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【インタビュー】中村航輔のゴールキーパーとしての特性を探る 山野陽嗣(元U-20ホンジュラス代表GKコーチ)【無料記事】

【インタビュー】山野陽嗣(元U-20ホンジュラス代表GKコーチ)
中村航輔のゴールキーパーとしての特性を探る
-中村航輔は川島永嗣を越えられるか?-

2017年6月13日、2018FIFAワールドカップ ロシア・アジア最終予選のイラク代表対日本代表の試合がPASスタジアム(イラン)で行われた。試合は1-1の引き分けに終わったが、日本のベンチから、2人のGKが試合を見つめていた。1人は東口順昭選手(ガンバ大阪)であり、もう1人は中村航輔選手(柏レイソル)である。今回、ここで取り上げる選手は、柏で実績を積み上げた結果、日本代表に選ばれた中村選手である。

中村選手は、2012年に柏U-18で正GKとして活躍。将来トップチームでのレギュラーを期待される存在だった。しかし、2012年の夏に手首を負傷。それ以後、不運にもケガを重ねる。2013年にトップチームへ昇格したが、2015年にアビスパ福岡へ期限付き移籍するまで、柏での出場は1試合にとどまった。新天地の福岡でシュートセーブ率が87.3パーセントという驚愕の記録を残すと、2016年に柏に復帰してからの活躍は、周知の事実であろう。

中村選手のファインセーブは、数えたらキリがないくらい、私たちの脳裏に焼き付いている。日本代表のヴァイッド ハリルホジッチ監督が、代表メンバーに選ぶのも頷(うなず)ける。そこで、中村選手にはGKとしてどんな特性があって、彼の利点は何かを、実際の試合に照らし合わせて具体的に見ていきたい。

分析対象とする試合は、2017年6月4日に行われた明治安田生命J1リーグ第14節、柏レイソル対浦和レッズである。試合は、45+1分に中川寛斗選手のヘディングシュートが決まり、1-0で柏が勝利を収めた。まず、注目するプレーを前もって指摘しよう。

1.浦和FW興梠慎三選手がPKを失敗した場面

2.浦和DF森脇良太選手のミドルシュートを弾いた場面

3.浦和FW興梠慎三選手の至近距離からのシュートをブロックした場面

以下は、3つの指摘が見られる動画である。それを確認しながら読み進めてもらいたい。今回解説してくれたのは、GKコーチの山野陽嗣である。また、話を聞いた日時は、6月4日の試合が終わった数日後のため、選手のコンディションなどに変化があることは留意していただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=sH533Z66JtU

PKにおける興梠慎三との駆け引き

――GKの中村航輔選手が興梠慎三選手のPKを止めた場面を振り返ってください。

山野 興梠選手はマイペースで、相手をいなせる余裕のあるプレーをするという印象です。シュートがうまく、落ち着いたプレーをする。僕はそういう印象を持っていました。その興梠選手が、明らかにペースを崩されていた。自分の間合いでシュートを打てない。あんな興梠選手を見たのは初めてでした。中村選手が相当に強いプレッシャーを与えていたと想像します。

PKに関しては、興梠選手は相手GKの動きを見て蹴るタイプです。中村選手は、自分から最初に右に動きました。中村選手は、GKの動きを見て蹴る興梠選手にフェイントを掛けるためにあえて先に動いたのか、それとも興梠選手のフェイントに引っかかってしまい先に動いてしまったのか、それは分からない。興梠選手は中村選手の動きを見ていて、中村選手が動いたのと逆方向にシュートを放ちました。

あの興梠選手が枠を外すなんて、考えられない。しかし、興梠選手は枠を外してしまった。ここで重要なポイントは、中村選手があそこで倒れずに踏ん張って体勢を持ち直したこと。これにより「GKが倒れてから(体勢を崩してから)蹴ろう」と思っていた興梠選手には「誤算」が生じた。「誤算」が生じた時点で、もはや興梠選手は自分のペースを乱されているし、自分の間合いで蹴ることができない。つまり主導権はGKである中村選手が掌握していた。いつもは余裕でシュートをする選手が、完全に中村選手の間合いとペースで打たされたのです。

