石井紘人のFootball Referee Journal

連載①種をまく指導者:坂本康博

400人はいるんだよなぁ」

 

切子グラスに入った淡麗な日本酒が空になった。

 

400人―

 

大阪体育大学総監督である坂本康博の教え子が、教員になった数である。

 

Jリーグ創設と共に、大学サッカーの役目は終わったというサッカー関係者がいた。曰く、「今までは高校サッカーを終え、大学に進学し、そして日本サッカーリーグでプレーするという流れがあった。けど、今後は、大学という“回り道”をせず、高校卒業後、プロとしてプレーできる環境ができた」。

そのサッカー関係者が予見した通り、多くの才能ある選手たちはJリーグに流れた。小倉隆史、城彰二、中田英寿など、高校を卒業したばかりの選手たちが、Jリーグのピッチで輝いた。

「大学サッカーは焼け野原のような状態だった」と大学サッカー関係者は振り返る。

 

だが、坂本はブレなかった。

 

「俺たちはプロだけを育てているんじゃない。指導者も育てるんだ」

 

大学サッカー連盟が「大学サッカーの役目はプロ選手を育てる」という一文を掲げようとした時には疑問を呈した。もちろん、坂本は多くのJリーガーを輩出してきた。しかし、その事実より、400人の指導者たちが巣立ったことが誇らしい。

 

「その指導者になった生徒が、俺をどう思っているかは分からん。俺とは違う指導をしているかもしれない。けれど、サッカー指導者になったっていうのは、何かしらを感じてくれたわけだ。そういう指導者を見て、彼らが選手を育て、たとえば高校サッカー選手権に出てきた時とかは、カミさんと乾杯するな(笑)」

 

だから、坂本は勉学に励まない選手を試合に出場させない。教育実習を何より優先させる。ゆえに、プロ同様にサッカーに専念しているチームに勝てないこともある。

 

「いや、それを言い訳にするつもりはない。それは毎年分かっていることだから。」

 

そんな坂本率いる大体大が、24年ぶりに関西学生サッカーリーグ制覇をした。

 

「(制覇できる)予感もなにもないよ。ウチが良かったというより、阪南(大学)がコケたな。もちろん、GKが育ってきたとうのはある。失点もかなり少ない。

2トップもいいから、流れが悪くなった時に、手を打つ必要がない。(澤上)竜二がありえん所からシュートを決める。そうなると流れが変わる。

守れるし、俺がどうこうではなく、流れも変えられる。そういう強みはあったかもしれない。」

  

坂本の試合後の記者とのやり取りはルイス・エンリケやハビエル・アギーレと同じ臭いがする。一答。育成年代の監督の中には雄弁な方も多くいるが、それを好まない。聞かれたことに誠意を持って端的に答える。そういったオーラからか、他の大学の監督のように記者に囲まれることは稀だ。たいていは私が話をしている所に記者が恐る恐る訪れる。最近では私が記者のいそうなエリアに坂本を連れ出すくらい。それでも寄ってこない。後々、記者が坂本の場所にやってくる。夏嶋隆は「なんで一度に取材せんねん」と笑っていたが、記者の気持ちも分かる。ルイス・エンリケやハビエル・アギーレの元には私だって行き辛い。それでも坂本は嫌な顔をせず答える。例え何度同じ質問をされても。そんな坂本の試合前に興味を持った私は、ラウンジに移動した所で学生マネージャーに訊いた?

「試合前の先生って、マネージャーから見て、どんな感じですか?」

 

「試合前は本当にいつもと変わらないです。ただ、トーナメントの方が、リーグ戦よりピリピリしているかもしれない。」

 

「それは、あえてやっているんですか?」

 

「いや、意識的にではない。ただ、トーナメントという舞台だと、勝負事だから、そうなるんだろう。試合前にはポイントしか言わない。怒ったりしてモチベーションをあげるとかはないな。若い時はやったけど。いまは、練習ですべてやってあるから、ポイントだけ言って送り出す。ハーフタイムにはネガティヴなことは言わない。たとえば、右を突破されていても、防げばチャンスになるっていう言い方するな。」

 

「マネージャーから見て、怒っていたこととかもない?」

 

「ないですね。試合中にたまに言うくらいです。それ以外はいつもと同じです。僕らが気にするのは、先生がボードを見た時です。それは、先生が選手交代を考え始めた時だから、すぐにメンバー表名前を書けるようにします。やっぱり、交代するっていうことは、何かあるっていうこと。ちょっとでも遅れると命取りになるかもしれないですから。」

 

「じゃあ、監督として、痺れる場面ってどういう時ですか?」

 

「選手交換が決まった時は痺れるっていう表現かもしれない。けど、送り出した先発メンバーがうまくいくのが一番痺れるな。」

 

「試合前に悩む監督もいるじゃないですか。シーンは違いますけど、岡田武史さんが、ジョホールバルで輪から離れて考えていた。あれは特異なシーンですけど、「全部やったか」「これでいいのか」という監督の悩みってあると思うんです。」

 

「俺はないな。悩んでも仕方がない。この後にはすべてが決まるんだし、その日までに出来ることは全部やった。というか、最善ってないんだよな。サッカーに。やったって足りない。だから、そのことを考えても仕方がない。」

 

「先生は、いつオフに切り替えるんですか?」

 

