川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】指導者の役割は「教える」ことではなく「導く」こと【コラム】映画「天国へのシュート」を見て

映画「天国へのシュート」を見て

映画のプロット

主人公のサッカー少年であるレムコが、父の目の前で練習試合をしていた。心臓に持病を抱える父は観戦中に倒れる。翌日、父は病院で息をひき取る。その後、亡くなった父がレムコの夢であるオランダ代表選出を叶えるために、息子の前だけに姿を見せて彼の力になろうとする。この作品は、観る者に感動を運ぶ。ファミリーファンタジー映画の傑作である。

水と共に生活してきたオランダの歴史

世界でサッカーを国技としている国は、欧州や南米、アフリカなど150カ国にも及ぶと言われる。映画の製作国であるオランダは、九州よりも国土が小さく人口は1600万人あまりの小国であるが、もちろんサッカーは国技である。

オランダ人の祖先がいつ頃から、そしてどのようにしてかの土地で生活していたのかを知るためには、彼らの祖先が歴史上で最初に登場すると考えられる『ガリア戦記』を見ればよい。「ネーデルラント地方(現在のオランダ、ベルギー北部)では水に囲まれた土地に土を盛って、地面を高くした上に人々が住んでおり、主に魚を取って生活している」。この記述で分かることは、オランダ人の祖先が水と共に生活していたということである。

水との共存という歴史的背景を担うオランダは、現代でもあちらこちらに多くの川を持っている。今回取り上げた映画『天国へのシュート』の中でも、川を利用した象徴的な場面がある。川はこの世とあの世の分岐点であるというギリシャ神話(仏教でいう三途の川に近いもの)のモチーフを下敷きにして、亡き父と、その父の幻像を見る子供がボートに乗って川を渡る場面が描かれる。水と共存してきたオランダという歴史的背景が、監督をしてこの場面を撮らせたと考えることができる。

亡霊たちとの練習試合

父を亡くしたレムコの夢は、U-12オランダ代表に選ばれることだった。レムコは、右足の靭帯を痛めてドクターストップを告げられる。彼は、医者の忠告を母に隠して、代表のセレクションために練習を続ける。しかしある日、母は医者から息子の足の具合が相当に悪化している事実を知らされる。当然、母は息子にサッカーを辞めるように促す。レムコは、母の忠告を聞き入れず喧嘩して家を出てしまう。1人で町を彷徨うレムコの前に、亡くなった父が現れる。父はレムコを誘って川を船で渡って、廃墟の球技場に連れ出す。レムコが船に乗る前の世界がこの世として描かれ、川を渡ってたどり着いた球技場があの世として映し出される。

父は、息子のセレクションのために練習試合を用意していた。そこにいたメンバーは、飛行機事故で亡くなったマンチェスター・ユナイテッドの選手などの亡霊だった。父は息子に、「クライフやファン バステンは、左右の足でボールを蹴れたんだ。お前も右だけじゃなく左でも蹴れるようにならないとダメだ」と話す。練習試合が進む中、右足だけで勝負しようとする息子のプレーに、「左で蹴れ」と何度も注意する。次第に父の注意は、「こうしろと言っているのに、なんでできないんだ!」と叱責へと変わっていく。

指導者の役割は教えることではなく導くこと

オランダの育成で大切なことは、選手を「導いて」そこから「考えさせる」ことであって、選手に自分の考えを「教える」ことではないという。指導者は、経験や知識があるので、選手が答える前に自分の選択をしばしば先に話してしまうものだ。しかしオランダでは、そうした先入観を持った指導は喜ばれない。映画の中で、父は息子に自分の考えを押し付けようとする。その瞬間にレムコは、サッカーの楽しさとは何であるのかに気づかされる。教えられてプレーするのではなく、自分で考えてプレーするから楽しいのだ、と。そのことに気づいた時から、父の亡霊はレムコの前に現れなくなる。

映画の最後に画面がフェードアウトしてスタッフのテロップが流され、同時にU-12のオランダ代表とブラジル代表の試合中継が実況される。アナウンサーの声は、レムコが「導かれ」そして「考えた」であろうプレーが連呼されたまさにそれは、オランダの代名詞、ウインガーのクリエイティブなプレーであった。

川本梅花

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