【サッカー人気3位】トレーニングが見える、リーグ再開・横浜…

「ファジラボ」寺田弘幸

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『いろんな人が涙ぐむような年だったなと思いますね(岩政大樹)』

2016年12月6日に配信

 

――シーズンを終えていまの気持ちは?

「どの敗戦もだいたいそうですけど、一日、二日くらい経ってだんだん悔しさが出てくる。それでもっとできたことがあったなとか思い始めるんで、今はそういうことを考えていますね。と同時に、この年になると二日後くらいに疲れがきますから」

――どっと疲れが出ている感じ?

「そうだね。でも、シーズン終盤は自分の中でも疲れがあったんだけど、プレーオフに入ってからモードに入ったのかどうなのか分かんないけど、アドレナリンが出まくった日々を過ごしてきた。まだそこから抜け切れていない感じですかね」

――こういう結果に終わり、あらためて2016年のシーズンをどういうシーズンだったと思いますか?

「まだ整理するのは難しいけど、岡山の街もすごく盛り上がっていただけましたし、クラブもすごく盛り上がった年だったなと。なんて言うんですかね、いろんな人が涙ぐむような年だったなと思いますね」

――そういう一年を送れたことはすごくこのクラブ、街にとって大きなことだった

「クラブの歴史という意味で考えればね。これまでもこれからも毎年、目標を掲げると思いますけど、それを100%達成できるわけじゃないからスポーツというのは難しくて、だから感動もできる。いつかは達成する年がくるでしょうけど、できる年とできない年があって、そのどちらの経験もしなければできた年も輝きませんから。ただ、まず第一歩として熱くる雰囲気まで持っていかなければいけなかった。強くなっていくクラブにはそれが大前提にあるものだから。そういう面で、今年は本気度とか覚悟っていうのを一段階上に上げることができたのかなと思いますね」

――個人としてプロ13年目のシーズンを振り返ると?

「シーズンの途中までは、自分の13年間の中でもベストに近いパフォーマンスの安定度だったと思うけど、最後の方に二、三個ですけど自分の中で事故があって、それは少し疲れが原因だったのかなという気がしています。フィジカル的というよりもメンタル的な疲れだったのかもしれないけど、その辺は反省材料ですね。そういうことは今までになくてシーズン終盤にだいたい自分のパフォーマンスは高まっていたけど、今年はちょっと自分で過信しすぎなところもあったんだと思う。

今まではシーズン終盤に疲れを溜めていった方がいい感じになっていたけど、年も考えて夏場にもう少し抑えて自分のコンディションを整えることを考えた方が良かったのかもしれない。最後はプレーオフに合わせて整えることができたんで、もう少しうまくコントロールできたと思うし、年齢との関係性のところでちょっと自分を過信しすぎていたのかなと思いますね」

――年齢を重ねることによる肉体的、フィジカル的な変化を感じている?

「どうなんでしょうね。僕はケガをすることがなくて、だいたいみんなはケガから身体の変化を感じて、そこから戻ることに対しての衰えを感じて、やめるっていうことが頭にチラつきはじめるんでしょうけど、僕の場合は幸か不幸かケガがないので。それは客観的に見れば幸せなことなんでしょうけど、僕からすれば分かりやすくやめるキッカケが欲しいですよ(笑)」

――やめるということには、決勝のミックスゾーンでの発言もあって僕らは気を揉んでいる

「盛り上がっているよね(笑)。やっぱりみんなそういう話題が好きだよね(笑)」

――そりゃ気になる

「どうなるんだろうねぇ。ただ、もうこの年になればだいたいみんな単年の契約。ファジに来るときに二年契約したけど、この年になれば毎年状況が変わる中で自分で決断していくことをみんながやっているわけで、シーズンが夏くらいに決してしまえば考える時間もゆっくりあるけど、今年のウチはそういう状況ではなかった。上がるか上がらないかで大きく違う年で、終わるまで考えることなんてできなかったから別に普通のことですよ。

まあ、これからいろんなことに対して急ピッチで頭を回して、どこまで時間を与えてもらえるか分からないけど、二、三週で決めるしかないでしょう。ただ、今はまずいろんな条件を知らないしし、他の選択肢も分かっていない状況なんで、まだ本当に何も見えていない。まず家族との失った時間を取り戻しながら僕の人生の捉え方を考えることになると思います」

――まずは岡山から話しを聞いてみる?

「もちろん。今から話しますよ。ミーティングで社長が来年を満願成就の年にすると言われていましたけど、実際にこのクラブがどのように動き出すのかもまったく知らない状況なんで、まず話しを聞いてからになるし、僕はサッカー選手として契約してもらえるチームがあるんだったら続けていきたいっていうスタイルではない。鹿島を出るときに自分でそのスタイルを選んだし、長く続けたいんだったらもう少しチームの中で薄い存在になっていれば良かったけど、岡山にとっての僕の存在は、自分が望んでやったことでもあったけど、大きな存在になっている。

だから、いるといないでは大きく変化することは自分でもよく分かっているけど、外から見れば離れることに対するデメリットが大きく見えるかもしれないけど、ある面では必ずプラスになる面があるし、プロの集団は特に存在の大きい人間がずっと居座るデメリットが必ずある。それをどう見極めるかですね。自分がいた方がこのチームのためになるのかどうか、それを冷静に考えないといけないと思っています」

――この二年間にかけてやってきて、またもう一回やろうと思うこともかなりのエネルギーがいることでは?

