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「ファジラボ」寺田弘幸

【過去の人気記事を無料公開】/【豊川雄太インタビュー】『岡山弁からフランス語。「じゃろ、じゃろ」から「ボンジュール」です(笑)』

過去の人気記事を無料公開していく企画。第六弾は、豊川雄太のインタビュー記事です。

2016年からファジアーノで2シーズンをプレーした豊川雄太は、2018年1月にベルギーへと旅立ちました。そして、所属したKASオイペンを1部残留に導いて街のヒーローになる活躍を見せ、夏に帰国した際にインタビューに応じてくれたときのものです。

岡山に来て最初に言葉を交わしたときから彼のバイタリティに驚かされてきましたが、今回インタビューをさせてもらってあらためてチャレンジすることの醍醐味を感じることができました。

「そりゃ行くでしょう!」って飛び込んでいける彼の行動力を少しでも見習っていきたいものです。


『岡山弁からフランス語。「じゃろ、じゃろ」から「ボンジュール」です(笑)(豊川雄太)』

2018年6月11日に配信

今冬にベルギーリーグのKASオイペンへ移籍し、最終節でチームを1部残留に導く大活躍を見せて街の英雄になった豊川雄太。欧州一年目のシーズンで公式戦12試合出場7得点の立派な戦績を残してシーズンオフに岡山に戻ってきていた豊川に、話を聞くことができた。


 

――シーズンが終わって帰国してからは岡山に戻ってきて充実した時間を過ごしているみたいだね

「そうですね。ファジアーノに育ててもらいましたし、挨拶に来たいと思っていたんです。テツさんやミツさんをはじめ選手、スタッフに結果報告をできたのはよかったですし、10日くらい岡山にいましたけど、グラウンドやクラブハウスを貸していただいて練習もさせてもらった。それは当たり前のことではないですから、本当に感謝しています。やっぱりファジアーノは温かいですよね。それは僕が3年前に初めて来たときからずっと変わらない。なので、なんだかんだで岡山に足が向かっちゃうんです(笑)」

――ファンの方々と触れ合う機会もたくさんあったみたいだ

「そうですね。トークショーをやらせてもらってファン、サポーターの方と触れ合う機会を作ってもらうことができました。岡山を去るときには何も言えずオイペンに行っちゃいましたから、何かしら交流できたらなと思っていましたし、ファン、サポーターの皆さんと一緒に話せてよかったです」

――オイペンへの移籍はかなり急に決まったんだよね

「でも即決でしたよ。迷う必要はなかったですから。昔から海外に行きたかったですし、本当に急に決まったんですけど、行かないっていう選択肢はなかったですね。そりゃ行くでしょう!行きたいのに行けないっていう人がいっぱいいる中で、運もあってそういう話が来たら、そりゃ行くでしょう」

――そりゃそうだけど、いきなり飛び込んでいく決断は簡単にはできない

「まあ、慣れるまでには少し時間がかかりましたよ。文化も違うし、景色も環境もぜんぜん違いますから。慣れるまでの時間は必要でしたけど、慣れれば何とかなるんやなって今は思いますね。もう今はぜんぜん苦に感じることはないですから。日本人が誰もいない中で言葉はぜんぜんしゃべれなくて、いろんなところで日本では当たり前のことが当たり前じゃない。食事の時間帯も遅くて夜はだいたい20時を過ぎになるんですけど、環境が変わるっていうことはそういう生活のリズムから全部が変わっていくってことですし、慣れていこうと思えば慣れていきますよ」

――チーム内での言語は英語?

「フランス語なんですよ。岡山弁からフランス語。『じゃろ、じゃろ』から『ボンジュール』です(笑)」

――(笑)。まったく分からないのでは?