「俺にシーズンオフはないよ。大会が終わった瞬間に次が始まる。夏(嶋隆)さんからも電話がかかってくるしな。休む暇なんてないよ。」

 

「先生のなかで、印象に残った選手って誰かいますか?今年でも、過去でも。」

 

「今までに良い選手はいっぱいいた。育ったので言えば西村(昭宏)や松井(清隆)。彼らがW杯予選で負けてしまって、二日にわたって飲んだのは、今でも鮮明に思い出せる。

それよりも覚えているのは、育てられなかった選手たち。3人いたんだ。」

 

ワイングラスに注がれた白ワインをクッとあおった。

 

「一人は、メンタルに問題があった。残りの二人は家庭環境があってな・・・。

けどな、それでも俺はスカウトしたんだ。ということは、俺の指導に問題があった。

俺は人間を育てているとは思わない。そんな偉そうなことはよう言わん。俺はタバコも吸うし酒も飲む。けど、サッカーという枠での約束事は守っているつもりだ。だから、サッカー人としては育てようと思っている。」

 

二本目の白ワインが空き、丑三つ時になった頃、坂本に訊いた。

「じゃあ、四日後スタートのインカレは優勝ですかね?」

この質問にのってこないことは分かっていた。ただ、この言葉にどう反応するのかを見てみたかった。

「そればっかりは勝負事だから分からんな」とはぐらかす坂本は、勝負師の顔をしていた。

 

 

□新潟経営大学戦

「まずいな。浮き足だってるな。」

アグレッシブにも見える立ち上がりのディフェンスに、坂本は懸念を抱いていた。

大体大は、立ち上がりからディフェンスラインをあげ、相手コートに10人入る時間もあった。主導権を握るための策かと思ったが、「いや、あれは違うんですよ」と坂本は言う。

 

「相手は2トップとオフェンシブの中盤がバックの裏を狙ってくる。そこは注意しないといけないとは言ったけど、やはり選手たちは(新潟経営大学の試合を)見てないからね。10番、11番と9番、5番はかなりスピードがある。そこに14番も絡み、飛び出してくる。3枚ではなくて、4枚から5枚が出てくる。けど、選手たちは試合を見てないからそれが実感としてない。攻撃に重心が行き過ぎていた。」

 

それでも、リズムを掴んだのは大体大だ。

それは、FWの伊佐耕平の働きによる所が大きい。

澤上竜二が生きるのも、伊佐の衛星的な動きがあってこそ。浦和レッズでいう興梠慎三の役目を担っている。その伊佐が、ファーストコンタクトで相手を完全にコントロールしたように見えた。

 

「縦に仕掛けた時に、思ったよりも当たってこなかったし、スピードもないなと感じたんで、今日は、こっちサイドのサイドバックのところは仕掛けようと思っていた。スピードは人よりあるんで、動き出して良い状態で受けて、そこから無駄なフェイントとかはせず、シンプルにスピードで行って。体の当て方は、大体大のトレーニングの特徴なんで、最近、やっと試合で出るようになってきた。」

 

伊佐は相手守備陣を翻弄するものの、得点が生まれない。そして、危惧していたミスが起こる。

スローインからのボールをコントロールできず、裏に流してしまい、新潟経営大学に先制点を奪われてしまう。

ここから、「皆がちょっとずつ焦って」(伊佐)しまい、リズムがイッキに悪くなる。

 

特に守備面が関西リーグのように機能していなかった。ファーストディフェンス後が続かず、ずるずると下がってしまう。ほぼフラットな442のなかでアンカーを務める國吉祐介は振り返る。

 

「こちらがロングボールを蹴った時には、蹴った分だけ、ラインを上げないといけない。下げる時もそうですけど、そこをサボらずにやらないと、チームが機能しない。それが、初戦ということで、チーム全体にも緊張があったと思うし、マイボールの時間も少なかったと思うんで、そこで自分もディフェンスのことばかり考えてしまって、ラインを下げる形ばかりになってしまった。」

 

すかさず、坂本はFWと両サイドに指示を送る。

 

FWには苦しいだろうけど、プレスバックしようと。両サイドには時間をかけてクロスを上げているようではダメだと。相手のセンターバックは高さがある。だから、仕掛けてゴールを狙うのか、クロスを上げるのか、はっきりしろと。ボールを持ちすぎてしまっていた。」

 

修正を受けた両サイドは活性化し、35分には右サイドから崩し、決定機を作るがGKに防がれてしまう。

 

「点をとったら、絶対に流れは変わる。中盤でむやみに繋ぐのではなく、とにかく簡単にやれ。」

 

大体大は、ボールを奪い、前線にシンプルに送って“競りにいく”のが特徴だが、新潟経営大学のプレッシャーが緩いこともあり、中盤やディフェンスラインが横パスを多用してしまっていた。

 

「その間にブロック作られて、僕と竜二の所が固められていた」(伊佐)

 

そこを坂本は整理し、「持てても一発目はシンプルに縦に速く入れよう」と選手たちを送り出す。そして53分、セットプレーから澤上がゴールネットを揺らす。

 

「竜二か伊佐が点を取ったら流れは変わる」

坂本の予想通り、ここから試合は大体大のペースに。終わってみれば41の圧勝。後半は完全に大体大の試合で、ノーチャンスだった。

『スピードと突破力を生かした攻撃。大体大は運動量も豊富』というのがJUFA評だが、その通りだった。

 

