川本梅花 フットボールタクティクス

【インタビュー】西部謙司さんに聞く #長谷部茂利 監督のサッカー【試合分析】#ジェフユナイテッド千葉 戦より

【インタビュー】西部謙司さんに聞く #長谷部茂利 監督のサッカー

明治安田生命J2リーグ第2節、水戸ホーリーホックはジェフユナイテッド市原・千葉と対戦。試合はスコアレスドローに終わった。アウェイで貴重な勝点1を得たと考えるのか、それとも勝点3が取れた試合だったと捉えるか。どちらの考えを優先するかで試合の印象が変わってしまうほど、拮抗(きっこう)した戦いだった。勝利の女神がどちらにほほ笑んでも不思議ではなかった。

今回のコラムは、サッカーライターの西部謙司さん(@kenji_nishibe )を迎えて、水戸のサッカーについて言及してもらった。果たして西部さんは、長谷部茂利新監督のサッカーに、どのような印象を持ったのだろうか。

西部さんに話を聞いた理由は、長谷部監督の千葉時代をよく知っているからだ。関塚隆元監督の後任として、千葉で長谷部監督が誕生した。その時の戦い方と、水戸の監督になった現在の戦い方に違いがあるのかを聞きたかったのだ。西部さんの見解を聞いてみたかったし、読者も知りたいと思うはずだ。さらに水戸サポーターにとって、3月11日に行われるJ2第3節・カマタマーレ讃岐戦の参考になれば幸いである。


西部謙司WEBマガジン「犬の生活SUPER」

どちらに勝敗が転んでもおかしくない試合

――千葉のJ2リーグ滞在も長くなりましたね。2010年からなので、8年目になります。

西部 本当だね。だから僕は、J2のチームや選手について多少は詳しくなりました。

――そうなりますよね(笑)。ところで、千葉対水戸を見て、どんな印象を受けましたか?

西部 どちらのチームも、持ち味はじゅうぶんに出た試合かなと思う。

――前半は、千葉に多くの得点チャンスがありました。60分過ぎからは、水戸にも得点のチャンスがありました。

西部 前半、得点のチャンスは3回あった。試合開始から15分まで、ポゼッション率は平均71.5パーセントもある。高かったよね。試合全体でも60.4パーセント。ポゼッション率が高いから勝てるとは限らない。いまのチームを見ていて、平均して55パーセント前後のポゼッション率がちょうどいいかな。

シュートの数は、千葉12に対して水戸は1なので、ボールポゼッション率とシュート数の差だけを見れば、「千葉の一方的な試合」となる。でも、両方のチームの戦い方を知っている人が見れば、水戸にもチャンスがあって、どちらに勝敗が転んでもおかしくない試合に映ったことでしょう。

――特に、後半の途中からは……。

西部 後半途中から殴り合いになりましたね(笑)

――はい、60分過ぎからは完全に、そうなりました。

西部 確かに60分過ぎから、ばらけてきたよね。それまでは前半と同じような流れだったが、次第に水戸が良くなってきた。千葉のミスもけっこう出てきた。千葉の選手の運動量が落ちて、水戸にセカンドボールを拾われる回数が増えた。

千葉が2人目の選手交代をした時点で、後ろを3バックにした。それによって、スペースが両方とも空いてしまった。そこで、両チームの殴り合いが始まったんだよね。実際は、どっちに転んでもおかしくない試合展開になった。そして、両チームとも決定打がないまま終わってしまったね。

――千葉はシュートがポストに当たるシーンなどもありましたが、結局、無得点に終わりました。

西部 両方ともチャンスがあるというか、両方とも守備がない状況になってしまった。水戸も疲れてきたのか、もはや蹴り合いですよね。ロングボールを蹴るというよりも、ボールをつないで前に運んでいく余力さえなくなった。千葉がボールを収められなかった時は、水戸がクリアボールを拾ってチャンスがやってくる。全く落ち着かなかったね。80分過ぎから「この試合はどうなっちゃうの」と、誰も保証ができない試合になったよね。最後は、どっちも崩れたね。両チームとも「いままで何をしてきたの?」という感じでしたからね(笑)

FWがGKまでボールを追わない理由

――今季の水戸のチームを見て、どんな感想を持ちましたか?

