「GELマガ」鹿島アントラーズ番記者・田中滋WEBマガジン

【コラム】「PITCH LEVEL」はピッチの上だけにあらず。岩政大樹からの素敵な贈り物(2017.10.11)

 皆さんはどういうときに本を読むでしょうか?

 通勤や通学の電車のなかで読む方もいれば、お気に入りのカフェでコーヒーを片手に読む方もいるでしょう。個人的には、就寝前にベッドや布団に寝転がりながら読んだり、床に座ってソファを背もたれにしながら読むのが好きでした。いまはそういう環境がなかなかつくれず、もっぱら移動中に読むことがほとんどになってしまいましたが、素敵な本との出会いはページをめくるのがもったいないほどの至福の時間を与えてくれます。読書っていいですよね。

 

 先日、岩政大樹選手の「PITCH LEVEL」を読みました。

 彼は“はじめに”に「僕をあまり考えてプレーしていない情熱型の選手のように思う人が多く、理屈っぽくサッカーを語ると、よく驚かれます」と書いています。僕にとっては頭脳派の筆頭に位置する選手ですが、それは日頃の取材で何度も何度も質問し、話を聞いてきたからかもしれません。目の前で起きた事象について、考えるのを諦めるのではなく、自分が納得するまでじっくり向き合って整理を付ける岩政選手の頭の中をのぞいているような本でした。

 僕も本をつくるので最初の数ページになにを書くのか、は非常に頭を悩ませます。岩政選手は“まえがき”に「鹿島では選手だけのミーティングというものが一度も行われませんでした」という衝撃の告白をフックに持ってきています。それを読むだけで「なに!?」と読者を引きつけることは間違いないでしょう。

 

 なぜ、鹿島では選手ミーティングが行われないのか?

 その問いについての答えは選手によって違うかもしれません。むしろ、違うと言い切ってしまってもいいと僕は思っています。明文化されている訳でもありませんし、選手によって捉え方が違っていいはずです。もしかしたら、選手だけでミーティングをやった方が早く解決策にたどり着くかもしれませんし。

 しかし、どういう答えかが重要なのではなく、問題点を自分なりに突き詰め、答えを見つけ出す作業の方が大事なのだと思います。そして、この本に書かれていることすべてが、その作業の末に行き着いたものばかりだというのが、本書のすばらしさだと思います。

 

 先日、web媒体の「VICTORY」に五百蔵容(いほろい・ただし)さんと結城康平さんの対談がアップされました。内容としては、さまざまなことが書かれているのですが、前後編に分かれた後編の主なテーマは「抽象化」です。

”海外でライセンスを取るための論文と、日本のサッカー関係の現場の人の論文を観ると、一目瞭然の違いがあって。それは、現象を抽象化する部分ですね。その習熟に明らかな差がある。日本のサッカー界の現場にいる人たちは、具体的なことしか言えない。個別の事象を分析することしかできない。抽象化のレイヤーを持てないから、個別の事象にある隠された関係性に気づけない。 ”

日本サッカーの重大な課題は、「抽象化できないこと」である。五百蔵容×結城康平対談(2)

 

 僕はここに書かれている論文を一つも目にしたことがありませんし、アッレグリがどんなことを書いているのもかも類推することしかできず、五百蔵さんや結城さんが言っているものはまったく別物なのかもしれませんが、読んでいて思い出したのはこの「PITCH LEVEL」のことでした。

 いつでも、どこでも、誰にでも共通する答え(真理と言ってもいいかもしれません)は存在するようで存在しません。サッカーも人生もそんなに単純なものではなく複雑に絡み合っています。しかし、真理にたどり着けずとも、自分自身がしっかり納得できる答えを見つけ出す作業を面倒くさがらず、徹底することで”抽象化”はできている。だから、読んだ人にいろんな気づきを与えてくれるし、サッカー以外のいろんな場面に応用可能になっていると感じました。

 

 本書では、本文が書かれている上段とは別に、“キーワード・関連記事”として下段に、さらに解説が追記されています。これがじつに良い気づきを読者に与えてくれます。考察37「タイが教えてくれた人生において大切なこと」のなかで“僕が「変える」のではなく、彼らが「変わる」のだと思った”の横に線が引かれ、下段では考察10と関連性があることを教えています。

 考察37にたどり着いたときは考察10に書かれていたことをすっかり失念していたのですが、改めて考察10に戻って読むと「ああ、なるほど」とすっかり感心してしまう訳です。

 要は、岩政選手はタイのサッカーを変えてやる!と意気込んでいた態度を改め、まずは自分自身がやるべきことを徹底した。そうすることによって、タイの選手たちの練習や試合への向き合い方も変わっていった、という内容なのですが、ここまで来るとサッカーのピッチ内に留まらず、私たちの生活にも直接訴えかけてきます。自分のまわりで起きているうまくいってないことについても、他人や環境に文句を言う前に、自分がやるべきことをやる、流されずにやる、そうすることで変えられることもあるんだ、と。

 

 もちろん、たまたま僕にとって響いた記述だっただけで、誰もがこの文章で自分を省みる訳ではないでしょう。僕も1ヶ月前に読んでいたら、全然響かなかったかもしれません。受け入れられる環境が心に整っているかどうかで、同じ言葉も受け取り方が違ってしまうことは、多くの人が経験したことだと思います。

 ただ、なんとなくうまくいかないことがあったとき、この本が横にあるとちょっとした手助けをしてくれそうな気がしています。もちろん、すべての答えを与えてくれる訳ではないでしょうが、答えに至るヒントがそこここにちりばめられている。

 当初、「PITCH LEVEL」という書名にだまされていましたが、書かれていることはサッカーに留まらず、なかなか素敵な本だと思います。一度読んでしまえば終わりという本はたくさんありますが、この本は違いました。時間が経ってからまた読んでみたいと思います。

 

 

 

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