川本梅花 フットボールタクティクス

【コラム】#バルセロナ 黄金時代の証言【無料記事】「ボールを奪え パスを出せ FCバルセロナ最強の証」

ドキュメンタリー映画『ボールを奪え パスを出せ FCバルセロナ最強の証』を見て


ボールを奪え パスを出せ FCバルセロナ最強の証

映画のプロット

グレアム ハンターのベストセラーとなったノンフィクション『FCバルセロナの語られざる内幕』を原案に、ジョゼップ グアルディオラ監督時代を中心に描いたFCバルセロナのドキュメンタリー映画。当時の主力選手であるシャビ、イニエスタ、バルデス、プジョル、アウヴェス、メッシなど総勢35名にインタビューを行いながら、試合映像を織り交ぜてバルセロナの黄金期のサッカーを描き出す。メッシはいかにして誕生したのか?アビダルの肝移植手術からの劇的な復帰。グアルディオラの監督就任から辞任までの経緯。このドキュメンタリーは、描ける最大限のところまでは描き切っている。

メッシに忖度したグアルディオラ

映画で描けない風景がある。それは、主題に関係ない事柄だからか、あるいは描くのに不必要な内容なのかのどちらかだろう。筆者は、グアルディオラとメッシの関係に触れてみたい。この2人の関係は、グアルディオラがバルセロナを去る要因の1つになっていると考えられるからだ。

2017年、プレミアリーグのマンチェスター・シティの監督に就任したグアルディオラが、バルセロナの監督を引き受けたのは2008年5月8日だった。この就任会見の中で、当時、バルセロナの主力だったロナウジーニョとデコ、さらにサミュエル エトオの構想外を発表する。のちに、エトオは残留するのだが、映画では描かれていない出来事があった。それはメッシに関することだ。

メッシがトップチームで初めて出場した試合は、2004年10月16日のエスパニョール戦である。当時の監督は、オランダ人のフランク ライカールトだった。バルセロナは、2000-2001シーズンから5年間、リーグ優勝は果たしていない。しかし、メッシがデビューした2004年からチームは上昇気流に乗って、2連覇を成し遂げる。この頃から、チームの中でのメッシの存在感が次第に増していき、グアルディオラがチームを指揮する2008年には、暗黙の了解が敷かれていた、と言う。それは、「選手もコーチも、すべてがメッシのために尽くす体制」が出来上がっていたのである。

私生活では、ロナウジーニョとデコがメッシを連れ出して、夜の街を飲み歩いたことは有名な話である。そうした行為を快く思っていなかったクラブ側が、ロナウジーニョとデコに構想外を伝えたのが真相だろう。しかし、メッシ自身は、もっと違う立場の人がクラブに彼らの構想外を提案したのだと考えた。ロナウジーニョを崇拝していたメッシは、自分と彼を離れさせたのがメキシコ代表だったラファエル マルケスだと信じて、練習中にマルケスにケンカを売る態度を示した。その事件の仲裁をしたのが、トップチームの監督になったばかりのグアルディオラだった。グアルディオラは練習後にメッシを呼び止める。「気に入らないことがあったら、口に出して言うべきだ」とメッシに伝える。この対話は、5分間だったと言われている。その時間の中で、グアルディオラは「クラブはメッシの擁護をする側にいる」と知らせたのである。

グアルディオラでも、試合中に置かれたメッシの不文律を崩せなかった。メッシは、試合途中で交代してベンチに下がることを嫌った。たとえ試合が、6-0の圧勝であっても最後までピッチに立つことを望んでいた。グアルディオラもメッシの意向を汲んで、点差が離れた勝ち試合であっても、決してベンチへと下げなかったのである。グアルディオラが忖度するほどに、メッシの存在は絶対的なものになっていた。

忖度と言えば、センターフォワードとして獲得したズラタン イブラヒモビッチが活躍の場を失ってしまったことが挙げられる。これには、2つの理由があると思う。それは、彼を起用するリスクにも通じることである。ある日、練習が終わった後でメッシが、グアルディオラに近づいて話し掛ける。「9番がいて前線のスペースを消されて動きにくい」。これが、イブラヒモビッチが試合に起用されなくなった理由の1つだと思われる。2つ目は、グアルディオラの戦術に、イブラヒモビッチのプレースタイルが全く噛み合わなかったことである。メッシの提言と戦術へのミスマッチ。いずれにせよ、グアルディオラへのメッシの要望がイブラヒモビッチの明暗を分けたと思われる。

「偽りの9番」が誕生した瞬間

グアルディオラの攻撃戦術の中でも、世界に衝撃を与えたのが「偽りの9番」であろう。2009年5月1日の夜、グアルディオラは突然、メッシに電話を掛けて監督室に呼び出す。グアルディオラは。次の対戦相手となるレアル・マドリーの試合を見ていた。その時に、レアルのセンターバックとボランチの間にギャップが生まれることに気が付いた。このギャップをうまく利用できないかとグアルディオラは考える。彼はメッシに「センターフォワードのポジションでスタートして、中盤に降りてきてスペースを作り出せ」と指示する。この作戦が功を奏して、バルサはレアルに、6対2で勝利した。

映画の題材になっているバルセロナの黄金期は、グアルディオラとメッシによって築かれた時代だとも言える。もちろん、彼ら2人だけではなく、多くの選手やコーチによって築かれた歴史でもある。そうしたバルセロナにも斜陽の時代が訪れようとしていた。この映画で最も印象深い場面は、グアルディオラの退任記者会見の場面である。なんとも言えないグアルディオラの表情がそこにはある。隣に座る会長から、次期監督の発表を聞かされるグアルディオラ。彼のその時の表情は、感情が一切ない「無」の表情だった。バルセロナとグアルディオラの別れの場面が映し出される映像に、この映画のメッセージがあったと思わされる。

川本梅花

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