試合後、“関西の怪物”と言われるハットトリックの澤上に取材が集まったが、この試合の影のMVPは間違いなく伊佐だった。とは言え、FWである以上、伊佐も澤上のように得点は求められる。

 

「伊佐君は、興梠選手に近い動き出しや体の当て方が出来ますよね。ただ、それだけじゃなくて、プラスアルファで得点は絶対に必要とされると思いますが、得点に対する意識って、どれくらいあるんですか?」

 

「練習中は、シュートとか思っているより上手いんですけどね」

 

「(笑)」

 

「試合になると落ち着きがなくなるんですよね。綺麗なゴールを狙うとかはなくて、キーパーのこぼれ球とか、相手に当たったボールのこぼれ球とか、そういうのを貪欲に狙っていけたらいいなと」

 

「得点王は狙わない?」

 

「なれればなりたいですけど、得点に絶対的な自信があるわけではないんで、チャンスがあれば。一点ずつ積み重ねていきたいです。」

 

トーナメントでは“ブレイク”する選手が出てきたチームが強い。日本代表でいえば、2006年にはおらず、2010年には本田圭佑がいた。伊佐は、そんな“ブレイク”する選手になりそうな気がする。

それは、坂本も感じているようだった。

 

□対東海学園大学

新木場での試合を追え、選手たちと品川プリンスホテルに戻った坂本は、ホテル内の食事処で夕食をとっていた。臭みのまったくない肉のぷりぷり感が凝縮された白モツ鍋を平らげた後で、次の試合の狙いを明かしてくれた。

 

「これで竜二にマークつくだろうから、伊佐がやってくれると思う」

 

その展望通り、87分に伊佐が4点目のゴールを決め、勝利を確信した私は、夏嶋に電話で結果を報告した。そして、すぐにピッチに降りると、ドレッシングルームに戻る福島充コーチと目が合った。

 

「前半は攻めていて、点が入らない。初戦と同じ展開でしたね。」

 

「けど、今回は、ディフェンスが守りきりました。」

 

そんな会話をする裏で、この日2得点を奪った伊佐がメディアに囲まれていた。初戦では脇役として扱われていた伊佐も、得点という結果があれば、扱いが変わってくる。クレバーな伊佐は、それも分かっている。だから、メディアにこう語りかけた。

 

「ウチはディフェンスが本当に良いんで、ディフェンスにも話を聞いてもらえれば。」

 

伊佐のいうように、この日の守備陣の出来は抜群だった。

 

大体大のディフェンスは、ロボットのようにマニュアル化されていない。ラインコントロールも守備陣全体で声を出して行う。

もちろん、選手間で統一はされている。

たとえば、クサビに対して見るのではなく、4バックの一枚がチャレンジする。すると、残りの3枚が下がり、△の形を作る。池永航のいうように、「クサビで潰せれば、ビッグチャンスにはならない」。

そして、クサビが通っても、慌てることなく、中央を締めたまま、サイドに追い込む。サイドに追い込んだ所で、体を接触させてボールを奪う。

大体大のディフェンスは、外に追い出してから、ディレイさせるのではなく、体を接触させて奪うのが秀逸。そのことを池永に訊くと、

「サイドに追い込んでからも競りになったら勝てるんで。相手も苦手意識あると思う。これは、坂本先生が教えてくださっている守備の仕方で、そういう形を多く作れることで、自分達の形になると思う」

と遠慮がちながらも、自信に満ちた答えが返ってきた。それでも、守備陣の出来になると、 

70点すね。何本か、前半、抜かれるところがあったんで、そこをしっかりすれば、もっと完璧だったと思うんで、セットプレーのマークだったりが甘かった」

と厳しい。

一方で、攻撃陣への信頼は厚い。

「(点が入らなくて焦らない?)いや、チャンスは結構あったんで、あのまま続けていけば、伊佐や竜二が決めてくれるって思っていた。得意なパターンがあるから、そこに、どうやって持っていかせるかです。」

FWに得意な形を持たせる』というのは、コーチ陣が取り組んでいることでもある。池永に話を訊きながら、分かりやすい形ではないが、日々の指導が実を結んでいることを感じる。 

 

「圧勝と言っても良いんじゃないですか?」

傍から見た40というゲームに対する印象を、坂本は即座に否定する。

 

「いや、そうじゃなくてね、客観的に見ても(東園大は)疲労が溜まっていた。筑波(大学)と最高の試合をして、全精力を使い果たしたんだと思いますよ。中盤の6番と11番が展開できなかった。そこからトップが走ってくるのは警戒していたんですよ。もちろん、中盤でしっかりと守備すれば大丈夫かなと思っていた。

選手たちに言ったのは、先制されるとトーナメントは焦るんで、とにかく失点しないようにとやかましく言いました。

今日もね、ハーフタイムには、やはり攻めが遅いと。“持ちました、ドリブルしました。さぁ、クロス上げますよ”という風に分かるような遅さなんです。相手が準備する前にやらないといけないということを言いました。」

 

そして、囲まれたメディアに伊佐の良さを伝える。

 