興梠選手を、自分の間合いやペースに引き込んだ時点で、中村選手は勝負に勝っていたのです。PKなんて、いいコースに蹴られたら止めようがない。興梠選手は、リオデジャネイロ オリンピックのナイジェリア代表戦(2016年8月5日前半9分に1-1の同点となるPKを決める)でも、余裕でPKを決める選手です。それが、リーグ戦の1試合のPKを外したのです。

――実際は、中村選手が右に重心を掛け過ぎているので、すぐには逆方向に動けなかった。それでも、興梠選手は、枠から外れたシュートを打ってしまう。

山野 キッカーを自分の間合いやペースに引き込む駆け引き。絶対に止めてやる、という雰囲気を醸し出すオーラ。中村選手のここまで積み重ねてきたもの、ここまで止めてきたという自信の表れ。そして、中村選手がこれまでどれだけの好セーブでシュートを止めてきたかは、興梠選手にも情報として入っている。そのことにより興梠選手は「俺も中村に止められるんじゃないか」という恐怖を少なからず感じたはずです。中村選手の存在が、興梠選手に相当のプレッシャーを与えていたのは間違いないでしょう。興梠選手のシュートが枠に入っていたら止められなかったと思いますが、そうさせないのが優れたGKの能力なのです。

――スタジアムで試合を見ていて、「止められる」という観客がもたらす雰囲気はすごかったですね。それこそ「オーラ」があるように見えましたから。

「反応が早い」という特質

――次に注目するのは、森脇選手のミドルシュートをパンチングした場面です。

山野 手のひらですよね、止めたのは。見ている人からしたら、ものすごいセービングに見えたと思いますが、GK的に言えば、あの高さのボールは一番の見せ場です。きっちり間に合って、外にはじき出せることはすごいですが、興梠選手のPKの場面でミスキックを誘発した場面の方が、難易度は高いです。

もしもグラウンダーのシュートだったら止められたか分かりませんが、コースもそれほど厳しくなかった。だから、好セーブではあるのですが、神懸かり的なセーブというほどではない。ただ、反応が遅いGKだったら、間に合わない場面でもあります。逆に言えば、中村選手の特質である「反応が早い」ことが生かされた場面と言えます。

――彼の特質が生かされた場面ということですか?

山野 本人も乗っているので、ボールがよく見えていたでしょう。「止まって見える」までは行かないでしょうけど、キッカーの動きはよく見えていたと思います。ただ、ほかの日本代表GK、東口選手、川島永嗣選手、西川周作選手だったら止められないのかと言えば、そんなことはないです。彼らのレベルなら、おそらく止めたでしょう。

次の段階に成長したプレースタイル

――興梠選手が右サイドからフリーでボールを受けて、右足でシュートを打った場面。一対一での正面からのシュートをキャッチしました。あのプレーに対しては、どんな印象ですか?

山野 昨季までの中村選手なら、あのような一対一の場面では、だいぶ早く体で面を作り、飛び込んでいました。とにかくすごく早いタイミングで、両手両足を大きく広げて面を作り、その状態で飛び込む。そうしたプレーを続けていた。

最初は、J1でも効果的でした。相手の選手もびっくりした表情をしていましたからね。シューターが戸惑っていたのです。シュートを打とうと思ったら、両手両足を広げて突っ込んでくるのですから。多くのシューターが面食らい、大きく広げた両手両足でシュートを止められていました。

例えばですが、「ヤマアラシを捕まえようとしたら、急に針を出されてびっくりした」という感じですかね。しかし、次第に中村選手の守り方も研究された。そこで次の段階に入ります。

――次の段階ですか。GKの進化の過程ですね。

山野 中村選手が同じプレーをして防ごうとした時、あることが起こりました。相手が、中村選手がどれだけの距離から両手両足を広げてくるのかを読むようになったのです。中村選手は早いタイミングで飛び込みをしていたので、シューターは両手両足を広げて飛び込むタイミングで、その面ではない場所を狙ってシュートを打つようになった。そうすると、中村選手は手も足も動かせない。

――相手が中村選手のプレーのクセを読んで、死角となる場所にシュートを打つようになったのですね。

山野 プレースタイルが読まれ、失点が重なりました。僕は、中村選手のやり方がJ1で読まれたなと思って、中村選手はどう対処するのだろうかと思い、見ていました。

――それで、中村選手のプレースタイルに変化が見られたのですか?

