川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】フランスの「笑い」に含まれるシニカルさとは…【コラム】映画「ディディエ」を見て

映画「ディディエ」を見て

サッカーがドーバー海峡を超えてフランスへ上陸したのは、ル・アブールという土地だった。したがって、フランス最初のフットボールクラブは、1872年に創設された「ル・アブール・アスリート・クラブ」である。やがてイギリス人の居住地がノルマンディー地方やフランス北部地方、さらにパリへと広がると同時に、サッカーはフランス全土に普及していった。そしてフランスで初めて行なわれたプロ選手権は、1932-33年のシーズンに、36のクラブが2つに分かれて参加した大会である。これが実際上のフランス1部リーグの前身と呼べる組織化した球技会であった。

映画のプロット

フランスのサッカー1部リーグのクラブマネージャーであるピエールは、友人からディディエと名づけられた犬を預かる。その日の深夜、部屋の中に天から青い光が降り注ぎ、一瞬にして犬が人間に変身してしまう。やがて、ディディエは、並外れた運動神経を生かしてサッカープレーヤーとして活躍をするという話。リーグアンのパリ・サンジェルマンが全面協力している。試合のシーンや実況中継も迫力もの。コメディー映画の秀作である。

ただのおバカ映画ではない

今回、話題にする映画は、フランス1部リーグに所属する弱小クラブが舞台になっている。犬役で主演と監督を兼ねたアラン シャバは、「レ・ニュル」というフランスのお笑いトリオの一員である。犬を預かって四苦八苦する様子を演じたのは名優ジャン ピエール バクリ。「犬が人間に変身する」という奇想天外な物語も、役者たちの演技がしっかりしているので、ただのおバカ映画にはなっていないのである。

クラブチームのマネージャーのピエールは、ラブラドール・レトリーバーを預かる。なぜ、この映画ではラブラドール犬が採用されたのか? 単純にラブラドール犬の大きさが、変身した人間の大きさに比例するからであろうが、ここでは別の理由を考えてみたい。

16世紀頃、北米大陸沿岸に出漁したイギリスの漁船に同乗し、カナダのラブラドール半島へ渡った犬の末裔(まつえい)が、ラブラドール犬であった。フランスへのサッカーの伝播(でんぱ)は、もちろんイギリスからもたらされたもの。つまりサッカーの伝播を象徴する存在として、混血種であるラブラドールが採用されたという、仮説を設けてみる。

混血種である理由は、犬の名前を人名である「ディディエ」と呼ぶところにも見られる。純血種の場合、生まれた年の頭文字を名前につけ人名で呼ばないのが習慣だ。

笑いの中にある優越感

フランスの「笑い」は独特なものがある。独特なものとは、笑いの中にシニカルさが含まれているということだ。この映画では、イギリス伝統のサッカーをイギリス血種の犬ラブラドールにかけている、という仕掛けがシニカルさを生んでいるのである。要するに、たかが犬(イギリス)であるけれども、されど犬(イギリス)でもあるのだ。

人がどうして笑うのか。それは、笑いの中に優越感が潜んでいるからとも言える。犬の動作を見てほほ笑ましいのは、犬の中に人間的な何かを感じ取るからなのである。逆に、人は笑うべき対象に共感する何かを見いだしたなら、もはや笑えなくなってしまう。映画のラストシーンは、人間が、人間の姿に変身した犬に共感をしようとした瞬間に、再び、犬の姿に戻ってしまうように描かれているのである。

川本梅花

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