「それも大きいよね。こういう自分のスタイルに後悔はしていないけど、『毎日の練習をしっかりとやって後は監督の判断』みたいなサッカー選手としての生き方を選んでいればどんなに楽だったかとは思う。ただ、それを選ばずに鹿島を出て、その結果、大きな報酬もあきらめて、世間の人たちが考える幸せというものからは遠ざかる生き方をして、どんどん苦しい方、苦しい方を選んでいるけど、それによって何かが得られるという確信の下で生きてきた。もう中途半端な決断はできないような状況に自分で自分を追い込んでしまったけど、まあ、それもしょうがないですね(苦笑)」

――他のJクラブから話があれば聞いてみる?

「う~ん。何か一つで今回の決断をすることはないけど、決断するにあたって一番にあることは自分の生きざま。所属したクラブに対して心からこのクラブのためにと思っている選手ははっきり言ってそこまで多くないけど、自分はすべてを捧げるつもりでやってきた。鹿島で10年間やったこと、タイで一生懸命に一年間やったこと、岡山で二年間やったこと、そのすべてに自分の中では一貫性があると思っていて、それを濁してしまうような決断をするつもりはない。

そうやってきたから今でも鹿島のファンの人たちは僕のことを憶えてくれていると思いますし、後輩たちも僕の話しをしてくれる。自分の生き方のベースはそこにあるから、そこから外れる選択はしないでしょう。ただ分からない。自分がやってみたいと思うことだったらその中に一貫性も見えているはずだし、まあ、この仕事は相手方がいないとどうすることもできない仕事だから」

――難しい決断になることはよく分かった

「まあね。でも、そもそも僕の人生においてサッカーはすべてのものではなくて、一番は家族なんですよ。タイに行く、岡山に行く、ということは家族と離れるということで、それをあえてしてでも自分の挑戦があると思ってやってきたけど、もうそれを三年間もやっている。一番大事な家族と離れてまでやってこれたのは、自分の中で期間限定という気持ちがあったからでもあるわけです。サッカー選手としてということもあるけど、一人の人間としてどう考えるか。

それと、決勝が終わって僕の去就に対しての報道があってから多くの反響があって、いろんな方があたたかい言葉をかけてくださっていて、自分の生き方としてそれを反故にはできないというのもある。そういうことも含めて考えることになるけど、特に大事なのは家族とこのクラブにいる選手たちで、僕がどういう選択をすることがこのクラブにいる選手たちが結果的にいい方向に行くのか。それ次第になると思っていますし、その答えは家族と過ごしていたらいつか出るんじゃないかなと思っていますね」

――その答えは出るもの?かなり難しいと思うけど

「自分の中で出るその答えは、そんなに間違ったものじゃないと思いますよ。鹿島を出るときだって、周りは『まだ早い』『まだやることがある』と言っていたけど、鹿島は今年、ちょっと時間はかかったかもしれないけどタイトルを獲った。あのときの僕の選択によって昌子とか植田、遠藤、柴﨑、西たちに少なくとも自覚というものを生み出すことはできたと思うし、もし僕みたいにうるさいヤツがまだ上にいたら彼らはあそこまでできなかったと思う。良い面、悪い面もちろん両面があるんだろうけど、そういうことの見極めができる人間だと自分では思っていて、自分がどう生きていこうってこともあるけど、周りの人間にどうなってほしいを考えていくと自然と見えてくるものなんじゃないかと思っています。

僕がこのクラブから出ることを選んだときのことを想像してみると、来年に僕がいない状況で開幕すれば周りは不安だと言うでしょう。そうすれば、僕がいるときよりも一人ひとりがプラスアルファのことをやらないといけないってなる。そういうものがどんどん大きくなっていけば、僕がいるよりも一人ひとりが大きくなっていくかもしれない。ただ、まだ僕がいてうるさく言わないといけない状況なのかどうなのか。それは僕も彼らと二年間一緒に練習してきて見えているものがあるし、僕がずっとうるさく言いながらやってきて、みんなの中でどこか飽きているというか、そういうものも感じていると思う。モウリーニョとかグアルディオラもそれくらいのスパンでチームを変えていくけど、そういうもので二年経ったらまだやれることはほとんどないんですよ。

だから、いるとしても何か変化を起こさないといけないんだけど、僕はどっちにしてもプラスアルファが出ると思っていますけどね、ここまでチームが作られていたら。だから、周りが言うほど僕がいるいないでガタガタしないと思っています。僕がいなくなれば自然と俺がやらなきゃってっていう状況がいくらでも生まれてきて、『大樹さん、どうします?』っていう状況じゃないので彼らが考えて行動を起こしていかないといけない。そうなったときに彼らは僕が二年間やってきたことを見てきたから、『大樹さんがああしていたから俺も同じようにやってみよう』とか、『大樹さんがああしていたけど俺はこうしてみよう』とか、そういう風に必ずなっていく。それが積み重なってチームのDNAになっていけばいいと思って僕はやってきましたし。まあ、こうやって長く話したけど、まずクラブがどう考えているかを聞いてから。今から話しを聞いてきますよ」

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