川本梅花 フットボールタクティクス

ノンフィクションの新しいスタイルとは?【孤独の暁と無花果の蕾】丸の内のドラスティックな午後

【孤独の暁と無花果の蕾】丸の内のドラスティックな午後

正月から数日過ぎたある日の午後、僕は、東京駅で下車して丸ビルにいた。

7階のレストランで昼食を摂って、その後で2階にあるソファーに座ったまま眠ってしまった。

 

青森県の弘前市にある高校に通うために、僕は、弘前で下宿生活をしていた。僕の隣の部屋には、弘前大学医学部のお医者さんが住んでいる。彼の名前は、もう忘れてしまったけれども、内科医だったことは覚えている。なぜ僕が彼の専攻を覚えているのかと言えば、医学部でのちょっとしたアルバイトを紹介してくれたからだ。彼は、癌治療のために動物実験をおこなっていた。僕のアルバイトは、彼がマウスに注射を打つ時の補助役だった。つまり、注射を打つ際に、マウスが動かないように抑えていれば事足りる仕事だったのである。

深夜泥酔して僕の部屋を、彼は尋ねてきたことがあった。

彼が担当していた患者さんが、末期癌で亡くなった夜だった。

当然だけど、相当に落ち込んでいる。

僕は彼にかける言葉がない。

それでも、17歳の僕は、何とか言葉を紡ぎださなければ、と考えた。

「なるようにしかならないよ」

不適切な言葉だったのかもしれない。

でも彼は、「そうだよな、そうなんだよな」と言ってその場に泣き崩れた。

後から、彼のお姉さんに聞いたことだけども、癌で亡くなった人は、彼の婚約者だったそうだ。

翌日、彼は、僕の部屋にやってきた。

「これ、読んでみな。以前に読んで、よかったから」

と言って一冊の本を部屋の机の上に置いた。

沢木耕太郎『一瞬の夏』(新潮文庫)

たぶん僕は、この本と出会ってからノンフィクションを書きたいと望んでいたのだろう。

でも、「これだ!」というスタイルが見つけられない。暗中模索の日々。

水戸ホーリーホックの強化部長の西村卓朗を主人公にしたノンフィクションを『サッカー批評』で連載させてもらった。それは実験的なスタイルだった。評判はよかったけれども、どこか座りが悪く感じていて、スタイルには満足していなかった。

僕は、新しいスタイルを確立したいとずっと考えている。

「もう行くよ」

僕の眠りを覚ます声が聞こえた。

「あっ、そうか、やって見ようかな」

「え?何が」

「いや、なんでもない」

僕は、目覚めた瞬間に、なんだかとても大切なアイデアを授かった気がした。

気がしただけかどうかは、僕がこれから書くノンフィクションに現れるのだろう。

そう思って、僕は、取材の打ち合わせ場所に向かった。

 

川本梅花

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