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【インタビュー】流浪の戦術家 #ネルシーニョ のリアリズム【無料記事】川本梅花アーカイブ #柏レイソル 新監督の4つの顔

2019シーズンを明治安田生命J2リーグで戦う柏レイソルは、再びネルシーニョを監督として招いた。クラブを通しての新監督のコメントは次のようなものだった。

「レイソルに戻ることができるということに深く感謝をしています。我々の目標は、レイソルを再びJ1に戻すことです。そのためにはファン・サポーターの皆さんのサポートが必要です。みんなで戦いましょう」

実は「レイソルを再びJ1に戻すこと」というセリフ、以前にもネルシーニョから聞いたことがある。それは2010年のことだった。J2で戦うことになった柏の指揮官に話を聞きたくて、日立台のクラブハウスを訪ねたのである。あれから10年近くが経とうとしている。もはやネルシーニョがどのような監督だったのか、どのようなパーソナリティーを持った人物だったのかを、知らない人がいるだろう。そこで、今回、当時インタビューした記事を公開することした。

また、理解しやすいように書き直した箇所がある。

この記事の目次は以下の通り。

流浪の戦術家ネルシーニョのリアリズム
【渦中の話】川本梅花アーカイブ 柏レイソル新監督の4つの顔

ネルシーニョには、4つの顔がある

流浪の戦術家、ネルシーニョのブラジルでの評価

ネルシーニョが最初にフランサに話したこと

流浪の戦術家、ネルシーニョのブラジルでの評価

戦術家は常に弁術論者の顔を持つ

ネルシーニョには、4つの顔がある

1つは、厳しい要求を選手に強いる顔である。

試合が行われた翌日の練習は、通常、ゲームに出場した選手たちならば、試合でのハードワークによる身体を休めるために、ストレッチやランニングなど比較的軽めの練習で次の試合に備える。しかし、試合に快勝した翌日、日立台での柏レイソルの練習は、前日にリーグ戦が行われたことが嘘のように、ハーフコートを使ったミニゲームがレギュラー組とサブ組によってなされていた。

2つ目は、サポーターに対する顔。

その日の練習が終わってクラブハウスに引き揚げようとした時、1人の女性サポーターが「監督、昨日はありがとうございました」と試合での勝利に感謝してサインを求めた。彼は、柏レイソルにはサポーターの支えが必要だ、と言わんばかりに快く笑顔でサインに応じる。

3つ目は、自分を柏に呼んだ人物が誰で、今後柏における自分のキャリア継続に重要な人物は誰かということをはっきり認識しているという顔である。

サポーターにサインをしていた時、GMと強化本部編成部部長が彼の近くを通り過ぎようとすると、サインをする手を止めて、2人の上司に深々とお辞儀をする。

そして4つ目は、マスメディアに対しての顔である。

流浪の戦術家、ネルシーニョのブラジルでの評価

ネルシーニョは、34歳の時に監督業に就く。指導者としてのキャリアのスタートは1985年、サンベントという小クラブからである。彼が監督としてブラジルで広く知られるようになったのは、同じく小クラブであるノーボリゾンチーノでの功績が大きい。1990年のサンパウロ州選手権を破竹の快進撃で勝ち進み、クラブを決勝戦まで導いた。決勝では元ブラジル代表監督のルシェンブルゴが指揮するブラガンチーノと対戦し、敗れたものの、準優勝という輝かしい結果を出したからである。

彼は、監督生活25年間で30クラブを渡り歩いてきた。その中には名門コリンチャンスやスポルチ・レシフェなどが含まれ、大小さまざまなクラブでの監督経験を持っている。彼の経歴で1つ特徴的なのは、監督として3年以上同じクラブに在籍したことがなく、それでいて常に監督としてのオファーをもらい続けていることだ。それは、〈雇われたチームで最善を尽くして結果を出し、次の種を蒔いておくこと〉という彼の監督としての生き方そのものを象徴している事柄である。

早速、ネルシーニョにオファーが絶えなかった理由を聞いてみた。

――あなたは、1年間でさえ監督浪人をしたことがありません。オファーを得続ける秘訣はなんでしょうか?