西部 長谷部さんのチームになっているなと思いました。千葉で暫定的に監督をやった時も、このような戦い方をしていた。「4-4-2」のフォーメーション。かっちりした感じのサッカー。言い方を変えれば、整然とした感じのサッカーをやりますね。

――当時と印象は変わってない?

西部 全く一緒ですね。長谷部さんは、このようなチームを作る監督なんだなと思いました。

――関塚隆元監督のコーチ時代は、どのような役割をされていたのですか?

西部 関塚さんの時はチームに帯同せず、次の対戦相手を見ていました。監督になった時に「対戦相手の戦い方は全て頭に入っている」と言っていましたからね。

――暫定監督時代の終わり方は、どんな感じだったんですか?

西部 悪くなかったですよ。サッカーとしては普通です。普通という基準が曖昧なんですが、1990年代から続くオーソドックスなやり方ですよね。今回の千葉戦でも、前からプレスを掛けようという意図はあった。けれども、自分たちのゾーンを崩してまでプレスを掛けようとはしていない。完全なハイプレスではなく、ミドルプレス寄りです。何がなんでも前からはめるという感じではない。

千葉のことを知り尽くしているけれども、特に対策を採っていないと思った。長谷部さんは「自分たちの戦い方でいいよ」「そんなに惑わされる必要はない」という考えで千葉戦に臨んだんだなと。

――特別な対策はなかったですね。

西部 なかったね。自分たちの形を崩してないでしょ。ゾーンで埋めて、行けるところまでプレスは行くし、ラインも高かった。けど、無理はしてない。コンパクトにやって、でもプレスを外されたら速やかに引けという感じです。そこまで深追いをしないし、ドン引きもしない。

――FWがGKまでボールを追わない。

西部 それは行く必要がないからですよね。

――昨季の水戸は、ハイプレスでGKまで行っていました。

西部 それは考え方の違いだと思うんですよね。GKにプレスに行くとなると、フィールドプレーヤーが1人足りなくなることを意味します。千葉は、普段から相手の前線の選手がプレスに来ることを利用するチームですから、そうしたことを千葉にやられたくないわけです。崩されたくない。

GKにプレスに行かないとしても、GKがドリブルで上がってくることはない。結局、どこかの場所にボールを蹴るわけですから。その時に、数的同数になっていれば良いという考え。ゾーンを埋めてればいいという考えではないでしょうか。

――長谷部さんのやり方は、オーソドックスなやり方ですよね。

西部 普通の「4-4-2」ですね。ボックスというよりもフラットに近い。

――際立った特徴はないですね。

西部 変わったところはない。ただし、オーソドックスが悪いのかといえば、全然そんなことはない。まず、選手はやり慣れている。やりやすいというのは、選手の入れ替えが効く。特殊なやり方をしてしまうと、選手がシステムにハマらないという可能性が出てくる。そういう意味で「4-4-2」は、誰がやっても役割がはっきりしている。長いシーズンを通してチームを回していくのに、オーソドックスは決して悪くはない。

「みんなが知っているやり方だから」とか「新鮮味がないから」と映るかもしれません。しかし、限られたポテンシャルで、チームを1年間回すことを考えれば、「4-4-2」は損なやり方ではない。

――Jリーグでは「4-4-2」を採用するチームがいくつかあります。一時は「4-2-3-1」で戦うチームが多い時代もありましたが。

西部 「4-4-2」と「4-2-3-1」は、守備の場面では同じ。攻める時に前線にどんな選手がいるかが違うだけです。その意味ではJリーグは「4-4-2」が主流だった。分かりやすいいですよ。欧州でもエイバル、モナコ、レスター、それぞれ、ちょっとずつ違うけれども、フラットな「4-4-2」ですよね。育成するチームには良いシステムだと思います。

――昨季の西ヶ谷隆之さん(現SC相模原監督)のサッカーとは変わりました。

西部 昨季も「4-4-2」でしたね。守備を重視して、すごく守るチームだったという印象です。FWの前田大然選手(現松本山雅FC)の足が速かったので、カウンターを狙って攻める。やり方がはっきりしていた。やりにくかった印象があります。

――西ヶ谷さんのサッカーと長谷部さんのサッカーを比べると印象は違いますか?

