川本梅花 フットボールタクティクス

河端和哉が札幌大学サッカー部監督に就任「孤独の曉と無花果の蕾」河端 和哉の新たな挑戦

「孤独の曉と無花果の蕾」河端 和哉の新たな挑戦

昨年の秋のある日、僕は青森市内にいた。

なぜその時期に青森にいたのかは、いずれ話すことにするのだけれど、ともかく僕は、青森市内にいたのである。

青森駅からすぐにある寿司屋で夕食を摂ることにした。その時に、ラインメール青森の河端和哉と奧山泰裕に連絡して、食事に付き合ってもらうことになった。

「先に店に入っていていいよ」と僕は事前に伝えていたのだけれど、彼ら2人は、律儀に、店の前で僕のやってくるのを待っていた。

店に入って、「ここなんだけどさ」と僕は言う。

「ここの料理は、僕が子どもの頃から食べていた田舎料理を出すんだよ」

そう話して、僕ら3人は、次々と運ばれてくる料理をたいらげていった。

当然、3人の話は、サッカー談義になる。

僕は、河端に話しかけた。

「河端くんは、どこまで現役を続けようと考えているの?」

デリケートな問題で、聞きにくい面もあった。けれども、これは僕の勝手な思い込みかもしれないが、僕ら3人の信頼関係は強いように感じたので、話しにくいことも伝え合える関係だと僕は認識していた。だから、デリケートな質問をストレートにできた。

「いつでも、辞めようと、辞めてもいい、という覚悟は持っているんです」

と河端は答える。

「そうなの?」

「はい、悔いはない、と言うか、覚悟はあるんです」

奥山はじっと河端の話を聞いていた。

シーズンが終わって、河端の現役引退のリリースがある。

僕は、「とうとう決断したんだ」と思った。

すぐに河端に電話をしてもよかったのだが、少し時間をあけてから話を聞こうと考えた。

そして僕は、河端にこう切り出した。

「いつ引退を決めたの?」

「実は、川本さんと駅前の寿司屋で食事をした時には引退しようと決めていたんです。でもあの席に、奥山も同席していたんで、シーズンも終わっていないから、動揺させたくなかったんで黙っていたんです。すみません」

と河端は告白した。

「そうだったんだ。辞めようと思ったきっかけの試合があったの?」

「試合中に鼻を怪我して、復帰後にフェイスマスクをして出た試合があったんです。その時に、地に足がつかないと言うか、なんだかふわっとした気持ちで、体も浮いた感じでプレーしたんです。その試合で、『ああ、ここまでか』と思いましたね」

「次のステージは考えているの?」

と僕は引退後の道を尋ねる。

「母校の大学の監督の話があるんです」

「そうか、それは楽しみだね。でもリリースされてないから、まだ公表できないね」

「大学が公表するまで、表に出さないでください」

「もちろん、リリースされたら書かせてもらうから」

「お願いします」

やっとこうして、公表できるのだが、僕は、河端と話した後で、奥山に電話をした。

「河端くんが引退したけど、いつ知ったの?』

奥山は、このように答えた。

「引退は、みんなの前で伝えられたんですけど、僕は、川本さんと3人で食事をした時に、『今季で引退するんだな』と思いました」

「そうか。『覚悟を持っている』って話していたからね」

「はい」

それから奥山と今後の話をして電話を切った。

河端はある時、僕にこんな質問をしたことがある。

「川本さんはJリーグを取材してJの選手も取り上げていますよね。どうして、JFLのラインメール青森を取材しようと思ったんですか?」

「青森出身だからだよ」

「そうなんですか」

「それと、河端くんや奥山くんのように、Jリーグで活躍した選手がJFLでプレーしている。年齢的なことを考えたら、諦めていいわけじゃない。それでも、こうした厳しい環境で、全力で戦っている。そうした選手がどんな生き方をして、サッカーに取り組んでいるのを知りたい人っていると思うんだよ。そうした人に、河端くんや奥山くんのことを知ってもらいたい。そういう気持ちからだよね」

「そういうものなんですかね」

「んん、僕は、そういう人がいると思って取材をしているし、そう思っている人がいるはずだと願って、文章を書いている」

僕は、河端和哉のファイト溢れるプレーを忘れないだろう。

彼のプレーは僕の記憶の中に深く刻まれている。

指導者となる彼の前途に幸あれ!

川本梅花

 

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