山野 飛び込むべき時は飛び込む、飛び込むべきでない時は飛び込まない、両手両足を広げるのか、広げないのか、広げるならいつどのタイミングで広げるのか…判断がより洗練されました。ここまでは、「イチかバチか」という感じがありました。面を作って飛び込めば、体のどこかに当たるだろうというプレーだった。最初は、相手も意表を突かれたのですが、よく見ると、面と面の間が空いている。「なんだ、ここにシュートを通せばいいのか」となった。おそらく当時は、まだJ1のスピードに慣れておらず、そうならざるを得なかったのかもしれません。

中村選手は、それに対して「これではダメだ」と考えたのでしょう。でなければ、プレースタイルに幅が出てこない。飛び込むべき場面では飛び込む。面を作って飛び込むけれども、それ一辺倒ではなく、きちんと相手の動きを最後まで見て反応するようになった。「この時にはこのプレーで」と区別をしたと思います。

興梠選手のシュートを止めた場面は、サイドからのボールを中央でコントロールされ、フリーの状態で至近距離から放たれた決定的なシュートでした。しかし、決して「イチかバチか」ではない守り、上記の洗練された準備と対応があったおかげで、あの極めて難しい状況でボールを正面に引き寄せて、かつキャッチの態勢に入れました。いままでのプレースタイルならば、せいぜい腹に当たるくらいですよ。興梠選手のシュートを止めた場面は、とてもいいセーブだったと思います。

――極端な話ですが、いままでの中村選手は、とにかく早めに両手両足を広げて飛び込む「イチかバチかみたいな守備だった」ということですか?

山野 そうなんです。先ほども述べましたが、当時はまだJ1のスピードに慣れておらず、相手の動きや状況を最後まで「観て」、最適なプレーを「判断」「選択」して行う…という余裕がなかったんだと思います。ただし、そのプレー(両手両足を広げて早めに飛び込むプレー)は、いまもやります。けれどもそれ一辺倒ではなくなった。そこにすごい成長度を感じます。最後までボールを見て、反応の仕方を変えている。飛び出すタイミングや間合いの詰め方も、前は当たれば止められるし、外れたらダメだ、という止め方をしていたんです。

いまは防御する確率を高めるために、寄せ方とかも考えられているし、判断自体も洗練されています。面を作って飛び込むか。面を作らずに最後までボールを見て判断するのか。どちらもレベルアップして洗練されている。だから止める機会がより増えてきたと言えます。

興梠選手のPKを防いだ場面も、興梠選手との一対一を止めた場面も、いずれも中村選手の間合いで蹴らせている。興梠選手の一対一のシュートは、正面にしか蹴れなくした中村選手の勝ちです。どちらも興梠選手のリズムではない。GK側に主導権がある。興梠選手が迷ってシュートを打つ場面など、あまり見たことがないから、中村選手の成長を実感させたシーンでした。

GKとしての生命線

――「反応が早い」以外の利点は何ですか?

山野 中村選手の特質は、大きく2つあります。先に話した「反応が早い」ということ。もう1つは「間合いの詰め方」「タイミング」「シューターがシュートを打つ前の駆け引き」。これが2つ目の特質です。これこそ中村選手のGKとしての生命線だと思います。

例えば、川島選手と比較すれば、中村選手の特質がよく分かると思います。川島選手は、圧倒的な身体能力を持っている。さらに、キャッチングの技術や、セービングの技術も非常に高い。中村選手は、現時点では川島選手よりも、身体能力や技術の面で相当、引けを取る。これは、どうしようもない差です。そうした観点から僕が中村選手のプレーを見れば、例えば「ファインセーブした」と言われるシーンでも、「あれはキャッチできる」という場面が何度もありました。つまり、キャッチング能力とかセービング能力は、川島選手にはかなわない。

