「football fukuoka」中倉一志

【フットボールな日々】ジョンダリ君が暴れた夜に考えたこと~90分では終わらない。サッカーのある毎日が私たちを魅了する

暴れん坊ジョンダリ君のおかげでアビスパの試合が延期になった夜。ふと「なんでサッカーが好きなんだろう」という素朴な疑問が浮かんだ。素朴な疑問ほど答えを見つけるのは難しいもの。考えだしたらキリがないので頭に中から振り払おうとしたが、暇だと余計なことを考えるのが人間の性というもの。仕方ないので、いろいろと考えてみることにした。

思いつくままに、いくつかの理由を探してみた。
目の前に広がる青いピッチ。ゴールの歓喜。スピード。パワー。スーパープレー。優れた戦術に息詰まる駆け引き。スタジアムの一体感。イケメン選手。ゴール裏にいる可愛いあの娘というのもありかもしれない。
けれど、その一つひとつがサッカーの魅力であることは間違いないのだが、一つだけに絞ると、どうにもしっくりこない。ゴールの歓喜は何物にも代えがたいが、そのためだけに、私は25年間務めた会社を辞めたわけではない。

思うに、我々が愛しているのはサッカーのある生活なのではないか。その中心が90分間の戦いであることは間違いないが、それだけがサッカーではない。試合前後にスタジアムで仲間と過ごす時間。喜びに浸って過ごす1週間。モヤモヤした気持ちを引きずりながら過ごす1週間。試合を待ち切れない時は、練習場や馴染みのスポーツバーに足を運んで仲間とサッカーを語り合う。そのすべてが我々にとってのサッカーなのではないか。

そしてサッカーが持つ理不尽さも我々を引き付ける魅力なのではないかと思う。

100m×64mのフィールドで判定を担当するのは3人。すべてを正確に判断することは難しい。雷と台風以外では中止にはならず天候に大きく左右される。そもそも体の中で最も自由になる手が使えない。それでいて、最後のところには手を使えるGKが待ち構える。試合内容で上回っても、それが結果に直結するとは限らず、圧倒的に優位な状況でも、たった一つのミスで敗れることもある。その逆も然り。「サッカーは何が起こるか分からない」と言われるゆえんだ。

それは我々の人生を映し出す鏡のようでもある。努力が実るとは限らない。順風満帆に行っているように見えて、理不尽な理由で結果が得られないことがある。小さな油断がすべてを台無しにすることもある。そんな不条理にあらがうように戦う選手たちに、私たちは人生を重ね、夢と希望を託す。
もちろんラッキーもある。棚からボタ餅だってある。けれど1シーズンを過ごしてみれば積み重ねてきた物以上の結果は得られない。そして積み重ねた毎日は嘘をつかない。
そうした戦いから、私たちは、喜び、悔しさ、様々な想いを抱きながらも前へ進み続けることの大切さを知る。だからこそ、手に入れた喜びは何よりも輝いている。

そんなサッカーに一度でも魅せられたら、もうサッカーのない毎日は考えられない。モヤモヤする日々もサッカーを楽しむためのエッセンス。何もかも、丸っとまとめて楽しむのが正しいサッカーフリークの過ごし方だ。
次の試合は7月4日に開催されるアウェイの甲府戦。ジョンダリ君のおかげで延期になった横浜FC戦のために貯めていたパワーを、まとめてぶつけることにしよう。

[中倉一志=文・写真]
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