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「football fukuoka」中倉一志

【中倉’s Voice】アビスパ福岡を振り返る「アビスパの記憶」スタート!どんな時もアビスパはいつも私たちと共にある

Jリーグが中断してから1カ月余り。新型コロナウイルスの影響は止まるところを知らず、4月末から段階的に再開するとしていたJリーグのスケジュールは白紙になり、アビスパ福岡も4月4日~19日までのチーム活動の休止と、選手の不要不急の外出禁止を決定しました。各種取材も自粛要請がなされており、当たり前のように接していたJリーグ、そしてアビスパ福岡の情報は、ほとんど伝えられなくなっています。

そうした状況を受けて、football fukuokaでは、私(中倉一志)の過去のライブラリーを振り返り、「アビスパの記憶」と題して、これまでのアビスパを振り返る企画をお届けすることにしました。差し当たって、2000年以降の試合で私の記憶に強く残る試合について、新たに書き起こしてお届けする予定です。選ぶ試合は私の独断と偏見によるものですが(汗)、試合後の記者会見の模様についても併せて掲載いたしますので、当時の様子を感じていただければと思います。

Jリーグがくれたスポーツがある日常
「開会宣言。スポーツを愛する多くのファンのみなさまに支えられまして、Jリーグは今日ここに、大きな夢の実現に向かって、その第一歩を踏み出します。1995年5月15日。Jリーグの開会を宣言します。Jリーグチェアマン、川淵三郎」
この言葉で始まったJリーグ。大きな夢とはスポーツ文化を浸透させること。老若男女、スポーツが得意な人も、そうでない人も、みんながスポーツを楽しめる環境を作り出すことでした。

その後、日本のスポーツは大きく変わりました。茶色が当たり前だった芝生は1年中緑になり、スポーツがなければ出会うこともなかったであろう多くの人たちが一つの糸で結ばれました。それまではスポーツと言えば観戦するものでしたが、チームとともに戦い、チームとともに生きる、そんな文化が生まれました。そして、それまではそれほど意識していなかった「地域」というものを強く意識するようになりました。

Jリーグの理念は少しずつ、けれど確実に浸透し、週末にスタジアムに足を運び、いつもの仲間と顔を合わせることが私たちにとって欠かせない日常になりました。そこでは、年齢も、性別も、地位も立場も、場合によっては名前すら関係のない、スポーツ、そしてサッカーという共通言語で結ばれる仲間たちが多く生まれました。スポーツを通した新しいコミュニケーションの醸成。それはJリーグが生まれなければ、決して私たちが知ることができなかったものです。

そんな日常が失われた毎日。心にぽっかりと穴が開いたような、大切なものを失くしてしまったような、そんな気持ちを胸に抱いています。けれども、いまは新型コロナウイルスに負けないように、そして最終的に勝つために耐えなければいけない時期。スポーツだけではなく、様々な局面に多大な影響を与え続ける新型コロナウイルスですが、大切なことは、自分にできることを、それぞれの人たちが、それぞれの立場でやること。それは、アビスパとともに生きることで教えられたことです。

「アビスパクロニクル」は、そんな想いから掲載することを決めました。読者のみなさんに、果たして喜んでもらえるのだろうかという不安はありますが、スポーツのある日常を失ったいま、ほんの少しでもスポーツを、サッカーを、そしてアビスパを感じる機会を提供できればと思っています。「あんなこともあったね」「そうそう、そうだった」。そんなふうに楽しんでいただければ幸いです。

football fukuoka 編集長 中倉一志
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