石井紘人のFootball Referee Journal

【無料/連載③種をまく指導者:坂本康博のN-S式トレーニング】PK戦にはドラマがある

PK戦に突入した試合展開は、両監督にとって思惑通りだった。

 

流通経済大学の中野雄二監督は「ウチは毎日、PKの練習をしています。PK戦を運というかもしれません。もちろん、運もあると思いますが、それだけではない。この二年間、我々はPK戦で負けていません。それが物語っているのではないでしょうか」と語っていた。

 

その二日前―。

顔見知りの記者と談笑している大阪体育大学の坂本康博監督の元に、中野監督は挨拶に伺った。

「次の試合では宜しくお願い致します。」

 

指導者らしい礼儀正しい挨拶が終わると、坂本監督は「中野さんは、ああ見えて勝負師だからなぁ」と笑いながら警戒していた。

 

坂本監督の予想通りだった。

 

中野監督は「トーナメント戦っていうのは、PK戦になりやすい。そうなると、PKを練習するのは当然です。キックの質を高めるために、ウチは30人が円になって、一つのボールを蹴るんです。知らない人が見たら『効率の悪い、小学生みたいな練習をしているな』と思うかもしれません。でもそうじゃないんです。29人に見られている状況で、正確にキックするプレッシャーというのは、PK戦と同じです。こうやって、キックの質を高めているんです」と万全の準備を行っていた。

 

対する坂本監督も、PKへの準備は万端だった。

大阪体育大学のGKである村上は、“バレーボールのレシーブ”の反応を取り入れたニュータイプのGKである。海外のGKと日本のGKの何が違うのかを、坂本監督は、参謀である夏嶋隆と分析した。その理論を教え込んだのが、無名ながらも、昨年の優秀GKに輝いた村上である。村上は、今大会でも、試合が決してしまうシュートをことごとくストップしていた。だからこそ、坂本監督には、「村上なら一本はPKを止める」という確信があった。PK戦に突入する展開は、持って来いだったのだ。

 

しかし、村上は一本も止められなかった。

中野監督は「企業秘密ですけど、相手GKのスカウティングをしている」と勝因を語ったが、それだけが勝因ではない。

 

私は、村上がいつもと違う“構え”だったことが気になり、坂本監督に訊いた。

 

坂本監督は笑いながら、「村上のヤツ、力みよって。あんな普通のGKの動きしとったら、止められんよ」とこぼした。横を通った福島充コーチも「本人も分かってます」と付け加えたように、プレッシャーが本来の力を出させなかった。

 

PKには様々なストーリーがある。

“運”も“スカウティング”も“選手の能力”も“メンタル”も影響している。

そんな至極の数分間が町田市立陸上競技場にはあった。(了)

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