川本梅花 フットボールタクティクス

【コラム】大槻毅暫定監督が話した田嶋幸三会長から受けた影響【無料記事】過去の取材ノートより

大槻毅暫定監督が話した田嶋幸三会長から受けた影響

Jリーグの指揮官で最も注目される人物となった大槻毅。4月2日に浦和レッズの暫定監督に就任した大槻は、「アウトレイジ」と呼ばれているようだ。それはWebニュースサイトのBuzzFeedJapanで取り上げられるほどである。

レッズ監督、あまりの強面から『アウトレイジ』『総会屋』と人気
https://www.buzzfeed.com/jp/tatsunoritokushige/outrage-reds

浦和の後任監督がオズワルド オリヴェイラに決まり、大槻は暫定監督の役割を終えることになるが、筆者は一度、大槻にインタビューしたことがある。

『サッカー批評(84)』(双葉社)の仕事で、それは2016年12月のことだった。当時の彼のポジションは、浦和レッズ強化部育成ダイレクター兼レッズユース監督である。インタビューのテーマは、「なぜ筑波大学蹴球部は、多くの指導者を輩出するのか」であった。これから紹介する文章は、上記のテーマを大槻に尋ねた内容になっている。

筑波大学蹴球部と言えば、サッカー日本代表前監督・ヴァイッド ハリルホジッチを解任したことで話題となった、日本サッカー協会会長・田嶋幸三の名前が浮かぶ。実際、大槻は田嶋から多くのことを学んで、影響を受けた1人だと述べた。

大槻は田嶋からどんな影響を受けたのだろうか?また、大槻の思考の一面がのぞけるかもしれない。読んでいただければ、そこに答えは出ている。

大槻毅に刻まれた田嶋幸三の助言

午後の日差しが芝生に照り返る大原サッカー練習場に向かった。そこには、浦和レッズのクラブハウスがある。クラブハウスを訪れた目的は、浦和レッズ強化部育成ダイレクター兼レッズユース監督の大槻毅に会うためである。

「今回の取材のテーマなんですが、『なぜ筑波大学蹴球部は、多くの指導者を輩出するのか』なんです」と私は大槻に告げる。

「自分が筑波大学のことを語るのは、おこがましいのですが」と大槻は謙遜する。

「僕は、サッカーに育てられたんですよ」という大槻は、丁寧に言葉を選びながら話してくれた。

「指導者が多いのは。ベースとして教育者になるとか、そうしたものが大学の中にあったんです。いま思えば、大学で体力トレーニング、心理学、生理学、社会学もそうですけど、そういったことをきちんと学べたことで、さまざまな視座を持てるようになる。トレーニング1つ取っても、理論を立てないといけないと考える。

エビデンスを持ってきちんと構築していくことを、私は、筑波大学で学んだのです。構築してやっていくためには、知識や経験の量が必要で、その中で質を追求していくことが大切なのです」

そう言って大槻は、学生だった当時を思い出して語ってくれる。

私は、次のような質問をした。当然、風間八宏(名古屋グランパス監督)のサッカーが念頭にあった問いだった。

「サッカーの戦い方に関しては、筑波大学独特のものがあったのでしょうか?」

大槻は、少し考えてから、答えを導き出してくれる。

「1人の指導者が長年かけて作り上げてきた、というよりは、自立という考えがあって、それが高いものを作り上げていったんだと思います。最近では、(風間)八宏さんがやっていた影響があるんだと思いますが、僕がやっていた時は、藤田俊哉さんがいてテクニカルなサッカーをやっていました」

「自分たち学生が組み立てたりしていた。ボールを大事にするサッカーと、最先端と思われるような戦術を取り入れました。当時だと、アリゴ サッキの戦術のビデオが手に入って、みんなで『世界の最先端の戦術はどうだ』と議論をしましたね。いまだとスカウティング映像があるけど、当時はなかったので、そうしたことも選手たちで議論をしました」

「田嶋幸三さんは、筑波大学蹴球部の先輩に当たりますよね」

と言うと、「そうです」と即答して田嶋との思い出話を教えてくれる。

「田嶋さんから受けた影響は大きかったですね。S級ライセンス取得講座が筑波大学で、当時執り行われていたんです。僕は、アシスタントとして参加させてもらいました。その時に、田嶋さんから語られた言葉が、いまでも役立っています」

大槻は、その時の田嶋との会話を話し出す。

ライセンスの講座を終えた後に、田嶋は大槻に尋ねる。

「ライセンスの講座を見てどう思った?」

「すごく勉強になります」と大槻は即答する。

彼の返答に対して、田嶋は次のように話す。

「『勉強になる』。それはいいけども、そう少し俯瞰(ふかん)的な位置から見た方がいい。インストラクターじゃないけど、どういう評価になるんだろう、どこが良くて、どこが悪いのか、とトレーニングメニューを見るんじゃなくて、指導者がどこを見て判断しているのか、どんな立ち振る舞いをしているのかを、見ればいいんじゃないのか」

大槻は「それはすごく役立っていて、『ここでどんな流れで作っていったら落とし込めるのか』と俯瞰した視座を持てるようになりました。あの時に、自分が教わったことを、いまも投影しいています」

いま大槻に尋ねても、同じような答えになるのだろう。

「『ここでどんな流れで作っていったら落とし込めるのか』と、俯瞰した視座を持てるようになりました」

これが大槻の思考の一面なのである。

見た目が強面で感情が表に出る指導者だが、大槻は、サッカーの新しい引き出しを探求する理論派でもあるのだ。

川本梅花

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