「結果を出してきたからです。ブラジルでよく言われるのは『いい結果を残したら、職がある』ということ。『すでに(契約書に)印鑑が押されている』とか『太鼓判が押されている』という意味です。大切なのは、常に、結果を出し続けることです。今回、日本へ来られたのは、日本を去る前に自分から種を蒔いてウインドを開いたまま、自分はブラジルに帰って仕事をしたからです。自分が(ブラジルで)いい結果を残せて、そのことを誰かが見ていてくれて、今回柏に来られるようになったんです」

「ブラジルで結果を出し続けて来た」と言うネルシーニョ。ブラジルにおける評価を知るため、ブラジル在住のサッカージャーナリスト沢田啓明に意見を求めた。沢田のネルシーニョ評は「クラブをクビになっても、すぐ別のクラブからオファーがあるのは実力があるからで、この点は評価すべき点」と述べる。なぜ、ネルシーニョは1つのチームで長期政権を築いてこなかったのかに関しては、沢田は次のように話す。

「圧倒的な戦力がある場合を除き、自チームの長所を押し出すのではなく、相手の良さを消すサッカーで勝利を目指すスタイルを貫く。結果が全てというスタイルであるため、クラブ首脳や選手に、自分の考えが受け入れられなかったりして、結果が出ない場合は簡単にクビになる」。では、こうしたいくつものクラブを流浪する監督は、ブラジルではよくいるタイプなのだろうか? 「彼のように次から次へとクラブを渡り歩き、勝ったり負けたりを繰り返す監督は、常に10人前後いる。鹿島アントラーズの監督だったオズワルド デ オリヴェイラ(現浦和レッズ監督)も、日本に行く直前の数年間はこのタイプだった」

雇われたクラブで結果を出すことは、監督にとって必然の目標である。ましてやサッカー先進国のブラジルであれば、監督を取っ換え引っ換えしても人材には困らないだろうから、結果をすぐに出さないと、クビになってしまうケースがよくあるようだ。ネルシーニョは、日本とブラジルの違いを説明しながらその現実をこう話した。

「国によって監督に時間を与えてくれる国、何年か長期間雇ってくれる国があります。しかし、ブラジルはそういう国ではないんです。3試合結果が出なければ、すぐにクビになってしまう。そういう国(日本)と国(ブラジル)での違いがあります。ただ、サッカーは世界中、何も変わらないと思います。もちろん小さな違いはありますよ。やはり、いい結果を残していけば、全てがうまく行くと思います。みんなに認められますし。結果が残せなければ、やはり、メディアであり、フロント、サポーターに叩かれるのは、どの国でも変わらないと思います。自分はずっとサッカーの世界で生きていますが、勝ってそこで生きていくのか、勝てなくて叩かれるのか、という世界で生きているので、結果を残していけばうまく行くのだと思っています」

ネルシーニョが最初にフランサに話したこと

フランサは、柏で甘やかされてきた。これは、紛れもない事実だ。言い方がキツいのならば、大事に使われてきたと言い換えよう。元監督の石崎信弘の時も、前監督の高橋真一郎の際も、フランサはチームのビルドアップにさえ顔を出さないで、点取り屋としてトップに立っていただけだった。それは監督が「フランサの守備は大目に見る」と容認した上での指示だったので、フランサのプレースタイルに原因があるのではない。しかし、動かない(守備をしない)FWのプレーをカバーするのは、主に李忠成や菅沼実の役割だった。こうした状況を知って、ネルシーニョは就任早々、フランサを監督室に呼ぶ。

「練習中でもそれ以外でも、コンディションを上げるように努力をして、もっと質の良い動き、動きの量を増やしてくれ。それがチームにとって求められていることだから」

フランサは「分かりました」と即答した。本当に理解したのかどうかは、練習を見れば伝わってくる。彼だけではなく、ほかのブラジル人選手も目の色を変えて、練習に取り組んでいる様子がよく分かる。ネルシーニョは、彼の置かれた立場を本人に話すことで、「自分のやりたいサッカーにフランサを当てはめたい」と考えているようだ。では、ネルシーニョがやりたいサッカーとは何か?それは次のように彼の口から語られた。

――あなたが思う、モダンなサッカーとはどういうものですか?

「自分が思うモダンなサッカーとは2つの特徴をしっかりとトレーニングできていることだと思います。1つは、しっかりとした守備から相手の与えてくれるスペースを使って攻撃に転ずること。カウンターと言われるものですね。2つ目は、攻撃に転ずる際、ボールを持っている時のパスの質ですね。攻撃のクオリティーです。パスの質が良ければ、いいゲームを作り、試合を決めるゴールを挙げることができると思います」

――そういう(守備から相手の与えてくれるスペースを使って攻撃に転ずる)モダンなサッカーでは、FWの守備も重要になってきますね。

「いまのサッカーは、本当に全員が協力しなければいけないサッカーです。FWだから守らないとか、DFだから攻めないとか、そういうサッカーではありません。試合の中でポジションに関係なく、必要な時は常に選手同士が助け合わなければいけないのです」

では、いまのフランサのプレーは、あなたが思うモダンなサッカーに相反するのではありませんか?