西部 ちょっと抽象的な表現になってしまうんですが、昨季も今季もシステムを見れば、形の上では同じじゃないですか。ただ、昨季は「カチカチした」感じで、今季は「柔らかい」感じがします。前監督の西ヶ谷さんは「規律を重視した監督」。現監督の長谷部さんは「任意を重視した監督」。両者のスタンスの違いは、はっきりとあります。

チームとしてのアベレージは出せる。ポテンシャルが決まっているので、ものすごく強くなる要素はない。その代わり、そんなに下がる危険性もない。持っている力は、そのまま出るであろうという感じです。

木村祐志のプレーを選択する意志

――攻撃に関して、何か思ったことはあります?

西部 ジェフェルソンバイアーノ選手じゃないですか。千葉がハイラインだということは、長谷部さんは当然知っている。千葉の攻略として「ハイラインを狙っていけ」というのはありますから。水戸の選手のポーンと蹴ったボールがジェフェルソンバイアーノ選手に収まるんですよね。すんなりと収まってしまうわけですよ。こぼれるというレベルではなくて。足下にポーンと収まっちゃうから。千葉からすれば、あれじゃダメだろうとなる。収まった時に、鳥海晃司選手とか当たりに行けないわけですよ。ジェフェルソンバイアーノ選手は体が強いので、当たりに行くとターンされてかわされる、と思ってしまっているのかな。実際に、そういうプレーが2、3回ありましたからね。

――まあ、少なくとも足を出すとかですね。

西部 なんらかの抵抗をしなくてはいけないと思うんだけど、けっこう普通にやらせていた。キープ力があるというか、体があれだけ強いFWがいるのは強みだと思います。昨季のスピードのあるFWとは違うやり方ができる。前田選手とは違って、強さとキープ力がある。千葉戦は、最後にハムストリングを痛めて交代したけど、試合終了までピッチにいたら、違う展開になったのかと思います。

――水戸の守備はどう映りましたか?

西部 守備は良かった思います。球際がけっこう激しく行ける選手がいる。MFが相手にプレスをかいくぐられて、DFと対面することになった場合、水戸のDFは落ち着いていましたね。4人のバランスが良かった。ドタバタしてない。だから最後の最後に間に合うんですよ。守備の時は、味方を見ながら動かないといけないのですが、パニックになると味方が近くにいるのに、相手に当たりに行くなどしてしまう。そうすると、どこかが空いてしまう。

ボールに対して、4人がどういう位置関係で守るのか。一番引いた時に、ゴールエリアを4人で固めれるわけですが、そこへ至るまでに広がった状態から縮めていく。そのときのバランスがあまり崩れていない。だから、最後の危ない場面で、ギリギリなんですが、けっこう間に合ってしまうわけですよ。DF全体のバランスがいいと思います。これだけ守れれば、大崩れはしないはず。

――木村祐志選手はどうですか? 見ていて面白いと思っているんです。

西部 上手ですよね。もちろん、ものすごくうまい選手ではないんですが、試合が読める選手だと思いました。ほかの選手とは違う感性を持っている。「なぜここで、簡単にアウトボールにしてしまうのか?」と思わせた場面が、この試合であったんです。

彼のそのプレーを見て、いったんゲームを切りたかったんだな、というのが分かった。前後の状況から切りたかったんだな、という彼の意図が見えるプレーでした。はっきりした意志を持って、アウトボールにしている。試合の流れを読んだ上でのプレーを選択する意志をはっきり持っている。「なんとなく」でやっていない選手に見えました。

――両チームのシステムをかみ合わせると、千葉の「4-3-3」の中盤が逆三角形で3人、水戸は「4-4-2」でセンターハーフが2人。中盤で千葉は数的優位になりますよね。

西部 そこは千葉にとっては関係ないんですよ。ビルドアップの際に、両センターバック(CB)が左右に開いて、熊谷アンドリュー選手が最終ラインに落ちたり、茶島雄介選手が落ちたりするから。

――じっくり見ると面白い試合ですよね。

西部 両方とも持ち味が出たし、弱点が出たんじゃないかな。

――やっぱり、西部さんと話すのは面白い。忙しい中、ありがとうございました。

川本梅花

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