「竜二ばかりじゃなくて、伊佐も点を取れるヤツなんですよ。なんで、あいつにJリーグクラブが声かけないかな。」

次は関東王者である専修大学との“事実上の決勝戦”と目されている試合。2トップばかりに注目が集まっているが、坂本はそうではないという。

 

「ウチの良さは攻めのディフェンス。体の使い方も含めて、これに取り組んできた。ディフェンスで良い状態を作って、トップに合わせる。中盤、バックライン含めてですが、中盤でしっかりとディフェンスできるのが強みなんです。」

関東王者との一戦で、その“変わらない”姿勢がメディアや第三者に伝わるのかもしれないな。そんなことを思いながら、取材ノートを鞄にしまった。

 

□対専修大学 

西が丘のピッチには坂本の言葉通りの絵が描かれていた。

「引いて守る気はまったくない」

間東王者に対し、大阪体育大学は攻めの守備を貫いた。

 

「怪我もあるのかもしれないけど、相手(専修大学)が動いてきたのはフォーメーションを見て分かった。それに対し、選手に何か特別な指示を与えたというのはないですよ。選手には、うちはいつも通りやれと。というか、それしかできない。10番のスピードと7番の展開は注意しろとは言いましたが。」(坂本)

 

守備システムを変えてきた専修大学に対し、大阪体育大学はいつものシステムで試合に臨んだ。

 

結果的に、これが明暗を分けたように思う。

立ち上がりでいえば、狙いが当たったのは専修大学と言えるかもしれない。

早速の4分。裏に抜けたボールを、仲川輝人が文字通り“ぶっちぎって”ゴールを決める。

「縦に入れてくるとは散々言っておいたんですけどね。その形で失点してまった」と坂本は振り返るが、悔やみはないという。

 

「選手を褒めなければいけないんじゃないですか。あのスピードで真ん中ぶっちぎりましたから。ウチは逆にあれで目が覚めたんじゃないかな。」

 

坂本のいうように、選手たちは慌ててはいなかった。 

「逆に立ち上がりすぎたんで、ここから一からやり直そうという気持ちになった。」(村上昌謙)

「特に焦りはなかったですね。サイドから攻撃して、良いクロスは上げれていた。ただ、中が薄くなっているかなというのはあって。まぁ、思ったより、こちらが攻めている時間が多かったし、そこまで相手の攻撃も怖くなかった。」(伊佐)

20分を過ぎると2トップを使って山本大稀が抜け出すなど、チャンスを作る。

そして、37分、セットプレーから澤上竜二がゴールを決める。さらに44分には、伊佐が狙っていた、GKのこぼれ球を押し込むというFWの嗅覚をみせ、逆転に成功。この伊佐のゴールは大対大にとって今大会のどの得点にも変えがたい一点だったと思う。

 

直後、坂本はテクニカルエリアに出た。

「あそこは勝負所だから。」

GK村上には、そんな指揮官の思いが通じていた。

「前半を終えて、同点の状況か、勝っている状況かでは、大きな差ですし、ああいう所で自分自身で集中しようという気持ちがあったんで、あのくらい(セーブを)出来たのは良かったです。」

451分、CKから専修大学に決定的なヘディングシュートをはなたれるが、村上がビッグセーブ。

大体大は、21で前半を終えることに成功する。後半に入ると、前に重心をかけるため専修大学が433の“いつもの”システムに戻す。対する大体大は一歩も引かず、前からの守備で防ぐ。

 

「後半、立ち上がりくるのは分かっていた、それを利用して、カウンターでダメ押しできればと考えていました。」(伊佐)

その狙い通り47分。伊佐、山本と繋ぎ、最後は池上丈二がプッシュし3点目を奪う。だが、坂本は油断していなかった。

「専修大学は、この前の明治(大学)との試合で、雨の中、延長戦までやっている。前半立ち上がりのリズムで最後まではもたないだろうなと思っていた。

けどね、終盤に専修は強いんで、油断はしていなかった。

三点目を奪った後に、相手が3トップになったこともあり、少し引き気味になってしまったのはまずいと思った。専修は、ボールを持てるし、展開できる。それでうちが引きすぎたら、やられてしまう。」

大体大は63分、安田圭佑を投入する。

安田の持ち味は、我武者羅にも見えるエネルギッシュな守備。インターセプトを狙い、スタートポジションへの戻りも早い。

「疲れもみえていたから、流れを変える意味でも入れた。(安田は)下手な選手かもしれないけど、ディフェンスで頑張ってくれる。」(坂本)

この狙いが当たり、安田が推進力となった。

「三点目が入って、二点差がついたので、これならば終盤に一点をとられても、何とか耐えられるかもしれない」

坂本は、手応えを感じていた。その一方で、気になることもあった。

75分を過ぎると、中盤とディフェンスラインが微妙にではあるが下がってしまっていた。それもあり、押し込まれるような格好になってしまう。

 

坂本は、すぐに伊佐に指示を出した。

「相手の7番と13番を押さえろというのと、ディフェンスラインが下がりつつあったので、一個前に押し上げてやろうと言われて、それを伝えていたんですけど、うまく出来なくて失点してしまった。」(伊佐)

この82分の失点が流れを一変させ、試合は専修大学ペースに。

 

