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「ファジラボ」寺田弘幸

【無料】【子供たちに夢を!】『サッカーライターになりたい!』【ファジアーノの話をしよう】

2009年にJ2に参入してから、2021年で13年目のシーズンを迎えます。
ということは、2009年に生まれた子たちが今年で12歳になります。8歳だった少年少女が二十歳になるんです。
(まだ20代だった寺田も、今年で41歳になります。。。)

時が経つのは恐ろしく早いものですが、言いたいことはそういうことではありません。

『子供たちに夢を!』という理念を掲げて活動してきたファジアーノは、子供たちに夢を抱いてもらうことができているのでしょうか?
ここで今、考えてみたいと思ったんです。

2020年をもってファジアーノを去ることになった三村真が、こんなことを話していたことも、この企画を思い至る要因になりました。
「『子供たちに夢を!』っていうのがファジアーノにとって本当に一番大事なことだと思うけど、そこを本当にやれているのかって言われると、今年のチーム(2020年)は胸を張ってやれていると言えるチームではなかったと思う。そこを選手もスタッフもみんなで強い想いを持ってやってほしい」

でも、『子供たちに夢を!』って何なんだろう?
どうやって考えていけばいいのかわからないので、子供だった頃にファジアーノとかかわりをもってきた人々に直接話を聞かせてもらうことにしました。


(左上)2011年にもらった下敷/(右上)川原周剛選手のサイン入りTシャツ/(下)スタジアムであったサッカー検定の検定証

『サッカーライターになりたい!』

 

難波拓未

岡山市に生まれて小1のときにサッカーを始めた少年は、岡山市の小中高に進学してボールを蹴り続けた。ファジアーノの選手たちのプレーを真似しながらプロサッカー選手を夢見て青春時代を過ごした難波くんは今、大学生になってサッカーライターになることを夢見て活動を続けている。

note 『たくみ/大学生サッカーライター』
Twitter  @Soccer_Writer

 

キッカケはお父さん

小1の終わりくらいにサッカーをはじめた僕に、お父さんがプレーの参考になればいいんじゃないかと思ってファジアーノの試合に連れて行ってくれたんです。

初めてスタジアムに行ったのはJFLのシーズンが開幕したばかりの頃だったと思います。夢パスを申し込んで家族4人で桃太郎スタジアムに行き、公園でお父さんとボールを蹴ったりしながら遊んだ後にメインスタンドでサッカーボールを抱えながら試合を観たことを覚えています。

当時は選手のことをぜんぜん知らなかったですけど、うまいな! 強いな! って感じながら必死でボールを目で追いかけていました。それがすごく楽しくて、帰り道で『また観に行きたい!』ってお父さんにお願いしてましたね。それからは土日に練習がない日にはファジアーノの試合を観に行くことが習慣になっていったんです。

家族で通ったスタジアム

2012年くらいまでは毎年、夢パスを発行して家族で観に行っていました。だんだん充実してくるファジフーズも楽しみでしたし、キックターゲットがあったりドリブルのスピードやキックのスピードを計ってくれるゾーンがあって、そこで検定証をもらったこともありました。あのときはうれしかったですね。家を探したら大事にしまっていましたから。

僕は小林優希選手が好きでした。キックがすごくてテクニックがある選手でしたし、僕もけっこう身体が小さかったので目標になる選手だなって思っていました。自分は右利きなんですけどね(笑) 小林選手のキックの蹴り方を真似てよく練習してました。

中学生になると部活が忙しくなって観に行くのは難しくなってしまったんです。スカパー! には入っていなかったので試合を見ることもなくなって、ニュースで試合結果を確認するくらいになったんですけど、相手にすごい選手が来たときは観に行っていましたね。ガンバ戦もセレッソ戦も行きました! そういうときはお父さんがずっと前から誘ってくるんです(笑)

あっ 高校のときにボールパーソンをしたこともあるんです。片山選手がロングスローを投げていたときだったんですけど、選手たちの『この試合に全てを懸けている』っていう気迫を感じて僕も興奮しましたし、プロの選手たちのスピード感はすごかったです。こうやって思い出していくと、僕は本当にファジアーノからたくさんの刺激を受けながら育ってきたんだなって思いますね。

サッカーが好きな気持ちはずっと変わらない

自分はボールを蹴るのが大好きで、キックの練習をよくしていました。狙い通りにパスを通せたりアシストができたり、そういうときがすごくうれしかったんです。小学生の頃はチームも強くて県大会も勝ち上がったりしていましたし、その頃は自分もプロになりたいっていう気持ちがあったんですけど、徐々に現実を知ったというか(苦笑) 線が細かったのでスタミナをつけることやキックの精度を上げることにこだわって練習していましたけど、中学の高学年になった頃にはサッカー選手になれないことが何となくわかってしまいました。

でも、サッカーを好きな気持ちは変わらなかったです。というか、ずっと生活の一部にサッカーがあるんです。サッカーをテレビで見るのも好きですし、サッカーの漫画や小説も読みます。選手の自伝も読みますし、ファジアーノが特集された号の雑誌も買っていました。今も大学でフットサル部に入っていて、みんなでボールを蹴る時間がすごく楽しいです。

サッカーライターになりたい!

高3の夏に部活を引退して受験勉強に切り替える時期になったとき、勉強をする合間に心のゆとりを持てる時間が欲しいなと思って、サッカーに関する本をすごく読むようになりました。そのとき、木崎伸也さんの『サッカーの見方は1日で変えられる』っていう本に出合って、今までとはぜんぜん違うサッカーの見方ができるようになったんです。その本を読んで自分のサッカーの見方が劇的に変わったので、自分もライターになって「サッカーの面白い見方があるよ」「いろんな見方ができるよ」ってことを多くの人に伝えられたらいいなと思うようになりました。

それで2019年の3月から『note』に大好きなファジアーノの記事を書き始めるようになったんです。ファジアーノの試合を観るとき、勝利を目指して応援しながら観るのはもちろん楽しいんですけど、サッカーって本当にいろんな見方ができると思うんです。僕は「こういうポジティブな部分もあるよ」っていうことを少しでも感じてもらえるような記事を書いていきたいと思っていますし、大学に通う間もいろんなことに挑戦してサッカーライターになれるように頑張って、いつかはファジアーノを取材できるようになりたいです。

〈 了 〉

 

難波くんにインタビューしてもらいました!
寺田がサッカーライターになった経緯などをお話させてもらっています。
ぜひご覧になってみてください。

note『たくみ/大学生サッカーライター』
『サポーターからサッカーライターに(前編)』インタビュー 寺田弘幸
『サポーターからサッカーライターに(後編)』インタビュー 寺田弘幸

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