川本梅花 フットボールタクティクス

【ノンフィクション】アキレス腱断裂から復帰して得たもの【無料記事】川本梅花アーカイブ #榎本達也

ターニングポイント、人間を大きくしなければ

横浜FMを退団する前に、榎本は10年間の自分自身、そして上野からの言葉を回顧した。

「何かを変えなきゃいけないと思っていました。横浜では、技術の向上を徹底的に突き詰めていました。メンタル面は大事なことだと思っていたのですが、メンタルを鍛えるって口で言っても難しい。じゃあ、どうやってメンタルを鍛えたらいいのか?なかなか答えが見つからなかった。いろいろなことを考え、いままで自分の身になったことは何かとか……」

人は何かを変えなければこの先、前に進めないかもしれないと思う時がある。それをおそらく「人生のターニングポイント」と呼ぶのだろう。あれやこれやと独り、頭の中だけで考えるには限界がある。自分の考えに限界を感じた時、人は誰かの存在が必要になる。自分と考えが違ったり、性格が違ったりする「誰か」が、限界を打ち破るキッカケ、そのヒントを与えてくれるのだ。しかし人生は、そうそう都合よく行かない。「誰か」に巡り会うことは、なかなかない。もし、そうした「誰か」に巡り会えたならば、それは本当に幸運なことだ。

武田との出会いは、榎本にとってチャンスだった。

練習が終わり、榎本はロッカールームに帰ろうとしていた。武田は彼を呼び止める。雑談から始まり、サッカーの技術的な話になる、榎本は何気なく「移籍してきてからサッカーをやっていても、しっくり行かない」ことや「自分が人として迷いの中にある」という話をした。武田は「プレーを見れば、それは分かるよ」と言いたげに、榎本の顔を覗く。

「サッカー選手である前に榎本達也という人間がいて、その人間が大きくならなかったら、どんなに良い選手でも絶対に長続きはしない。だから、普段の生活でもサッカーをやっている時でも、そのことを頭に入れておけばいい」

武田の言葉を聞いた榎本は、「ああ、なるほど」という思いに至る。

「自分がプロである以上、技術だけを磨くのではなく、人間として、人間とはなんぞやということを考えていくことで、メンタルって自然と備わっていくのではと思ったんですよ。いままで技術の向上が大事で、そっちの方ばっかり追い求めていたんだなあって。GKというポジションは、練習の中でも、もちろんピッチの中でも、技術的な部分を突き詰めることは大事ですが、治郎さんは『まず人間としての本質を外したらいけない』ということを常に口すっぱく言っていました」

「いま思えば、横浜にいた時は、いつも自分の殻に閉じこもっていたんですよね。自分の性格を変えなければと、ずっと思っていたのですが、どうやったら変われるのか分からなかった。プライドが高いとか、そういうことではなくて。自分の生き方を変えることが必要だと思っていても、何かを変えることには勇気がいる。いままで正しいと思ってやってきたことを否定してしまうかもしれない。そういう怖さがありました」

「でも治郎さんと出会って、いろいろなことを話されて、治郎さんのあの言葉からなんですよ、全てが変わって見えてきたのは。気付きたいけど、気付かなかったことを気付かせてくれた」

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