることもなく、PKの場面に移行していった。

ビデオ判定を採用した場合、結論が下されるまで、試合を止めなければならない。したがって試合の流れが失われてしまうのでは、と危惧されてきた。しかし、慣れない状況でも選手は冷静に対応していたし、見ている側も、判定がどうなるのか、注意深く待っていたように見えた。

制度として改良すべき点が、いくつか出てくるだろうが、ビデオ アシスタント レフェリー制度を導入するべきかどうかの議論を、Jリーグは具体的に検討する必要がある。なぜならば、主審の威厳と選手の名誉を守るのは、リーグの使命でもあるからだ。この案件に関して、早急な対応を求めたい。

川本梅花

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