「正直、最初から専修大学が433できていたら違う試合になっていた」と北村公紀コーチがこぼしていたように、ここからの専修大学は強かった。

そこに「完全アウェイの雰囲気」(村上)も加わり、大体大は防戦一方に。85分、さらに88分と完全に崩され、マイナスのクロスから決定的なシュートを打たれる。

これを防いだのが、GK村上だ。スタンドを沈黙にかえるビッグセーブをみせ、決勝にチームを導いた。坂本は、勝利監督のコメントを取ろうと集まったメディアの前で村上を褒めちぎった。

 

「村上のセーブは計算内なんです。ああいうのは強いんです。メディアの皆さんは、前ばかりを注目するんですけど、本当にGKがいいんです。ああいうセーブってなかなかないでしょ。リーグでも決定的な78点防いでいる。」

坂本のいう「ああいうセーブ」とは、参謀である夏嶋と共に取り組んでいるGKの新たな理論である。

 

「あのセーブは、いつもの大体大のトレーニング通りのことをやっただけです。バレーボールの一瞬の反応を取り入れているというか。ステップとか、体の仕組みも理解して。場合によっては、腰を落としてからセーブするのではなくて、そのままの姿勢から反応するとか。説明するのは難しいんですけど、本当に場面場面で、セーブするフォームを変えています。」

 

村上は続ける。

「今までは守備陣の位置でストップしてくれていたので、今日は僕がやってやろうと思っていました。」

その言葉通り、村上が大活躍しなければいけないくらいの死闘だった。いつもなら、サイドに追い込んだ後にボールを奪える守備陣が、この日は奪いにいった所を入れ替わられてしまい、一転、ピンチとなっていた。

 

池永は振り返る。

「一対一の強さは感じました。確かに、いつものようには取れなかったですし、正直、違うなと思いました。」

 

「どう守備しようと考えていたの?」

 

「外に追い出してからも、僕らセンターバックがすぐにフォローにいくことですね。チャレンジ&カバーの徹底を考えていました。」

 

「それでも、奪いにいってかわされることもある。ボールを奪うんでなくて、中だけ固めるというのは考えなかった?」

 

「そういう姿勢になったら、やられると思っていました。」

 

7番のケアはしっかりできていたと思うんですけど、後半入ってきた13番が、終盤になってリズム掴んで、前に出てきた。そこから展開されちゃっていたと思うんだけど。」

 

13番が空いて、そこから展開してくるのは分かっていたんですけど、あそこで行くと中央が空いてしまうんですよね。」

 

「けど、ケアしないとサンドバック状態になる。」

 

「ひとつは、13番から出たボールを奪ってカウンターで13番を置き去りにするっていうのもあるし、あと守備では13番がターンしたら上げてっていう風に考えていました。」

 

「ある意味ラインを下げるようなことは考えなかった?」

 

「下げたらやられると思っていたんですよね。」

 

坂本修佑は「下げたらやられる」について付け加える。

 

「僕らはラインを下げて、人をつかまえるっていうのは、あまり得意じゃないんですよ。今年一年間、前から守備をしてやってきた。それが、ウチのリズムなんです。いつもと違うことをやってというのは考えなかった。」

結果的に、自分たちの姿勢を貫いた大体大が勝利を手にし、28年振りの優勝に王手をかけた。

 

今までと比べ物にならないメディアの取材を終えた坂本は疲れていたようだが、帰り際に一言だけ声をかけてくれた。

「こればっかりは勝負事ですからね。」

大会前と同じ表情でそう笑い、車に乗り込んでいった。そして、三日後に控えた決勝戦に備えるため、選手と共に、御殿場にある時之栖に向かっていった。

 

 

□対国士舘大学

大体大が、品川プリンスホテルから時之栖に拠点を移したのには理由がある。

 

「東京はトレーニングできる施設が少ない。探すのも一苦労。道も混んでいて移動に時間がかかる。それに比べ、時之栖は施設が一体になっているし、金銭面でも助かる。」(坂本)

潤沢な資金を武器に、サッカー部を“売り”にしている大学なら無関係な話かもしれないが、そうではない大学にとって、インカレは勝てば勝つほど金銭的に苦しくなる。

準決勝が22日で、決勝が25日。イブとクリスマスを挟む期間を東京近郊のホテルで過ごすとなると、かなりの費用がかかる。そこに、団体で宿泊でき、近隣にサッカー施設があるという条件もつけなければいけない。否が応でもサッカー以外のこと、“金”に気をとられる。

そういった意味で、時之栖は大体大の手助けとなっている。

 

1225日。

大体大は早朝630分には起床し、7時過ぎには朝食をとった。

その後、荷物の積み込みなどで体を動かし、10時過ぎには御殿場を出発。13時前に国立競技場に到着し、食事を済まそうとしたのだが、ここで問題が起きた。

 

13時までは中に入れる訳にはいきません」

 

東京近郊のホテルに泊まれるチームなら、時間調整は容易い。食事をとってから、国立競技場に向かうこともできる。

だが、静岡から来るとなると、試合までの逆算から、13時を過ぎて到着する訳にはいかない。軽食をとるのが後れてしまう可能性がある。

運営する学生の「何を言われても、公平を期するために入れられません」も分からなくもないが、大体大の要求はピッチに入ることやウォーミングアップすることではない。せめて会議室に通すなど配慮があっても良かったように思う。