「まったく分かんないですよ。だって僕は英語もゼロの知識で行きましたからね。でも半年どうにか持ちましたし、なんとかなるもんですよ。でも、こっからはまず英語から真剣に勉強していこうと思っています。やっぱ、サッカーだけなら何とかなるかもしれないけど、いろんな人と出会って会話できた方がいいじゃないですか。せっかく向こうで生活できるんだから、いろんな人たちと交流するためにも言葉を勉強していこうと思っています」

――オイペンという街は本当に小さな町なんだよね

「めっちゃ小さい街ですよ。1万8千人くらいしかいないんですけど、本当に温かい街ですね。なんかファジに似ている感じもあります。負けてもサポーターからブーイングってことはないし。ただ、お年寄りの多い街ですけど、サッカー文化が根付いているっていうのは感じますね。ヨーロッパは全部がそうなんだろうけど、小さい子からおじいちゃん、おばあちゃんもみんながサッカーを観に来ているし、そういうのはいいですよね。活躍した後からは街を歩いていてもすごい声をかけられるようになって、帰国する前くらいからちょっと落ち着いてはきましたけどね」

――あの最終節の3ゴール1アシストの活躍はすごかった。映像を見ていても鳥肌ものだったよ

「いや~、ほんとたまたまですし、もしあの試合で活躍できなくてシーズンが終わっていたらと思うと本当に怖い。プレーオフもなかったし、そう考えると本当に怖いですよ」

――あの試合で本当に自分でいろんなものをつかみ取ったけど、自信をもってピッチに立てる状況になっていたの?

「そうですね。あの試合の前からマケレレ監督がけっこう信頼して使ってくれるようになっていて、あの最終戦が4試合目くらいの途中出場でしたし、それまで点は取れなかったんですけど、自分の中ではすごくいい手応えを感じていたんですよ。なんで自信がありましたし、ピッチに立つときはなんかやれそうだなっていう雰囲気を感じていましたね」

――日本にいた頃とプレースタイルは変わっていない?

「日本にいた頃より相手をよく見るようになりましたね。相手のことを見てどうやって逆を突くかってことに力をかなり使っています。めっちゃ食いついてくるんで相手の前で受けたらつぶされるけど、逆を取って裏に抜ければけっこうフリーな状況でもらえるんですよ。だから、そこに神経を注いでプレーしていますね」

――プレーオフでは1トップでプレーしていたんだよね

「そうですね。監督が1トップに抜擢してくれたんですけど、すごく楽しいですよ」

――一番前にはターゲットになる選手がイメージがあるけど

「だから僕も1トップをやるようになるとは思っていなかったですけど、今はサイドよりも1トップの方が好きですね。ボールも来るし、チャンスも増えますからね」

< 続 >

(2)『サッカーが終わったら一日が終わるっていう感覚だったんで、もうとにかく練習を必死でやりましたよ』
*申し訳ございませんが有料になります*

 


追記

このインタビューの後にベルギーへ戻って2018年-2019年シーズンを戦った豊川雄太は、リーグ戦28試合に出場して7得点をマークしました。彼が理想に掲げていたようなステップアップはできなかったかもしれませんが、このシーズンでもチームの1部残留を決めるゴールを決めた豊川に対して、地元紙の『グレンツ・エコー』は「アリガトウ、ユウタ。オイペンを残留という目標に導いたのはまたしても日本人アタッカーだった」と報道しています。

そして、2019年-2020年シーズンもKASオイペンに所属して3年目のシーズンを戦っていた豊川は、2019年末にってC大阪への移籍を発表しました。オイペンに、ベルギーに、確かな爪痕を残して3年ぶりに日本へ戻ってきましたが、この決断を彼はどんな想いで下したのでしょうか。

2月、キャンプの取材で宮崎を訪れていた僕は、豊川と会うことができました。残念ながら挨拶を交わすぐらいしか時間がなかったのですが、相変わらず元気いっぱいだったことをお伝えしておきます。またゆっくりと話す機会もあると思いますので、そのときに彼の言葉をたっぷりと皆さんにお伝えできればと思います。

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