【サッカー人気3位】少ない観客だからこそ現れる浦和らしさと…

西部謙司 フットボール・ラボ

Jを震撼させた等々力の“リニアモーターカー”と“山脈”―圧倒的な攻撃力で進撃し続けた2008年の川崎フロンターレ【Jリーグタイムトラベル】

いろいろあったシーズン。いろいろありすぎたともいえるが、それでも前進を続けて驚異の躍進を見せたシーズンでもあった。当時の川崎フロンターレは何が凄かったのか。2008年のJリーグにタイムトラベル!

そびえたつ川崎山脈は意外にも…⁉ 

2008年はJリーグ15周年。優勝は鹿島アントラーズ、2位には3ポイント差で川崎フロンターレ。2005年にJ1昇格以来、関塚隆監督の下に右肩上がりの成長をみせていました。

2008年、関塚体制5年目は波乱のシーズンでした。4月にはフッキが起用法に不満で東京ヴェルディへ移籍してしまいます。さらに関塚監督が体調を崩して辞任、高畠勉コーチが監督に就任。5月はエースの我那覇和樹のドーピング疑惑問題でスポーツ仲裁裁判所が我那覇の訴えを認めますが、翌年にはヴィッセル神戸へ移籍することに。6月は守備の重鎮だった箕輪義信をコンサドーレ札幌へ放出、ヴィトール・ジュニオールとレナチーニョが加入と、編成にも変化がありました。ただ、いろいろありながらこのシーズンは鹿島と優勝を争って2位フィニッシュですから地力があったということでしょう。

このころの川崎のプレースタイルは現在とはかなり違います。

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