「だからこそ、彼がこういう状況(ベンチスタート)なのです。彼はフィジカルコンディションをもう少し上げなければいけません。もっとアグレッシブにダイナミックに動いてくれるはずなんですね。だから彼に(いまの状況を)分からせようと必死に話しかけているのです。注意もしなければいけません。彼の能力からすれば、いいパスだとか、我々のビルドアップの時から顔も出せるでしょうし、攻撃の時にたくさんのチャンスを作れて、もっとチームに還元できるようになれる、と確信しています。そのことを彼は、よく分かってくれていると思います」

戦術家は常に弁術論者の顔を持つ

ネルシーニョが、柏にやって来て最初に行ったミーティングは、1時間半に及んだ。その内容は、今季の柏の試合で彼が良いと思った10のシーンを録画して、選手に見せながら解説するというものだった。ミーティングは回を重ねるごとにコンパクトになっていき、最近は30分の間に、対戦相手の弱点と特徴を集めた映像を見せるようになった。

ブラジル人の監督によく見られる、ゲーム形式をメインにして紅白戦を1時間させるだけという方法は採らない。ネルシーニョは、「私が来てから練習のリズムも変えました」と言うように、ゲーム形式の練習の際、選手にテーマを与えている。それは戦術トレーニングと呼べるもので、例えば中盤の選手ならクサビのパスを縦に入れることを禁止して、自分から見て斜めの方向にパスを出すようにと約束事を作る(ピッチをワイドに使ってサイド攻撃を多用する狙いからであろう)。こうした変革は、徐々に形になってきていると自信をのぞかせる。

「自分たちのサッカーは1試合ごとに整備されていきます。もっと守備が強くなっていき、カウンターもいい形のものを作れるでしょう。攻撃の際、ボールを持った時のクオリティーも上がっていきます。そのことは、結果に表れると思うので、ぜひ見ていてください」

戦術家は、コミュニケーションの達人でなければならない。自分のやりたいことを、選手に正しく伝えることができなければ、その人は戦術家とは言えない。そして同時に、戦術家は弁術論者の素養も兼ね備えていなければならない。ネルシーニョは、インタビューの中で十分、弁術論者の顔をのぞかせた。そのことは次の応答からうかがえるであろう。

――あなたにとって戦術とは何ですか。

「戦術とは、チームのプランだと思っています。チームをオーガナイズしていくのに、一番大事なプランだと。戦術のプランの中で、選手の特徴を見極めて、その中に当てはめていく。スタッフが選手の特徴を理解して、私のプランの中で選手を当てはめていくことで、強いチームを作れるという自信を持っています」

あなたの監督哲学とはどういうものですか。

「全てのトレーニングはオーガナイズされている必要があります。それが一番のポイントです。それぞれの選手が自分のポジションを理解して、味方の役割を理解していく中で、各自が要求をし、チーム全体が同じ理解を持てます。戦術の中で、役割分担をしっかりとできていれば、試合中に、リズムを作って、無駄に走らず、効果的な動きで効率よくゲームを作ることができます。そういう哲学を持って選手に伝えています」

――ブラジルと日本のサッカー文化の違いは何ですか。

「ブラジル人の男の子だったら、クリスマスで最初にもらうプレゼントはサッカーボールです。ブラジル人の血の中にサッカーというものが流れています。それだけサッカーという存在が大きい。なので、裸足でもなんでも、道路でもどんな場所だろうとボールを蹴っていました。みんなが好きなサッカーをそれぞれ好きなようにやっていると思うんですね。子供の頃から、そうしたサッカー文化という歴史の中で生活しています。そして、ボールを持った時のワンプレーワンプレーが、いかにクリエイティブであるのかが重要です」

「そういった意味でも、バックボーンが大切で、どれだけサッカーに慣れて、ボールに馴染んでいるか。どれだけ子どもの頃からずる賢いことをそういう中でやってきたのか。そういうことが、違いとしてクリエイティブな局面で出てくるのかもしれません」

「結果がついてきていないと、日本人選手は消極的なプレースタイルになってしまう。でも、日本人選手の良いところは戦術に対して忠実なところですから、自分たちが個人的にもチーム的にも結果を残していったら、すごく自信を持って、もっと自分たちの力で切り開いて、自分の能力をもっと出しいていく、そういう面が生まれると思います」

インタビューの最後に、ネルシーニョは、「今季、いいシーズンを終わらせて、できることなら、ゼロからチームを作っていきたい」と語る。その言葉は、流浪の戦術家としての顔との決別を表明しているように映った。

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