【サッカー人気4位】【J2箱推し宣言!終盤戦スペシャル】昇…

「ファジラボ」寺田弘幸

【無料】『純粋にサッカーが大好きな選手だった』/【いつかまたどこかで】

12月31日、椋原健太はプロサッカー選手を引退することを発表した。まだまだプレーできると思うから本当にもったいないなって思うけど、2020年の最後に政田で話しを聞かせてもらったとき、彼は「自分の中で一区切りついちゃった感もある」って話していた。聡明な彼なら後悔するような決断はしないだろうし、引退後もしっかりと自分を持って彼らしく歩んでいくんだろう。

ちょうど3年前、椋原がファジアーノに加入したばかりの頃にインタビューをさせてもらったことがある。

FC東京でプロのキャリアをスタートし、ファジアーノでこれから11年目のプロ生活を歩みはじめる椋原に、これまでのキャリアを振り返ってもらった個所を抜粋しよう。

――プロとして過ごしてきた10年間はどんな10年間でしたか?

「振り返ると苦しい時期もありましたけど、それでもやり続けてきたことには自信を持っています。どんなときでも全力でやってきたし、だからここまでやって来れているのかなと思っていますね」

――椋原選手がサッカー選手として大事にしてきたことってどんなことですか?

「どんなときもやり続けること。やり続けていれば何か起きると思ってやってきたし、見てくれている人は絶対にいると思ってやり続けてきました。それができなくなったときに自分は終わるんだろうなって思っていますから、これからも続けていきたいなって思いますね」

――どんなときもやり続けられるモチベーションになっていることは?

「なんなんですかね。ずっとサッカーをやってきたし、僕は3日間サッカーをやらないとちょっときついんですよ。けっこうオフも走る方だし、やんなかったらどうなるんだって逆にすごく怖く思いますね」

 

そういう話を聞いて、僕は純粋にサッカーが大好きな選手なんだなって思っていたから、公式サイトに掲載されたコメントの中に「サッカーに出会えて本当に幸せでした」っていう一文を見つけたとき、とても彼らしいなと思った。

誰しもいつかは選手を引退する日が訪れる。そのとき、どれだけの選手が「サッカーに出会えて本当に幸せでした」って言えるんだろう。僕は決して多くはないんじゃないかと思う。

椋原がプロのキャリアをスタートした地点は日本最高峰だったから、夢が叶わないことを自分で受け入れた瞬間が何度もあったと思う。それはとてもツラいことだったと思うけど、彼は全力でやり続けてきたから、今「幸せでした」って言えるんだろうね。そんな椋原をカッコいいなと思うし、羨ましくも感じる。

これから椋原はどんな道を歩んでいくんだろう。サッカーが大好きなんだし、起こっていることをしっかりと理解している賢い選手で、言葉で伝えるのも上手だったから、指導者はとても向いているんじゃないかなと思うけど、いずれにしてもしっかりと地に足をつけてこれからも歩んでいくに違いない。

加地亮から引き継ぎ椋原健太が背負ってきたファジアーノの背番号21は、彼らみたいに『ピュア』にサッカーと向き合える選手に背負っていってもらいたい。

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