石井紘人のFootball Referee Journal

無料:【石井紘人コラム】審判を笑うものは審判に泣く

世界最速でのW杯出場。

それだけを聞くと、予選を圧勝で突破したように思えるが、実際は数字以上に苦しいものだった。

W杯出場をかけたアウェイのウズベキスタン戦は1点差でのギリギリの戦い。ホームでのカタール戦は苛々を募らせる引き分けと、格下相手にかなりてこずっていた。違う組では韓国、北朝鮮、サウジアラビア、イランが取りこぼしのできない勝負をしている。

 

もし、日本がそのグループだったらと考えるとゾっとするし、ウズベキスタンとカタールに敗れていたら、アウェイでオーストラリアとW杯をかけて戦わなければいけなかった。それを乗り切る力があったかといえば微妙なところではないだろうか。

しかし、その状況に追い込まれていたら、日本は苦戦したエクスキューズをこう切り出しただろう。

 

「中東の笛にやられた」

 

ウズベキスタン戦後、決勝点を挙げた岡崎慎司と同じくらい注目された人間がいた。中村俊輔や長谷部誠ではなく、彼らにカードを与えたバスマ主審だ。

立ち上がりこそしっかりとしたレフェリングをしていたバスマ主審だが、後半になるとフィフティフィフティの判定がウズベキスタン寄りとなっていたのはあきらかだった。

 

89分。左サイドでジェパロフに対応した長谷部が、ひじ打ちをしたとの判定で退場処分に。日本代表に関わる全ての人たちの、審判に対する怒りは頂点に達した。当然のように翌日の報道でも不可解判定の代表例としてこのシーンがとりあげられた。勝ったのにそうなのだから、負けたら「中東の笛」と言われるのは容易に想像できる。

 

しかし、実はこの長谷部への判定自体は誤審とは言い切れない。

Jリーグ開幕前に行われた日本サッカー協会の審判委員会による、メディア向けの判定基準講習会。そこで小幡真一郎チーフレフェリーインストラクターは「FIFAから肘を使ったファウルは厳しくとるように通達があった」と教えてくれた。

 

そのとき、今回のケースを想定していたかのようにメディアから「肘が当たらなかったらどうなるのか」という質問が挙がった。

その答えは「当然、カードを出します。肘を出して、当たらなかった。だから問題ないとはいかない。選手の安全を守るためにも、そういった行為と判断した場合はカードを出します」というものだった。

 

このことをふまえると長谷部の退場は受け入れなければいけない点もある。
判定は主審の目にどう写ったかが基本となる。長谷部に意図はなくとも、バスマ主審が【粗暴な行為】と判断すればカードが出てしまうプレーだった。仮に、もし日本選手が逆にあのプレーをされていたならば、「肘打ちじゃないか。退場だろ」という声が挙がっていたとも思う。

 

バスマ主審が良いレフェリングをしていたとは思わないし、雰囲気に影響されてしまったのかウズベキスタン寄りに見える部分もあった。しかし、カードの基準などの大きな判定はしっかりしていた。カタール戦でズブヒディン主審がとったPA内での中澤祐二のファウルも同じように妥当な判定だった。

 

アジアのレフェリーのレベルは確かに低い。だからと言って、必ずしも判定が全て間違っているわけではない。日本サッカー界全体が、自国に不利な判定を下したレフェリーを非難していては、いつまでたっても審判文化は根付かないし、タフな選手は育たない。反省すべき点はしっかりと反省するべきだ。

 

「●●を笑うものは●●に泣く」

という言葉があるように、ルールを見ずに審判を下に見たり、敵視する行為を繰り返しては、フットボールから取り残された衰退した国になってしまう。

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