川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】なぜ田中碧はフリーで久保健英にパスを出せたのか?【戦い方は試合開始10分間で分かる】U-24フランス代表 0-4 U-24日本代表

【コラム】なぜ、田中 碧はフリーで久保 健英にパスを出せたのか?

2021年7月28日、東京五輪の男子サッカー・グループステージ第3戦、U-24日本代表はU-24フランス代表を4-0で破ってノックアウトステージに進んだ。7月31日の準々決勝となる対戦相手はU-24ニュージーランド代表に決まる。

このコラムでは、フランス戦の試合開始から10分までの間に起きたプレーを取り上げて日本の戦い方を分析したい。以下の図は、両チームのフォーメーションを示している。ただし、このフォーメーション図は、両チームの選手をマッチアップさせてはいない。

以下の図が、両チームの選手をマッチアップさせたものだ。

日本のフォーメーション「4-2-3-1」に対してフランスは「4-3-3」で組んでくる。単純に組み合わせだけを見ると、両チームのセンターバック(CB)とFWが2対1の関係になっていることに目が行く。守っている方が数的優位なのだが、どちらのCBがFWに対してケアするのかが大切になってくる。なぜならば、FWがどんな動き方をするかで、CBの守備を不安定にさせることができるからだ。ほかのポジションは、見てもらえば分かるようにマッチアップ状態になっている。例えば左サイドバック(SB)の中山 雄太が前に行けば、対面する右ウイング(WG)のフロリアン トヴァンが中山についていくのでポジションを下げることになる。

スタートフォーメーションは、攻撃時(ポジティブ・トランジション)と守備時(ネガティブ・トランジション)で変化していく。なぜなら、ボールがあちこちに動くので、そのボールの移動に沿って選手も動いていくからである。フォーメーションが変化する過程では、いくつかのパターンがある。そのパターンを読むことから分析が始まると言っていい。

試合開始から10分の間で何が見えるのかを攻撃時と守備時に分けて解説していく。まず、攻撃時の日本のビルドアップから見ていこう。注:()の中の数字は(分:秒)である。

攻撃時(フランスからボールを奪ってからの日本の攻撃)

「ビルドアップ」

GK谷 晃生からビルドアップする際、以下の図のようにCB吉田 麻也と冨安 健洋がワイドに開いて、センターハーフ(CH)遠藤 航か田中が降りてきて3バックを作ってビルドアップを開始する。

「左サイドからの攻撃

日本のボールが右SB酒井 宏樹に渡った時、フランスはボールサイドに全体がスライドした際、左SB中山はタッチライン沿いに張ってボールがくるのを待っている。ボールが中山に渡ると、旗手 怜央が、フランスのSBとCBの間から裏に抜けようとする。中山は早い段階でクロスを入れる(2:23から2:50)。

中山は、なぜドリブルで深く切り込んでいかなかったのか?試合を通して見れば、中山はゴールラインまでボールを運ぶシーンはあまりなかった。つまり、守備7割攻撃3割の意識でプレーしていたのだろう(監督からの指示があったかもしれない)。クロスを早い段階で入れたのは、フランスが得点を奪うために前係になってくるので、前線の選手がGKとDFの裏のスペースを狙う意図がある。 フランスDF陣は、日本が裏を狙ってくるのが分かって、簡単に最終ラインを上げられなくなる。そうなると、前係になって得点を奪いたいフランスの前線とDFの距離が開く。その結果、日本の中盤の選手がフリーでボールを持てるようになる。

左サイドハーフ(SH)旗手にボールが渡される。ゴールライン近くまでボールを運ぶが相手にクリアされる(4:05)。旗手がドリブルで深く切り込めたのは、後ろにいる中山が守備重視のポジショニングをしているから、思い切ってプレーができた。このプレーでフランスのSBは、簡単に高い位置を取れないというイメージを持たせた。

「右サイドからの攻撃」

酒井がドリブルで前進すると、酒井をケアしようとついてきた左WGランダル コロ ムアニにファウルで止められる(6:33)。同じように右サイドからMF久保がドリブルでペナルティエリアに切り込んでくる(8:00)。日本の攻撃が右サイドからも見られた場面だった。

「シュート」

旗手がGKの両手を弾くロングシュートを打つ(7:28)。初めのうちにロングシュートを見せたのは重要なこと。DFが裏に抜けられるという意識だけではなく、バイタルエリアへのケアの意識を持たせた。