結局、2時間30分後に決勝戦を控えた大体大の選手たちは、国立競技場の関係者入口の前のアスファルトの寒空で昼食を済ますこととなった。

 

出鼻をくじかれた格好になったが、気を取り直し、14時前から試合へのスイッチを入れる。選手たちの明るさからも、ペースを乱された感はなかった。

「全員、リラックスしているんじゃないですか?」と、トレーナーとして決勝戦に帯同している夏嶋に訊くと、「まぁ竜二はそうやな。何人かは緊張してるわ」と笑っていたように、順調に決勝に臨めそうに見えた。

 

145分。

大体大のウォーミングアップが始まる。

まず体をぶつけ合う、というよりも、いかにぶつかるかを重点に置いた“接触技術”の確認から、ゆっくりと体を温めていく。そこから走りの確認に10分をかける。バスケットボール部のような手を使ったパス回しで体の使い方の確認などを行った後に、“サッカーらしい”練習を行う。20分かけて心拍機能を上げて、10分落ち着かせる。それを追えてから、ピッチに飛び出していくのが通例だ。北村がフィールドプレーヤーを、福島がゴールキーパーのアップを行うなか、坂本は選手たちの表情を観察していた。

 

「先生のあの一言は助かりました。」

GK村上は、坂本にかけられた初戦の言葉に救われたという。初の大舞台となる村上は「これで負けたら四年生は引退なんで、僕自身固さがあった。」

 

それを察知した坂本は、試合前に村上を呼んだ。 

「何だ?もしかして、緊張してるんか?」

 

「たったそれだけなんですけど、坂本先生にそれでほぐしてもらえたんですよね。そこからはあまり緊張せずに、自分自身のプレーを集中してできた」と村上は笑う。

 

この日も坂本は、選手たちの表情を注意深く見回っていた。そして、試合前、選手たちにドレッシングルームで発破を掛ける。

 

「今日はクリスマス。いつもは、プレゼントを貰っていただろう?今日はお前たちがプレゼントをする番だ。さぁ、優勝して来い。」

 

15時。

岡部拓人主審の笛が鳴った。

1分、アグレッシブな右サイドバック、山口幸太がボールにプレーできる範囲外から競りにいきファウルをとられる。今大会、途中で交代することが多かった山口だが、坂本は高い評価をしている。「アグレッシブに行ける分、カードを貰うから」という累積を心配しての交代がほとんどだった。

そんな山口が、“攻めの守備”を決勝でも貫くぞという姿勢をみせる。

 

「国士舘は、うちとやりたいことが似ているとは思いましたね。早めに前線にボールを当てて、そこから攻撃に入る」

と山本は国士舘の攻撃を分析したが、攻めの守備という部分では違いがある。国士舘は、基本的にリトリートしており、4枚の守備陣はブロックを崩さない。ほぼ、フリーランニングしてくることはない。

そんな固い国士舘に対し5分、坂本がテクニカルエリアに出て、左サイドバックである坂口に縦への意識を持たせる。この指示を受け、左サイドが活性化する。19分には左サイドにウェーブした伊佐が、“らしい”切り替えしから右足でゴール右角を狙うが、わずかに枠をそれる。

22分、リズムを掴めない国士舘が動く。怪我もあったのか、ワントップの平松宗に代えて服部康平を投入する。

「大澤さんのことだから、何か用意しているとは思っていた。」

 

坂本は、服部への縦への強さを警戒しろとDFに指示を送る。だが、24分。その服部が、左サイドからのクロスをPAに入った所で受ける。遅れる格好になった大体大の守備陣も、すぐさまチャージに行くが跳ね返されてしまう。そして、トラップした時点で「打つ」と決めてたであろう力強いシュートが、大体大のゴールネットに突き刺さる。と同時に、7割以上が国士舘の応援である国立競技場が沸いた。国士舘にとってこれ以上ないタイミングでの会心の一撃は、大体大にとって痛恨。になるかと思いきや、坂本は淡々としていた。

「交代して、最初のプレーであれをやられたら、相手を褒めるしかない。」

 

選手たちもまったく慌てていなかった。坂本修佑はいう。

「失点前から押し込んでいたし、相手は裏の一本を狙うだけな感じだったんで、そこさえ対応できればと。失点しても、専修の時も逆転できていたし。」

スタイルを変えず、前からプレッシングに行き、奪ったらスピードを持って攻撃を仕掛ける大体大は452分。ゴールキックを伊佐が池上に落とし、そのまま右に流れる。そこにセンターハーフの山田貴文が顔を出し、ボールを受け、スペースに流れた伊佐にふわりとしたパスを出す。伊佐がタメを作って、その間にオーバーラップした山口がクロスを入れる。このボールに山本がつめていたことで慌ててしまった石川喬穂は、クリアミスをしてしまう。山本はそれを見逃さず、冷静に右足でゴールに流し込み、大体大は最高の時間に同点に追いつくことに成功した。

 

ハーフタイム。

「あ~~~サッカー楽しくてたまらんわーー」と戻ってきたのは伊佐だった。とにかく選手たちは明るかった。終了間際に得点を奪った勢いは、ドレッシングルームでさらに増す。

 