では、どこで勝負をしないとならないのか。どこで勝負をしなければいけないのか。それは、シュートに対する間合いとかタイミングになります。

この例えが適切か分からないですが……。GKを料理人に例えると、川島選手は包丁を持っています。切れ味も抜群です。一級品の包丁です。そして、料理する食材も一級品です。つまり、包丁も食材もそれ自体は本人の努力とは別の次元にあるものですよね。料理人の質よりも高い包丁や食材を持っていても、うまく使いこなせるとは限らないですが、川島選手は包丁も食材も共に一級品で、かつ、それらをハイレベルで使いこなせるだけの高い能力もある。

一方、中村選手は、包丁も食材も一級品を持たされていない。つまり、GKとしてのポテンシャルに相当の差があるんです。そこで、中村選手が川島選手を超えるためには、料理する技術を磨くことしかない。中村選手は、料理する技術で勝負しないといけない。ただし、川島選手は、料理人としての技術も抜けている。日本人が持ち得ない、包丁と食材を持っていて、それを使いこなす技術も一級品。だから、川島選手を越えるのはかなり難しい。

――包丁と食材、つまりポテンシャルの問題ということは、どんな努力をしても、中村選手が川島選手を超えるのは難しいということですか。

山野 不可能ではありませんが……。現実的に難しい。川島選手のポテンシャルは、本当に特別です。

――それでも、22歳の中村選手が川島選手を越えていかないと、日本代表のGKは世代交代という問題を残しますよね。

山野 中村選手は、間合いの詰めとかタイミングが生命線だと言いましたよね。対戦相手が日本の選手、あるいは外国人選手でもJリーグの選手ならば、慣れているのでシューターのクセやタイミングを読める。でも、W杯では、いままでとは間合いが全く異なるアフリカ圏の選手や、間合いとかタイミングをズラしてシュートしてくる中南米の選手が相手になりますよね。そういう選手たちを相手にした時、いままでA代表での経験のない中村選手が、合わせられるかどうか、未知数ですよね。対して川島選手は、フランスのリーグ・アンで、さまざまな国の選手からシュートを受けています。

そうした経験を、中村選手が多くの機会で得られるようになれれば、もっと能力を開花させるかもしれませんね。中村選手がここまで成長するとは、僕は正直、思っていなかったです。だから可能性はあるかもしれない。ただし、メディアもそうですし、世論もそうですが、Jリーグで活躍してすぐに「代表レギュラーで使うべきだ」という論調になることへの危惧はあります。もっと冷静に、本質を見極めることが大切ですよね。中村選手の具体的なプレーをきちんと把握していくことは必要ですよ。

――中村選手のプレジャンプはどうですか? していますよね。

山野 プレジャンプはしていますね。でも、気になるほどではないです。ただ、シュートストップの際に、思い切り両手を後ろに返して振りかぶる…という動作が入ることがある。これはクセなんですが、そうすると手を出すのが遅れます。手がもともと前にある状態から飛ぶのと、前にある手を後ろに持っていって前に出すのでは、細かいことですが、多少速度が違います。そういうのもあって、キャッチが少ないのかなと、僕は見ています。キャッチには間に合わないということです。今季、ホームで鹿島アントラーズに負けた試合で、金崎夢生選手に正面のシュートを決められたシーンでも、ほんの僅かですが一瞬、このクセによる「遅れ」が見られました。ほかにもキャッチが少ない要因はありますが、その内の1つだと。

中村選手は実戦派タイプです。川島選手の次に、代表の正GKに一番近い存在になれる可能性はあります。それは可能性であり、これからのプレースタイルの向上と豊富な経験を得るならばという条件付きです。いずれにしても、一喜一憂するよりは、もっと冷静な判断で選手を見守ることが必要です。

――貴重な意見、ありがとうございました。

川本梅花

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