センターハーフの価値」

センターハーフは、攻守と守攻の要となる。日本では、遠藤と田中がそのポジションで起用される。フランスは、事前のリサーチで遠藤の動きに注意を払っていたことが、次のシーンで分かる。遠藤がボールを持って駆け上がろうとしたら、対面するアレクシ ベカ ベカがプレスに行く。左WGムアニも追いかけて2人で遠藤の動きをファウルで止める(3:19)。開始すぐに2人で遠藤を潰しに行ったのは、日本の攻守のキープレーヤーだと認識しているからだろう。

守備時(フランスにボールを奪われてからの日本の守備)

「前線からのハイプレス」

日本はこの試合も前線からプレスを激しく仕掛ける。試合開始からFW上田 綺世や旗手は、フランスのCBがボールを持つとプレスに行く。GKまでボールが戻されると、 GKのところまでプレスに行く。その結果、GKポール ベルナルドーニは、両CBがビルドアップしようと両サイドに開いていたのを制止して、ハーフウェーライン近くまで行かせてからロングフィードした(4:37)。日本のハイプレスによって、GKは後ろから繋いでビルドアップすることを止める。ロングフィードが多くなった。

「ディフェンスラインの位置」

前線からハイプレスを仕掛ける日本のディフェンスラインは高く設定している。「高い」の基準は、DFがハーフウェーラインを越えてポジショニングしている状態のことを指す。日本は、GKまでボールを追う守備なので、前線の後ろの選手が前の選手についていかないと、 FWと DFの距離が開くのでディフェンスラインは必然的に高くなる。

「ボールを奪う場所」

ボールを奪うためにサイドにフランスの選手を追い込んで2、3人で囲んでボールを奪う。ピッチの中に相手がいて、1対1になっている時でもボールを奪いに行く守備をする。

「個人守備の技術」

冨安の特に優れた点は「読みの守備」にあると言える。その場面が見られたのは、右WGのトヴァンからFWアンドレピエール ジニャックに出されたスルーパスを、冨安が予測してジニャックに渡る前にインターセプトしたところだ(5:04)。

以上が、試合開始から10分の間に見られた日本の戦い方である。時間が経過して得点が動いてシステムが変われば、それに沿った変容は見られる。ただ、試合開始からの10分間を見れば、そのチームの基本的な戦い方は見えてくる。

なぜ、田中はフリーで久保にパスを出せたのか?

日本の先制点は27分に生まれた。田中がハーフウェーライン付近から縦パスを久保に送る。久保は上田へパスを出すと、ドリブルでペナルティエリア右に行きシュートを放つ。ベルナルドーニにセーブされるが、こぼれ球に詰めた久保が左足で押し込みネットを揺らした。

先制点が生まれたのは、上田のシュートが直接のキッカケになっているのだが、展開の流れを見れば田中のパスが久保に通ったところから始まっている。田中の早く正確な縦パスは、どうしてできたのだろう? 答えは、田中がフリーでボールを持ててパスを出せたからである。問題は、「なぜ、田中はフリーになれたのか?」であろう。

日本のフォーメーションは「4-2-3-1」で、攻撃時には「4-1-4-1」になる。以下がその形を示した図だが、分かりやすくするために選手の並びを整えて示している。この形からボールの移動によって選手の立ち位置も変化する。遠藤が後ろに行くと、田中も後ろに下がってビルドアップに参加する。

ここでのポイントは、久保とリュカ トゥザルの関係である。久保がCBアントニー カーチの前に移動する。CHトゥザルは久保をケアしようついていく。田中は後方に下がって ビルドアップに参加している。久保が移動したことで、フリースペースができる。そこに田中がポジショニングする。後方からボールを受けた時の田中は、まったくのフリーで前を向いて久保にパスを出せた。久保が移動しただけで、フランスのCBとSBとCHの3人がついていくことになった。

日本の先制点を生んだのは、以下の流れがあったからだ。久保が移動したことで彼の横にいたトゥザルがついていく。後方に下がっていた田中は、空いたスペースでパスを受ける。田中は、フリーで久保に縦パスを送る。そのボールを受ける久保は、斜めに走り込む上田にパスを出す。上田は、ドリブルしてすぐにシュートを打つ。GKが弾いたこぼれ球に久保が足を合わせる。久保は、CHにスペースを与えて、FWの動きに沿ったパスを出して、自らすぐにペナルティエリアにポジションを移し、ゴールを決めたことになる。日本の先制点が生まれるまでには、全て久保のプレーが関与していたのである。

川本梅花

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