452分。ボールを奪った大体大はすぐに前線の山本へ。流したボールを伊佐が競り勝ち、中央に入ってきた澤上、そして左サイドを駆け上がってきた池上に。左右に揺さぶられた国士舘の守備は乱れ、最後はクロスを山本がヘディングで叩き込んだ。このゴールで、完全に試合を掌握した大体大は、その後も国士舘を圧倒する。72分にも伊佐のドリブルから池上。87分には、澤上、伊佐のコンビで抜け出すが、シュートはポストに。

 

躍動する選手たちを見ながら、坂本は迷っていた。

チームキャプテンの井上航を出すかどうか。井上は、ベンチメンバーで、あまり試合に出場することはない。スポーツには、当然の競争があり、大舞台に出場することの叶わない選手も出てくる。それでも井上は、腐ることなく、そのキャプテンシーでチームキャプテンとしてチームを支えてきた。

交代枠は二つある。出すことは可能だ。だが、監督としての目は、現在の良いリズムを選手交代で崩すべきではないと見ている。

 

その二週間後。

同じ国立競技場のベンチに座った教え子である星陵高校の河崎護監督は、同じ状況で選手交代をした。結果、敗戦を喫してしまった。直接的なミスがあった訳ではない。ただし、団体競技には間接的な影響もあり、敗れるイコール交代への是々非々が論じられる。それがサッカーにおける選手交代の難しさで、坂本は痛いほど分かっている。

井上に目を向けると、チームの勝利を祈っている姿が見えた。それを見て、坂本は「このままのチームで追加点を奪う」という監督に徹したのだと私は思う。

 

それが実ったのが90分。リズムそのままに、ボールを奪い、縦に早いボールを送る。受けた澤上は、逆サイド上がってきた山本へ。山本は右に跨いで、左足を一閃。ダメ押しの三点目を奪い、勝利を決定付けた。そして、その数分後に鳴った岡部主審のタイムアップの笛は、大体大28年振りのインカレ優勝を祝福する音となった。と同時に、井上をはじめ、多くの選手たちがピッチになだれ込む。控えめなガッツポーズをした坂本の元には、多くの関係者が一呼吸置いて祝福に訪れた。なかには、過去にあった政治家もいた。まるでパーティーの喧騒のような状態から、促されるままにTV朝日や準決勝の倍の記者がいる会見場に向かった。

 

「試合の感想を」と聞かれた坂本は、優勝した喜びをまったく感じさせなかった。

 「アバウトな質問で、答えるのが難しいですが。インカレは、関東のチームに三回は勝たないと優勝できないことが多い。ただ、うちの初戦は、中央大学さんがプレーオフで負けたので新潟との試合になって、次は筑波さんが負けた。そういうこともあって、関東とやったのは専修大学と決勝の国士舘。いつもは、関東のチームと三試合くらいやって、疲れきって、怪我人も出てというのがよくあるが、幸いにしてそうはならなかった。それが今回の勝因ではないかなと。」

 

その後も記者の質問に淡々と答える。記者会見場同様に、ミックスゾーンも静かなものだった。

大体大にはJリーグ内定選手がいなかったこともあり、記者たちも山本以外、誰のコメントで原稿を作るべきか迷っているようだった。そして、お目当てである山本が出てくると、多くの記者が集まった。

 

私は、その裏を通った優秀DFに選出された坂本修佑をつかまえた。

 

「失点シーンは、国士舘の狙いにやられたと思うんだけど、どのように分析していた?」

 

「専修大学戦と同じで、ツーセンターが引き出されて、そこからサイドを使われて、中央に簡単に入れられてしまった。そこは修正しないと、と思いました。ツーセンターが出るのじゃなくて、一枚が出て、そこではがされてしまったら、3枚が中をしっかりと固めて、簡単に入れさせないようにする。

あとは、19番が起点になって、そこからサイドの選手が裏を狙いにイッキに前掛かりになってくるのは分かっていたんで、そこの19番は徹底できたかなと。」

 

「シュウ君は、クサビへの守備は相当強いと思うけど。」

 

「ウチは対人系の練習が多いし、ウチの馬力ある2トップを相手しているんで。僕は初芝橋本高校まではFWやっていて、FWが嫌がるDFも分かっているつもりなんで、そういう接触が出来ているかなと。」

 

「ほぼフラットな442は、前からのプレスがはまんなかった時に、ボランチが下がって、ディフェンディングサードくらいまで中盤が下がる危険性があるけど、その辺は?」

 

「アンカーの國吉が前に出てコースを限定した時は、ラインを上げて取りにいくんですけど、中途半端な状態の時はラインを下げる。また、センターバックが前に出て行ったときは、國吉が最終ラインに入るっていうのは話をしています。そこを徹底していれば、受身にならず、前から行けるかなと。」

 

坂本修佑の話を訊き終え、隣で「セレッソ大阪の練習には人数が足りないからということで参加しましたけど、特には声がかかったわけではなくて。Jリーグに行きたいですね」と話す山本の声に耳を傾けていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「これから、どうする?」

 

夏嶋だった。 

 

「時之栖でパーティーあるけど、行くやろ?」

 

「時間的に、どのタイミングで行けばいいすかね?僕、足ないんですよ。」

 

「スタッフの車に乗ってけるか聞いてみるわ。」

 

そして、池永に話を聞いていると、夏嶋が戻ってきた。

 

