川本梅花 フットボールタクティクス

【コラム】ブンデスリーガ再開:ドルトムント率いるルシアン ファブレ監督【無料記事】ジュネーヴ時代の思い出

ドルトムント率いるルシアン ファブレ監督の思い出

2020年5月16日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響下、厳しい対策を講じながら、無観客試合としてブンデスリーガが再開しました。筆者が注目したチームは、ボルシア・ドルトムントとRBライプツィヒ。その理由は監督です。ドルトムントのルシアン ファブレは経験豊富な62歳、完璧主義者として知られています。一方のユリアン ナーゲルスマンは、テクノロジーを駆使する32歳の指揮官です。

ブンデスリーガ再開を機に、ドイツサッカーについて少し話していこうと思います。ここではルシアン ファブレが、どのような監督なのか。セルヴェットFC時代の思い出を記します。

セルヴェットFC時代のルシアン ファブレ

セルヴェットFCとは、スイスのジュネーヴ市をホームタウンにするクラブです。一時期、財政破綻をしてチャレンジリーグ(2部)に降格していましたが、いまはスイス・スーパーリーグ(1部)に復帰しています。ファブレは、2000年から2002年まで、このクラブで監督をしていました。ちょうど筆者がスイスのジュネーヴ大学の文学部言語学科博士課程へ留学していた頃に、ファブレはジュネーヴにあるクラブチームを率いていたのです。2000-01シーズンにはスイスカップの覇者となり、ファブレの名はクラブの歴史に刻まれます。筆者も、セルヴェットのホームゲームは、必ずスタジアムに足を運んでいました。

2003年3月16日のこけら落としとなったセルヴェットFC対BSCヤングボーイズ(筆者撮影)

筆者は、地元紙の『トリビュンヌ・ジュネーヴ』や『ル・トン』のスポーツ欄で、セルヴェットの記事を楽しみにしていました。プレーヤーとして過ごしたセルヴェットに、2000年シーズンから監督として帰ってきたファブレに地元は期待せずにはいられません。そうした期待に応えるように、スイスカップで優勝を飾ります。しかし、そうした栄冠をもたらした喜びとは別に、どこか不安に駆られたことを覚えています。

スイスの一部地域だけでしか知られていない監督が、全国区の存在になってしまった。そうした不安は的中するもので、スイスの中では大きい方のクラブであるFCチューリッヒがスカウティングしてきます。ファブレは2003年からチューリッヒで指揮を執ることとなり、セルヴェットにとって「歴史があっても弱小チーム」という性(さが)から解放された2年間は終わりを告げます。その後のセルヴェットは、フランス代表だったクリスティアン カランブーなど名前の知れた選手を高額の移籍金で獲得したものの、大きな負債を持ってしまい、破産することになります。

当時、2008年のヨーロッパ選手権開催のために新スタジアムが造られました。3万人収容のスタッド・ド・ジュネーヴは、2003年に完成します。こけら落としとなった試合は、セルヴェット対BSCヤングボーイズです。余談ですが、このスタジアムで、スイス代表対フランス代表の試合をコーナーフラッグ近くの席で見て、ジネディーヌ ジダンのCKを目の前で見て感激したことを覚えています。

話は逸れてしまいましたが、ファブレは確実に階段を1歩1歩上がってきました。最初に率いたFCエシャランス(1993-1994)をチャレンジリーグ昇格に導くと、イヴァドン・スポルトFC(1996-2000)の指揮を経て、セルヴェット(2000-2002)にやってきます。彼がジュネーヴのクラブを去ってからも、その動向に注目していました。

チューリッヒ(2003-2007)で監督をして二度リーグ優勝をもたらした後、ドイツのヘルタ・ベルリン(2007-2009)で指揮を執ります。2008-09シーズンは、ヴォルフスブルクと首位争いをしたものの、最後は力尽きて4位でフィニッシュ。ボルシア・メンヒェングラートバッハ(ボルシアMG/2011-15)では、降格寸前のチームを立て直し、2015年にUEFAチャンピオンズリーグ出場を果たします。こうした成績の確実性を担保に、さまざまなクラブから必要とされたのです。

そんな彼に、ユルゲン クロップが去ったドルトムントから声が掛かった。正直言って、この人選には驚かされました。「あの完璧主義者のファブレがクロップの後を任せられたのか」と。

変化するファブレとかつての勢いを取り戻すドルトムント

ファブレのチーム作りの信条は「まずはディフェンスから」。「ディフェンスによってチームがしっかりと築く」ことが、彼の最初の作業になっています。ピッチのリアリストと言えるほど、ディテールにこだわります。どうしたら危険なスペースで相手のチャンスを未然に防げるのかを、対戦相手の試合を何度も見て対策を練ります。これはよく知られた話ですが、若い選手だけでなくベテラン選手にも細かい動き方を指導します。どの方向にトラップをすれば次の動作にスムーズに移れるのか、対戦相手を想定して指導するのだそうです。マルコ ロイスは、「彼の専門知識は確かで人間としても僕が経験した監督の中でも最高です」と称賛するほど信頼。バイエルン・ミュンヘンから復帰したマッツ フンメルスの今季の活躍も、ファブレによる影響力が大きいと思われます。

ドルトムントの監督になって、ファブレ自身にも変化があったと思えることがあります。感情先行派というよりも理性優先派だった彼が、表に感情を出して自分たちの得点シーンにガッツポーズをしている姿は想像もできませんでした。リアリティーあるゲームアイデアを試合に落とし込む理論派監督が、試合後のインタビューで顔を赤らめて興奮して受け答えるシーンなど、「あのファブレか」と思えるほどでした。

ジュネーヴの新聞は以前、「彼が何を考えているのかを読むのは難しい」と評しました。ファブレは「監督は常に誠実でなければならない」という人物です。そうした誠実さを自身に課すからなのか、選手獲得の決定権は全てスポーツディレクターに任せてしまう。「沸き上がらない性格」も、それが「何を考えているのか読めない」という先の新聞記者のコメントにつながるのでしょう。もの静かで控えめ。それがファブレの評価でした。

彼が採用するシステムに関しては、昨季開幕において「4-3-3」を敷いていました。しかし、最終的に「4-2-3-1」に落ち着きます。攻撃の時には「4-2-3-1」で、守備の時にはトップ下が前に出て「4-4-2」になります。今季は、中断期間明けの5月16日のシャルケ04戦でも分かるように、「3-4-3」を採用しています。

62歳の理論派完璧主義者のルシアン ファブレが、バイエルンを追順、リーグ優勝を狙えるクラブを率いていること自体が驚きなのに、再開直後の第26節・シャルケ04戦では4-0という完璧な勝利まで手にしている。長い中断期間を終えて、ファブレとドルトムントが行き着く先はどこになるのか。楽しみで仕方ありません。

川本梅花

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