「GELマガ」鹿島アントラーズ番記者・田中滋WEBマガジン

これはずるい本。「FootBall PRINCIPLES – 躍動するチームは論理的に作られる」を読んで/【コラム】

 この本はずるい。こんな本を読まされたら、岩政大樹監督が鹿島アントラーズを率いる姿を早く見たくてたまらなくなる。

 本書は壮大な思考実験に基づいている。岩政大樹が、いままでの経験してきた積み重ねをフル活用して「こうやったら強いチームができるのではないか?」という仮説に基づき、その論拠に間違いがないかメタ視点を交えつつ論を進めていく。そのため説得力が高く、アマチュアチームを率いた際に残した実績が理論の正しさを証明する。急造チームでバルセロナに立ち向かうエピソードはとてもいい。

 

 構成もよく練られているのがまた素晴らしい。

 第1章は誰もが涙した「ロストフの14秒」から始まり、ベルギーに敗れた場面について「原則」という視点が抜け落ちていたのではないか、という独自の論をスタートさせていく。

 その第1章で“原則”の重要性を説き、第3章で具体的に原則のいくつかを紹介。第4章で、その原則をどうやって現場に落とし込むかにチャレンジすると、第5章では実際に選手たちはそういった原則をどう受け止めているのかに触れ、最後の第6章ではどうやって躍動するチームを作ればいいのかという命題に対し“コンセプトワード”という答えを導き出して、本論を閉じている(正直、第2章だけは少しまどろっこしく、岩政理論への理解を遠ざけてしまっているように感じた)。

 主張は終始一貫しており、特に間に挟まる鎌田大地や遠藤航、大島僚太、阿部勇樹、羽生直剛といった選手たちとの対談がさらに説得力を増す。岩政が、仮説を立て、それを実証するために対談を組み、疑問をぶつけ、答えにたどり着いていく様子は、ともに課題を解決しているようでとても楽しい。

 

 個人的には、P.45から始まるロストフの14秒の失点を分析した「1−6 なぜ走っても追いつかなかったのか?」に、とても感銘を受けた。この中で岩政は次のような原則があることを指摘している。

多くの指導現場で、プロアマ問わず「トランジションを頑張ろう」「切り替えを早くしよう」という言葉が飛び交っていますが、その「攻」から「守」を早くするための原則として、「相手の横にいない」ことが挙げられます。

 言われてみれば当たり前だが、全く気が付かなかった。カウンターを狙うベルギーに対して、カウンターをさせたくないなら相手とゴールの間に立てばいい。逆に、相手を横に置けばリスクを冒してチャンスをうかがうことができる。

 失点の場面では「相手を横に置かない」と判断した選手もいれば、そうでない選手もいた。結局、最後は失点という結果が残ったわけだが、その現象だけを見て判断の話をすることは、結果論でしかないと岩政は指摘する。そうではなく、カウンターを防ぐには相手の横に立たないという原則が、共通のベースとなることで初めて意味のある指導や指摘につながる、と。

 僕は中学・高校とバスケをやってきたので「相手を横に置かない」という原則は肌感覚で理解しているつもりだった。それはサッカーやフットサル、ラクロスといったバスケとは違うスポーツをプレーする際にも役立ち、守備については常に同じ原則で動いていた。ただ、その感覚を言葉にしたことはなかったため、「相手を横に置かない」という原則は雷に打たれたように響いてしまった。

 

 “こうなればこうなる”という原則は、サッカーへの理解を深くする。しかし、ちょっと気をゆるすと“こうなればこうなる”が、“こうするためにはこうすべき”に変わりやすい。原則に捉われて硬直化していくことは、なにもサッカーに限った話ではない。

 岩政のすごいところはここだ。“原則”至上主義になってしまいそうなところで、会社組織の作られ方に着目し、野中郁次郎氏が提唱する「暗黙知」と「形式知」にたどり着く。なんでもかんでも言語化することで逆に組織は言葉にとらわれて硬直化し、躍動感を失ってしまう。それを避けるためには、敢えて言わないことの重要性に踏み込んでいく。

 ここで対談に登場するのは本山雅志と野沢拓也。天才である彼らがなにを考えてプレーしていたのかを紐解くことで、非凡な彼らを躍動させる鍵を見つけていく。モトさんはともかく、野沢が本当の意味で感覚的なプレイヤーだったことは、この対談でよくわかるのがおもしろい。

 

 どんな指導者でもそうだろうが、チームには一人として同じ人間はいない。それをまとめ上げていくにはさまざまなアプローチの仕方が必要になる。その上でチームとしては、一つのコンセプトに基づいた集団に練り上げなければならない。つくづく監督という職業は大変だと思う。

 ただ、岩政大樹という人物から一番強く感じるのは、「学び方を知っている」ということだ。わからないことがあったとき、多くの人は立ち止まってしまう。知らないことがあったとき、知っていることでカバーしようとする。しかし、彼は知らないこと、わからないことがあれば学びにいく。言い方は悪いかもしれないが、現役時代の遺産で食べている元サッカー選手も多いなかで、そうした人たちとは一線を画す存在だ。

 今後も岩政は進化し続けるだろう。まずは大学で結果を残し、その後、プロのカテゴリーにチャレンジするだろうが、いきなりJ1ではなく、鹿島を率いるのはまだ当分先と思われる。

 しかし、本書を読めば岩政大樹のリアルを感じ取ることができる。彼がいまなにに取り組み、どういうチャレンジをしているのかを一緒に体験できるだろう。いつか来るその日を心待ちにしながら、ぜひ本書を手に取って同じ道を歩んでみて欲しい。

 

FootBall PRINCIPLES – 躍動するチームは論理的に作られる

 

 

 

 

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