石井紘人のFootball Referee Journal

無料/家本政明氏引退会見⑤:誤審?サッカー審判員主審にミスジャッジの前にフットボール競技規則を #体育会TV

昨年行われた引退試合となった横浜Fマリノス×川崎フロンターレ戦の翌々日、家本政明氏がオンラインにて引退会見を行った。

  「レフェリーは、一般人が思うよりもフィジカルや判断力が必要になると思うのですが、レフェリーという仕事の難しさと楽しさをお教え頂けますか?」と聞かれた家本氏は、

「難しさの切り口はいくつかあります。たとえば、年齢やコンディションがあります。そういったいくつかの切り口の中で、一番難しいと思うのは、先ほどの商業化・ビジネス化に少し絡んでくるのですが、多くの人は(この試合に)勝ちたい・勝ってほしいと試合を観られます。でも、そこ(勝利至上主義)が強くなってしまって、(フットボールを)楽しむとか喜ぶより、そっちの(勝利という結果を求める)方が強くなっていくことによって、(試合中全ての判定の)○×、正解不正解と多くの人が気にしだしているように感じています。

でも、フットボールって、そういうものじゃなくて、凄くアバウトで抽象的で人間らしさを大切にしている競技だと思っているので、それを○×だけにされちゃうと苦しいですよね。

○×の二種類ではなくて点数だったらいいのになと思ったりもします。中正解とか、70%は不正解とか、そういう表現の方が(審判を語るのは)楽しいのかなって」

 

と語った。

特に強調したかったのは、フットボールの判定には白にも見えるし、黒にも見えるグレーがあるということだろう。

これは引退後に出演している『Jリーグジャッジリプレイ』(DAZN)で家本氏が最も強調していることだ。

パライバの乱暴な行為?議論出来る横浜Fマリノス×FC東京戦のVARの介入なしと名古屋グランパス×湘南ベルマーレ戦のふり幅の大きい事象と鹿島アントラーズGKクォンスンテの6秒ルール

そのグレーをピッチ上で白か黒かを即決しなければいけない。

だが、競技規則を読んだことない人たち。もしくは読んでいても算数的に捉えている人たちには、グレーがあることが受け入れられない。

フットボールにあるグレーへのストレスが、担当レフェリーへの罵詈雑言に変換されてしまう。

 

「(グレーを白か黒かに)決定した後に、マネジメント含め、どのように導いていくかを感じます。

自分自身も整えなきゃいけないし、一緒にゲームを作っている・プレーしている選手たち、あるいはスタジアムの空気を作っているファン・サポーターの方々の大きな見えない波みたいな空気感を整えて、喜びとか楽しみとか一体感に持っていくというか。

これには、絶対解はなく、毎試合はもちろん、同じ試合の時間帯でも全て変わってきます。

逆に、自分で「あ、間違ってしまった」と思っていても、選手たちがまったく気にしないこともあります。「あれ?俺間違ったんだけどなぁ」とかもあります。」

 

フットボールの現在の競技規則はグレーを作っている。ビデオアシスタントレフェリーというテクノロジーを導入しても、競技規則にグレーがあるのだから、議論を呼ぶ判定はなくならない。なぜならば、現状のテクノロジーではグレーを判断出来ない。

つまり、フットボールのグレーをなくしたいのであれば、競技規則をアメリカンスポーツのようにしろとIFABに働きかけるしかない。アメフトにも心理的グレーは生まれるのだが…

無料:なぜ同じシーンなのに人によって判定ジャッジが分かれるの?なぜブーイングするの?行動経済学から考えるファンサポーター・観客・視聴者の心理【石井紘人コラム】

話を戻して、家本氏は組織の評価よりもフットボールと向き合ったきっかけを訊かれると、

 

先ほども言いましたが、と前置きし、

【家本政明主審引退会見③】「クラブの職員として働いたのが全てだったし、他のレフェリーとは決定的に違う所」Jリーグ担当審判員の評価とはどうあるべきか?