「スタッフの車に行って。」

 

選手たちの話は一通り訊いていたので、コーチングスタッフが乗るエルグランドにすぐに向かった。

 

すると、坂本が既に待っていた。

 

「改めまして、優勝おめでとうございます。」

 

「ありがとう。こっちに乗っていって構わないから。」

 

「すいません。というか、先生、囲み取材とかいいんですか?」

 

「たいした質問聞いてくる記者もおらんしな。なんか(本田)圭佑の真似がどうこうって言う記者もおったし。でも、松原さんの質問は驚いたな。28年前の胴上げの話。」

 

「僕が二歳の頃です(笑)。あれ何で坂本先生を相手チームが胴上げしたんですか?」

 

「いやね、宿舎がずっと同じだったんですよ。それで、決勝も、一緒に朝飯食べて、一緒に国立行って、控え室とベンチは別だけど、ピッチは一緒でしょ。それで、両校優勝になった。上田先生は、俺も色々学んだ人だし、上田先生自身が何度も優勝しているから「俺じゃなくて、坂本を胴上げしろ」と選手に指示して。びっくりしたわ。あの試合の話をされると、色々と思い出すな。」

 

なんて会話をしていると、すぐに坂本の携帯電話が鳴った。この優勝を祝福する電話は、車のなかで3分に一回は鳴った。電話が切れた後、次の電話が鳴るまでの数分、私は坂本の話に耳を傾けていた。

 

「あの(大体大サッカー部専用)バスを使って、どれくらい走ったかな。俺らは優勝しても金をもらえんし、むしろ監督やることで金が出て行くばっかりだな(笑)」

Jリーグクラブが選手を練習に呼ぶことはよくある。その時に状況をしっかりと説明する。うちは昨日試合があったからコンディションよくないですよ、と。で、選手を行かせて、試合の補欠要因で使って、感想聞くと「いまいち」って言ってくる。いや、コンディション悪いんだから、当たり前で、それを加味して、良い所を見たいんじゃないかって。Jの選手だって二試合連続で試合すれば、みな、「いまいち」だろう。」

「鹿島が強かっただろう?高校や大学の指導者は鹿島に行かせたがった。なぜか分かるか?鹿島の当時のスカウトの熱は凄かった。本山をスカウトするために、数週間、家まで足を運ぶんだ。家庭環境から何から何まで見て、そして鹿島に対して安心もしてもらう。そういう関係があったから強かった。いまのJリーグ、一年や二年でクビにするチームばかり。自分たちがスカウトした選手をだぞ。チーム事情が苦しいと言って、プロとしての契約金は払わないのに、お払い箱にする時はプロを強調する。」

 

メディアとして何をすべきなのかを考えさせられる声に耳を傾けていると、あっという間に従業員や関係者が待ち構えている時之栖に着いた。選手バス、そして坂本や夏嶋に続いて、私も降りると、「あちらを見てください」という声と共に、花火が上がった。

この瞬間、選手たちは子供に戻った。スマホで写真を撮り、はしゃぐ。それは宴会場に行ってもかわらずで、20歳を超えている学生は勝利の美酒に酔いしれた。今まで経験したことのない至極の空間を堪能していると、盟友である阿部章が坂本に挨拶を促した。

 

「皆、大阪に帰ったら、「おめでとう」と言われる前に、「ありがとう」と言おう。俺達はチャンピオンなんだなんていう態度をするのは絶対にやめよう。感謝の気持ちを忘れたら絶対にダメだ。今日のこの場は、皆さんに甘えて、祝福してもらおう。けど、今日で終わりだ。明日からは、いつもの感謝を持って日々を過ごす自分たちに戻ろう。それと、学校休んだ分、ゼミがあるのも忘れるなよ。」

 

その言葉をかみ締め、彼らは大いに楽しんでいた。阿部はそんな彼らを見ながら、「せっかくだから、四年生、一人ずつ何か喋れ」と壇上に上げた。先陣を切った伊佐が流暢な挨拶をし、次々とレギュラー陣が語りかけるなか、チームキャプテンである井上がマイクを持った。

 

「優勝させて貰って本当に嬉しい。僕は地元に戻って教員になるので、指導者として、優勝を味合わせたいです。本当に、皆、ありがとう。」

全文を覚えていないのが無念だが、とにかく良い挨拶だった。そんなコメントを聞きながら、この二週間、御殿場から始まった坂本を中心とした大体大の取材を振り返っていた。

思い出すのは、インカレ出場を決めて、御殿場にやってきた坂本と飲んだ最初の夜。

 

「プロだけじゃない、指導者を育てるんだ」という言葉。

 

その言葉通り、井上は教員として指導者になる。この取材の締めが井上となったのは、合縁奇縁を感じずにはいられない。

 

と締めようと思ったが、その三週間後に私の携帯が鳴った。

夏嶋からだった。

「坂本先生と品プリいるから、暇だったら、おいでや。」

 

品川プリンスホテルの一階にあるいつもの和食レストランに行くと、坂本が嬉しそうな顔をしていた。

 

「伊佐が、大分(トリニータへの入団)、決まりましたよ。アイツの決勝戦のハーフタイムのコメント知ってるでしょ。そういうヤツがプロに行けるっていうのは、本当に良かった。」(了)

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