「僕はクラブの経験が長いので、監督や選手やクラブ関係者、ファンサポーターの皆さんが、もっとレフェリーを知りたい・繋がりたいと思われていると感じていました。

でも、組織(JFA審判部)としてのアプローチ・道がなくて、そのことを僕はネガティブに感じていました。

組織とも話してきましたし、その中で自分として、何ができるんだろうからスタートしたのが、TwitteClubhouseです。」

 

その中で2016年にタブロイド紙夕刊フジ編集委員・久保武司氏に絡まれる。

【無料/コラム】CS鹿島アントラーズ×浦和レッズ戦でのPK、家本政明主審への誤審報道に中田英寿氏を思い出す

家本氏はJリーグチャンピオンシップ決勝第一戦の鹿島アントラーズ×浦和レッズ戦を妥当に終わらせたのだが、試合後のテンション上がっている選手たちの声に乗せられたメディア、その中でも久保武司氏には「家本主審はフェイスブックで1000人以上と繋がり、その中には浦和MF柏木の名前もある」と意味深な記事を書かれ、炎上騒動に巻き込まれてしまう。

ただ、家本氏自体は、こうなることを予期していた。

 

「現代社会は、情報開示のスピードやタイミング、そのスキルが求められています。(一部でも騒ぎ立てられるなら)出来るだけ誤解を与えないように開示した方が良いのではと考えてしました。

JFA審判委員長と副委員長は「PKの映像を確認したけど問題ない」と。僕の仲間(であるJリーグ担当レフェリーたち)も。

当時はDAZNではないので、録画を送ってくれて「しょうがないよね。西さん、そのタイミングのそのチャレンジはないよね」と映像を見ても思いました。

でも、(選手が発したようだから)「絶対に翌日、またいっぱい叩かれるんだろうな」と思っていたら、どんどんどんどん話が大きくなってしまって、「Facebookで繋がっている」みたいな記事が出ました。

僕を叩くのは構わないんだけど、何で色々なものをくっつけて、面白おかしく記事にしたりするのだろう?と。それが家族にいくようになってしまって、それは違うなと。

で、(審判委員会に)お願いしました。「判定が何も問題ないのであれば、委員長としてコメントをオープンにして貰えませんか」と。W杯とか、そういうことやったりするんですよね。」

 

家本氏がいうようにFIFAUEFAは、世論が批判に傾いた判定でも、レフェリーの判定が正しければ、それを証明する会見を開いている。

 

「会見を開いてくれた方が、レフェリーは守られるというのを僕は情報として持っていた。ですが、色々な情報や考え方があり、それが実現されなかった。」

 

もしかすると審判委員会は、2008年に当時の審判委員長が開いた会見(参照リンク)が、謝罪会見のようになったことを懸念したのかもしれない。

2016年には、良かれと思ってクローズにした。しかし、それは逆の作用となり、バッシングは加速してしまった。

 

「やはりオープンにすべきだと思いました。SNSを始めてからも、出来るだけキャッチアップしています。スタジアムに行くのも、歩けるならば歩いていきます。

僕は逃げ隠れするのではなく、クラブの経験もあるので、直接話をしたいと思っています。それは情報を開示するのもそうだし、話してみないと人となりって見えないと信じているので、多くの人と心と心で繋がりたいし、関わりたいと考えながら活動してきました。」

 

そして掴んだレフェリング。最後はレフェリーをやる楽しさは?という質問。

 

「フットボールの魅力という部分では、先ほど言ったようなネガティブな部分も魅力だったりします。絶対的な正解がない中で様々なアプローチがあります。それは富士山の登り方が一つだけではないように。そこを体感できるっていうのはレフェリーの魅力の一つだと僕は実際やってきて思っています。」

 

そんな家本氏の最後の大舞台、2021JリーグYBCルヴァンカップ決勝戦、名古屋グランパス×セレッソ大阪のレフェリングの舞台裏が詰まったDVD『レフェリー』が発売される。

レフェリーと選手の試合中の会話やレフェリーチームのコミュニケーションはもちろん、スタジアム入り、ピッチインスペクション、ウォーミングアップ、表彰式から帰路といった舞台裏だけでなく、ストップ解説を用いたレフェリーのゲームエンパシー、エキサイトする前のマンマネジメントと「日本サッカー史上二つの初」が組み込まれた内容になっている。

<レフェリー ~監督や選手とのコミュニケーションの舞台裏> 「美しいフットボールを委ねられたプレーヤー、そのコミュニケーション」 発売のお知らせ

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